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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第58回/ぶらっと北海道に行ってきた [村井裕弥]

 北海道には、12年間で7回行った。
A.2000年12月 函館・洞爺湖・札幌・小樽
B.2005年7月 函館からフェリーで大間へ
C.2006年10月 旭川(旭山動物園)から始まる日本一周
D.2008年9月 阿寒湖から始まる日本一周
E.2009年10月 女満別・網走・知床(ウトロ・羅臼)・中標津
F.2011年5月 稚内・礼文・利尻
G.2011年12月 小樽(「なまらや」でおこなわれるビロビジャンのライヴだけを目的に1泊2日のつもりで行ったが、大雪のため延泊!)


根室駅

 42歳になるまで行かなかったのは、万葉集や源氏物語に出てこないし、チベット仏教とも縁のない場所だから。しかし、40歳頃「あと行ってない都道府県は北海道だけか」ということになり、なんとなくAの格安ツアーに参加して、大した感動もなしに帰宅。印象に残っているのは、ウトナイ湖の白鳥と小樽「ふじ寿司」で食べた旬の握り(これだけはやけにおいしかった)。
 Aが無感動であった証拠に、その後4年7か月も北海道には足を向けていない。Bだって、「北海道旅行」とは呼べないだろう。マグロで有名な大間にフェリーで渡るためだけに、函館まで行った。しかし、そのために乗った特急スーパー白鳥がやけに快適だったので、以後「北海道の特急に乗ることだけを目的に来るのも悪くない」と思うようになった。


★2009年10月「せんくら」で
河村尚子を聴いた
 CとDは、いずれもJRのフルムーン夫婦グリーンパスを使っての日本一周。もちろん北海道の特急を心ゆくまで堪能した。このあたりから北海道に行くことが増えたのは、「楽しみ方」が少しわかってきたからだろう。「おいしいお店」に当たる確率もだんだん上がってきた。
 Eは「せんくら」に河村尚子が出るから仙台に2泊し、そのあと仙台空港から北海道に向かった。愉快なことは山ほどあったが、「ひとくちに知床といっても、ウトロ側と羅臼側では全然違う」というのが最も興味深かった。
 Fでは、礼文・利尻の魚介を堪能。Gでは、クレズマー(ユダヤ民族音楽)の生演奏にふれることができて、とても有意義であった。

 この夏、根室に行こうと思ったのは、実はEがきっかけ。帰りに嵐がやって来て、中標津空港からの便がなかなか飛べなかったのだが、そのとき空港内の表示やチラシを見て、「へえ、ここからバスに乗れば、根室に行けるんだ」と知った。その漠然としたプランを実行に移す時が来た。朝日に一番近い街へ行くのだ!

 羽田発中標津行きは12:00。直行便はこれしかない(札幌で乗り換えるという手もあったが、少し割高なので却下)。予定通り13:40分頃中標津に着いた。なつかしい。5年前何時間も待たされた待合室はそのままだ。空港から根室方面に向かうバス(本数がえらく少ない)に乗り遅れたら大変だと大急ぎで乗り込むが、「まだ乗る方がいるかもしれませんから」とバスはなかなか発車しない。

乗客は全部で8人くらいであったか。しかし、内5人くらいは、中標津のバスターミナルですぐ降りてしまい、あとは3人だけ! 途中の停留所から乗る人は皆無で、そのまま一般道をひた走る(このあたりに高速道はない)。
 結局、バスがJR根室駅前ターミナルに着いたのは16:00近くであった。正直いって疲れた。しかし、びっくりしたのはバスを降りるとやけに涼しかったこと。駅前を歩いている高校生の制服は冬服じゃないか!? まだ8月中旬なのに、東京でいえば10月中旬くらいの感じだ。歩いて、ホテルまで行き、とりあえずひと休みと思ったが、エアコンが「暖房オンリー」。フロントに電話したら、「根室は、冷房不要なのでそのようになっております」だって(苦笑)。

 そのあと市内を散歩して、夕食は「炉ばた 俺ん家」で。カウンターの中に、いろりがあり、そこの炭火でサカナなどを焼いてくれるお店だ。まるで鮎のように、サンマに串を刺し、いろり端に斜め挿し。ずうっとそのサンマに付き添って、ていねいに向きを変えていく仕事ぶりは、首都圏ではなかなか見られない。おかげで、ここの塩焼きはサンマの皮が焦げないし、網の跡が付くこともない。
「サンマ漁は始まったばかりなんですよ」といわれたが、こちらで食べるサンマは東京で食べるそれとまるで違う。ひとことでいえば、品がよく、うまみが深くて、えぐみがほとんど感じられないのだ。「これを食べるためだけに、この季節ここに来るのも有りだな」と真剣に思った。地元の常連さんが多く、観光客が2割程度という雰囲気も嬉しい。なぜか九州の民謡が流れていて、それだけ気になったが。

 2日目は、定期観光バス「のさっぷ号」を利用。JR根室駅前ターミナルを8:25に出発し、明治公園-納沙布岬-北方原生花園-金刀比羅神社と回って、10:40 JR根室駅前ターミナルに帰着(ここまでがAコース)。霧が濃く、北方領土は見えなかったが、様々な展示物を通して、「北方領土を追われた人たちの悲しみ」は伝わってきた。


