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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第112回/ダイレクトカットSACDって、ホントに音がいいの? [村井裕弥]

 知人が「ダイレクトカットSACDって、1枚20,000円くらいするけど、本当にそれだけの価値があるの?」とツイートしていた。こういう素朴な問に答えるのもオーディオライターの使命だが、あいにく1枚も買ったことがないから、答えようがない…。
 そもそもダイレクトカットSACDとは何なのか。くわしくはオクタヴィア・レコードのサイトをご覧いただきたいが、要するに通常のSACDより製造プロセスをひとつ減らしたディスク(ふつうは世に出ない検聴用の盤を出荷すると考えればよい)。その分、マスターに近い音をコンシュマーに届けられるというのだが、通常SACDとどれくらい違うのか。
 オクタヴィア・レコードに電話して、「何枚か貸してください」とお願いしたら、翌日6タイトルが送られてきた。これらをわが家にある通常SACDと聴き比べるのだ。


『ザ・ダイアローグ』

 まずは録音家・菅野沖彦先生の代表作『ザ・ダイアローグ』から聴いてみた。オクタヴィア・レコードが出した『ザ・ダイアローグ』は3種あって、
① 2001年盤 SACDハイブリッド 税抜4,000円 41分00秒 ← トータル・タイム(以下も同じ)
② 2010年盤 これもSACDハイブリッドだが、こちらはダイレクトカットSACD 税抜19,048円 40分56秒
③ 2012年盤 非圧縮シングルレイヤーSACD(CDデータは入っていない)税抜3,333円 41分12秒

 トータル・タイムが違うということは、アナログマスターにまでさかのぼって、新たにA/D変換をおこなっている証拠? いや、同じだからといって「やってない証拠」にはならないが、参考になるかもしれぬので、載せておく。
 ①と③の音がかなり違うことは、発売時に指摘したはずだ(①を持っていても、③を買う意味はある)。それがシングルレイヤーの効用なのか、他の要素(非圧縮など)を合わせてのことなのかはわからない。
 改めて①を聴いてみよう。③を聴き慣れたいま、これを聴くと「迫力重視」。いくらか誇張した音のように聞こえる。たまに遊びに来る友人を驚かせるのには持って来いの音?
 ③を再生すると、「品位が上がる」「雑味が消える」「クォリティが上がり、よりハイスピードでワイドレンジな音になった」という印象。
 さあ、では今回借りた②はどうか。もちろん①よりは③に似ているが、③よりクレヨンの色数が増えたような変化だ(12色クレヨンで描いた絵が、24色クレヨンで描いた絵になった!)。立ち上がりも改善されるが、「より迫力があるのに、うるささはむしろ後退」という稀有な例。強弱の描き分けもより細やかになり、③以上に「微妙な叩き分け」が聴き取りやすくなった。その分、ドラマーの技量が上がったかのように感じられる。
 ②のあとで、改めて③を聴いてみた。さっきまで伝わってきたニュアンスが、どこかにかくれんぼ。もちろん③は②の2年後に作られているから、「ダイレクトカットSACDの音に少しでも近付けるように」とスタッフが尽力したのであろうが、それでも製造工程ひとつの差はゼロにならないということだろう。

『サイド・バイ・サイド2.』

 次は、『サイド・バイ・サイド2.』。もちろんこれも録音家・菅野沖彦先生の代表作だ。わが家にあったのは、
④ 2001年盤 SACDハイブリッド 税抜4,000円 44分32秒
 今回借りたダイレクトカットSACDは、
⑤ 2010年盤 SACDハイブリッド 税抜19,048円 44分32秒

 ④から聴いてみる。ベーゼンドルファーを弾いているにしては、やけにとんがった音だ。立ち上がりがよすぎる? ベースもリアルではあるが、もう少し色が濃くて、音像の密度が高い音の方が好きだ(②を聴いたあとなので、ついハードルが高くなってしまう傾向あり)。
 ⑤を聴くと、先程の不満がまったく感じられないことに驚かされる。立ち上がりが鈍くなることはないのだが、トータルな印象がナチュラルの範囲内に収まり、適度な陰翳やこくが聞こえてくるようになったのだ。これでこそベーゼンドルファー。間接音も豊かで味わい深い。ベースも、より低い帯域の音を体感できるようになった。④で不満だった密度の問題もクリア。程よくマッチョな肉が付いた印象。その分、一音一音がずっしり重い。
 『ザ・ダイアローグ』のように、2012年盤(非圧縮シングルレイヤーSACD)が存在すれば、⑤にかなり近い音を3,000円台で楽しめるかもしれないが、現在『サイド・バイ・サイド2.』シングルレイヤー盤は見当たらない。

 クラシックのピアノも聴いてみよう。金子三勇士が弾くリスト:メフィスト・ワルツ第1番《村の居酒屋の踊り》ほか(シューベルトのソナタ第21番がカップリングされている)。
⑥ 2013年4月盤 SACDハイブリッド(GOLD LINEという、特に音にこだわったシリーズだ)税抜3,619円 65分04秒
⑦ 2013年6月盤 これもSACDハイブリッドだが、こちらはダイレクトカットSACD 税抜19,048円 65分04秒

