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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第122回/ハイバランスでいい音と、太い低音でいい音。[鈴木裕]

 コラムの110回で書いたように、うちのメインのスピーカー、ティールCS-7にはオーディオリプラスの石英インシュレーター、OPT-30HG20HR(以下、30HG20HR と省略)を使ってきた。リアリズムというか、生々しいというか、特に録音のいいオーケストラを聴いている時の細部までの情報が良くわかりつつ、音に勢いのある感じが好きだ。ただし、微妙にハイバランスというか、もうすこし低域に太さがあるといいなという感じもあった。
 ここでただちに大事なことを書かなければいけないが、”ハイバランスでいい音”というのは、しかし実はいい音の典型的なひとつではないかというのが最近の結論のひとつだ。低音がたっぷり出る、いわゆる”ピラミッド型バランスのいい音”と双璧をなしている。


左がOPT-30HG20HR。右がOPT-GR-SS。
 ”ハイバランスでいい音”は、トランジェントに優れ、切れ込み良くくっきりとして炸裂する。ヴィヴィッドであり、鮮烈であり、時に凶暴だ。一方、”低音たっぷりでいい音”は、包容力があり、ほっとしてぐっと来て、音色的にコクがある場合も多く、スケール感を持っていて悠然としつつ、音の世界、音楽の世界を建立してくる。耳だけでなく、肌や骨格、内臓にその低域の振動が訴えかける要素も少なくない。
 4月の下旬、オーディオリプラスの新製品、OPT-GR-SS(以下、GR-SSと省略)を雑誌の取材でテストした。同ブランドの石英インシュレーターのフラッグシップ的な位置づけだ。

 オーディオリプラスの石英インシュレーターは、素材は2種類、表面の仕上げは3種類、そしてあとは直径や厚みといった形、体積(容量)の話になってくる。
 天然界に存在する石英の純度を上げて結晶化させたのがHR石英。その純度をさらに上げたのがHR/HG石英。GR-SSはHR/HG石英だ。純度の高いHR/HG石英の方が振動処理能力は高く、音の透明感やエネルギーの高さなど、さまざまな面で優位性を持っている。 GR-SSの表面の仕上げはすべての面をダイヤモンドの粉を使って研磨したSS、スーパーサーフェイス仕上げ。超高域の倍音の伸び方や音のキメの細かさ、高域が空気と溶け合う度合いの高さなど、これまたメリットの大きい仕上げだ。

 GR-SS は50Φ×30mm厚というサイズだが、同じ直径で10mm厚、20mm厚のものは従来からラインナップされてきた。それだけの違いと言われるかもしれないが、GR-SSの体積は振動処理能力の容量としても大きいし、大事なのはその直径と高さの比率だと感じている。黄金比なのだ。型番のGRとはGolden Ratio、つまり黄金比を意味している。ここに特有の音の世界が発生する理由があるようだ。

 話を急ごう。
 GR-SSを6個購入した。3個セットのお値段は23万4千円。スピーカーには2セット必要なので46万8千円。率直に言って相当な高額である。素材の純度も仕上げの精度もほぼ光学レンズのようなシロモノで、なおかつこの大きさに石英を結晶化させるのは相当に歩留りが悪いゆえの定価だという。ただし、いまどきアマゾンでもヨドバシの通販でも相当にディスカウントして売っていることはこっそり記しておこう。さらに生々しい話をすると、ちょうどこのタイミングで税金の確定申告の還付金が戻ってきた。フリーにとってのボーナスのような存在だ。これがいけなかった。もとい、これが幸いした。何しろ買っちまった。雑誌社の試聴室だけでなく自宅でも聴いて、こんなもん聴いたら欲しくなるに決まっている。

 GR-SSをたとえばデジタルプレーヤーなどに使ってテストすると、同じ素材、同じ表面仕上げ、同じ直径の、10mm厚、20mm厚のものともやはり次元が違うところがある。音場空間の見通しがいいとか、音像の三次元的な立体感が素晴らしいとか、音の立ち上がりのタイミングが合うとか、レゾリューションが無茶苦茶良くなるとか、そういったことは10mm厚、20mm厚のものでも軽々とクリアしている。しかしそれ以上の決定的な音の違いがGR-SSにはある。

 アキュフェーズDP-720、エソテリックK-03Xの純正の脚の下に使った結果で言うと、再生音の周波数特性の暴れを補正する感覚が出てくる。つまり、出っ張ったところを均(なら)し、凹んでいるところを埋めてしまうような、そんな不思議な芳醇さが出てくるのだ。この2機種のデジタルプレーヤーのf特が暴れているとはまったく思わないが、スピーカーから出てきて、部屋に鳴っている再生音の足りないところ、出すぎたところを補完するような印象である。イコライザーじゃないんだからとキツネにつままれたような気持ちだが聴くとそうなんだから認める他ない。また、低域はピラミッド型ではないが太くリッチで、上記の”低音たっぷりのいい音”の諸特性の要素を備えてしまうのも予想をいい意味で裏切る点だと思う。


ティール下に、前1点、後ろ2点支持で設置されたOPT-GR-SS
後方の2個のうちのひとつ。エンクロージャーの角に接線を合わせてある。

 さらに語弊を恐れず踏み込んで言うと、GR-SSを使うと音にコラーゲンが注入され、しっとりとした「もち肌感」が出てきてしまう。音が「調和する」とか「オーガニックになる」という言い方をしてもいいかもしれない。うるわしいのだ。オーラが出てくる。GR-SS、さすが黄金比である。

 しかもティールCS-7に使った時にはさらに別の面も見せてくる。1994年に発表されたスピーカーだが、ツイーターのアルミの振動板の響きが今となっては気になるところだ。アルミ素材に起因するちょっと存在感の強い響き。これがだいぶ解消されてしまうのだ。そのおかげもあって、全帯域の音の密度もみっちり上がる。振動板のクセが消えるなんてそんなバカなことがあるかと思うのだが、30HG20HRとGR-SSを入れ換えてみるとやはり元の音になるので間違いない。

 つまりまとめると、GR-SS を使うことによってCS-7のウィークポイントのひとつだったアルミツイーターの強調感がなくなり、超高域の倍音が伸び、空気との馴染みが良くなり、低域が太くなり、最低域のレンジが伸び、全帯域でのf特の凹凸が芳醇に埋められた音になった。これ、ほとんど別のスピーカーを聴いているようなものである。実際、GR-SSを入れての最初の1週間は慣れなくて、何か部屋に美人がいるようなよそよそしさというか、居心地の悪い感じさえあった。コラムの86回で書いたようにそもそもは相当な性悪女である。それがうるわしくなってしまったのだ。

 さらに3日前に当りがあった。
 これほどいい状態なのにGR-SSを使っている時の”低音たっぷりでいい音”に30HG20HRを使った時の若干ながら”ハイバランスでいい音”の要素を入れられないかとひそかに考えて来た。既に馬脚を露しているように、鈴木裕はオーディオにおいて節操なく、なおかつ欲深(ヨクブカ)である。そんなトレードオフにあるようなことが両立できないだろうかと。

 たとえば、もしかしたらGR-SSと30HG20HRを重ねて使うとそういう音になるのかもしれない。さすがにこれは震度3くらいの地震でもスピーカーが倒れそうでやれない。イチから考え直すこと一カ月。電源関係、プレーヤー、プリアンプ、パワーアンプ、スピーカー。そのそれぞれへの対策、使っているケーブル、インシュレーター、…etc.

 ふと思いついて、パワーアンプの上に30HG20HRを置いてみた。最近のヨーロッパの真空管アンプや、あるいはラックスのMQ-300などはシャーシに厚めのアルミニウムを使い、振動対策を施してある。それに対して使用しているサンバレーのパワーアンプSV-2PP(2009)は昔ながらの、鉄板を「コ」の字型に曲げたシャーシで、トランスのケースも特別な制振構造は取っていない。インシュレーターとして、AETのスパイクSH-3530とハーモニクスのスパイク受けRF-900を底板に直置きに使っているが、思いついてシャーシの鉄板の真空管たち、845と300Bの間に置いたり、トランスの上に設置してみては聴いた。正直、軽い気持ちで試したところ効果は小さくない。


パワーアンプの3つのトランスの上に置いてあるOPT-30HG20HR。

 こうやって見ると3つのユニットと前のインシュレーターがインラインになっていて、メカニカルアース的な役割もありそうだ。

 いまのところ、3つのトランスの上に30HG20HRをそれぞれ位置させているが、これだけでだいぶ欲しい音の要素、たとえば「切れ込み良くくっきりとして炸裂する」といった感じが出てきてしまうのだからあらためてオーディオは不思議だ。いや、電源関連が振動するというのはセッティングする時の常識なので、それへの対策は定石なのだが。

 ちなみに、設置するところにちょっとでもホコリがあると、音に歪みっぽさが出るのできちんと掃除してから載せないと純度が上がらないというのも、実にオーディオリプラスらしい。特にこの石英インシュレーターは、オーディオ自体やオーディオのセッティングに厳しい印象がある。ストイックというか、いろいろと妥協を許してくれない。

 というわけで、GR-SSによってスピーカーを替えたくらいの音質向上があったので、値段はごっついが意外と元は取れているということをお伝えしたかったの巻である。

(2016年6月30日更新) 第121回に戻る 第123回に進む 

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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