 ⑥を聴く。ダイレクト感、ワイドレンジ、程よい陰翳など、オーディオ愛好家を惹きつける要素に満ちている。さすがGOLD LINEシリーズだ。欲をいえば、もう少し音色が深く、よりガッツのある音のほうが好きか(きのうまでは、そんなこと考えたこともなかったが、一度ダイレクトカットSACDを体験すると、要求水準が上がってしまうのだ)。
 ⑦は、「音色がより濃く、深くなるのでは」と期待していたが、そちらよりダイレクト感のほうにメリットを感じた。使い古された表現だが、「ヴェールを剥ぎとったかのよう」。スピーカーがよりハキハキ語るようになったともいえる。引き締まった音像がより確かなものとなり、金子三勇士の手元が見えるかのようだ。


金子三勇士『シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番』

エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィル
『ワーグナー:管弦楽曲集Ⅰ』

 ここからはオーケストラ。エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィルによる『ワーグナー:管弦楽曲集Ⅰ』。
⑧ 2009年盤 SACDハイブリッド これがダイレクトカットSACDだ 税抜19,048円 77分46秒
⑨ 2012年盤 非圧縮シングルレイヤーSACD 税抜3,333円 77分46秒

 2003年に出た通常SACDも買った記憶があるのだが、どうしても見つからないので、⑧から聴き始めた。もっと構えがおおきく、うねりがダイナミックなワーグナーに慣れているせいか、サラサラ流れていくのがかえって新鮮。暴き立て型高解像度ではないが、パートごとの音が程よく分離して、曲の構造が実にわかりやすい。筆者はオーディオをよく「度の合ったメガネ」にたとえるが、正に理想的なメガネを介してものを見ている気分だ。
 これに対して⑨は、透明感や細部の見え方で一歩引けをとるものの、やや陰翳が濃く、ふだん聴いている「いかにもワーグナーらしいワーグナー」に一歩近づく。たとえば冒頭の《ニュルンベルクのマイスタージンガー》など、中世ドイツの薫りがただよってくるような気がするのだ。

 エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィル『ワーグナー:管弦楽曲集II』も家中探したが、通常SACDが見つからない!
⑩ 2008年盤 SACDハイブリッド こちらがダイレクトカットSACD 税抜19,048円 67分54秒
⑪ 2012年盤 非圧縮シングルレイヤーSACD 税抜3,333円 67分47秒

 今度は⑪から聴いた。音調は⑨と大きくは変わらない。ひとことで言うと「とてもまとまりのよい音」いわゆるウェルバランス。
 ⑩は、透明感や細部の見え方で⑪にいくらか差を付ける。しかも「ワーグナーらしさ」が⑧より濃く感じられるから、ワグネリアンの端くれとしてはとてもうれしい。クォリティをとことん上げたら、これまで伝えられなかった雰囲気が聴き取れるようになった。そういう印象だ。
 ⑩は大音量再生に向くということも付記しておこう。うるさくないから、音量を上げてもストレスを感じないのだ。


エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィル
『ワーグナー:管弦楽曲集II』


エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団
『マーラー:交響曲第10番』

 ラストはエリアフ・インバル指揮東京都交響楽団によるマーラー:交響曲第10番(デリック・クック補筆による、草稿に基づく演奏用ヴァージョン)。
⑫ 2014年盤 SACDハイブリッド 税抜3,200円 72分13秒
⑬ 2015年夏盤 SACDハイブリッド(⑥と同じGOLD LINEシリーズ)ワンポイント・レコーディング 税抜3,800円 72分13秒
⑭ 2015年秋盤 SACDハイブリッド これがダイレクトカットSACD これもワンポイント・レコーディング 税抜20,000円  72分13秒

 ⑫は立ち上がりがよく、ワイドレンジ。ただし、金管の高い音が若干キツいか(通常SACDだけ聴いていたら、たぶん気付かないであろうレベル)。
 ⑬は、⑫で気になったキツさがものの見事に消えているからびっくり! それもワイドレンジを維持したまま、キツさだけを抑えているのだ。音色もより味わい深い。ワンポイント・レコーディングなので、定位があいまいになったり、ソロが際立たなくなったりするのではと危惧したが、デメリットはひとつも感じられなかった。
 ⑬が素晴らしかったので、さほど差はあるまいと思ったが、⑭は⑬に大きな差を付けた。fレンジ感さらに拡大。躍動感もアップ。金管がより輝かしくなったのに、キツさは皆無! 奏者の人数が増えた? いや、ひとりひとりがしっかり分離して聞こえるからそう感じられるのだ。本格的な照明を用意したから、同じカメラでも細部がよく見えるようになった。そういう感じの変化。

 以上で比較試聴はおしまいだ。これを読んだあと、ダイレクトカットSACDを買うか否かはもちろん個人のご判断だが、たとえば菅野録音の初期SACDを持っていて、音楽的内容を気に入っているのなら、20,000円出しても後悔することはないと思われる。インバルが振ったマーラーなどについても同じこと。
 とここまで書いて、故長岡鉄男先生の「見る前に飛べ」というお言葉を思い出した。どかっと買い揃えるのは無理だが、とりあえず『ザ・ダイアローグ』『サイド・バイ・サイド』あたりからボチボチ買い集めることにしよう。
 ディスク再生も、まだ棄てたもんじゃない。そんなことを改めて教えられた1日であった。

(2016年3月20日更新) 第111回に戻る 第113回に進む

村井裕弥

村井裕弥(むらいひろや)

音楽之友社「ステレオ」、共同通信社「AUDIO BASIC」、音元出版「オーディオアクセサリー」で、ホンネを書きまくるオーディオ評論家。各種オーディオ・イベントでは講演も行っています。著書『これだ!オーディオ術』(青弓社)。

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