「炉ばた 俺ん家」ホヤ酢の物

刺身盛り合わせ

納沙布岬周辺の展示物も各種ツアーも、「北方領土のことにもっと関心を持ってほしい」という思いで一杯

金刀比羅神社

風蓮湖道の駅で食べた
花咲ガニの釜飯


春国岱原生野鳥公園

 5分休憩して、「のさっぷ号」はリスタート。さっきまでは納沙布岬の先端をめぐり、ここからは根元のほう。花咲灯台車石-風蓮湖道の駅スワン44ねむろ-春国岱(しゅんくにたい)原生野鳥公園ネイチャーセンター-北方四島交流センターと回って、13:30 JR根室駅前ターミナル着(以上Bコース)。計5時間5分で1,850円という価格は、CPかなり高め。ただし、7月中旬から9月下旬までしか運行しないので、ご利用の際はぜひ事前にご確認を。
 道の駅で、「漬けサンマ丼」と「花咲ガニの炊き込みご飯」を食べたが、こちらも期待をはるかに上回る味であった。ここは、白鳥を見るのにもとてもよいところだと聞いたので、ぜひ冬季に再訪したい。
 360種類もの鳥が生息するというネイチャーセンターも、次回は半日程度居座りたい(夜通し野鳥を観察する人もかなりいるのだという)。
 しかし、この「のさっぷ号」Aコースのお客様は20人くらい。Bコースのお客様は7、8人くらい。前夜「炉ばた 俺ん家」で聞いた「納沙布岬だけ見ればいいやって、すぐよそに行ってしまわれる方が多いんですよ」というぼやきを思い出した。

 この夜は、「根室で一番おいしい」と評判の「鮨半」を訪問。コースを注文して、ビールを飲む。

お通しのタコは茹でて薄味を付けただけのようだが、素材の生かし方が絶妙(タコって、あんな味がするものなんだ)。刺身盛り合わせも、鮮度と味わい深さが際立つ。銀だらのカマ焼きも塩加減がちょうどよく(おそらく塩もただの塩ではない)、にぎりとの対比が、両者を見事に引き立てる。ここも、観光客の姿は少なく、9割以上が地元常連さん。
 そのまま根室に滞在し続け、また中標津空港を利用して帰るという手もあったが、「釧路湿原でカヌーを漕ぎたい」という夢を実現するため、3日目朝、根室本線で釧路に向かう。これがなんと2時間17分もかかるのだ!(特急バスでも2時間45分)
 もちろんローカル線に乗るのは嫌いでないし、風景も変化に富んでいるため飽きることはないのだが、「根室で毎年サンマを食べるには、かなり強い意志が必要だな」と痛感。

「鮨半」のにぎり

銀だらのカマ焼き

3日目、釧路駅に到着

釧路「和商市場」の勝手丼

 10:39釧路駅に着くと、隣のホームに「ノロッコ2号」(翌日乗るつもりの釧路湿原展望列車)が止まっている。夏休みのピークは過ぎているというのに、満席じゃないか!? 天候が心配だったので、事前予約してないのだけれど、大丈夫か?
 ツインクルプラザ(旅行センター)で訊いてみると、翌日の「ノロッコ2号」、窓際は埋まっているものの席は取れる、カヌーのほうもまだゆとり有りとのこと。帰りの「ノロッコ3号」は窓際確保!
 きっぷを買ったあとは、和商市場の勝手丼。丼に盛り付けられたごはん(酢飯も選べる)を手に市場内を回り、「それとそれ、あ、こっちも盛り付けて」といった感じで「自分だけの海鮮丼」を作っていく。
   食後は、釧路市内を散歩。映画「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」「ハナミズキ」「僕等がいた」などのロケ地なので、「このあたりに寅次郎が座っていたんだね」「主人公たちが打ち上げに使ったお店(レストラン泉屋本店)はここ」などと盛り上がる。
 夕食は、夏から秋だけ営業している「岸壁炉ばた」で。その名の通り、岸壁にテントを張り、セルフで炉端焼きを楽しめる少しワイルドかつ割安なお店だ。テント内に軒を並べる魚屋さん(?)で好きなものを買い、自分たちで焼く。

サンマ、イカは、ホタテ、カキはもちろん、ちゃんちゃん焼きやとうもろこし、ソーセージなども並んでいる。セルフが不安なお客様もいるだろうと、職人さんがテント内を巡回してくれるのもありがたい。食べるタイミングを教えてくれたり、キッチンばさみでイカなどを大胆に切り分けてくれたりと大活躍。切り分けてもらったイカは、はらわただけを調味料にして食べたのだけれど、これまでの半世紀で食べたどのイカよりも美味であったと断言しよう。

 夕食後はまっすぐホテルに戻る予定であったが、ちょうど北海盆踊りが始まるところだったから、しばし見物。
 大きな櫓の上で叩かれている太鼓はさすがにド迫力であった。「この速い低音をスピーカーから出したい」などと、そろそろオーディオの虫が騒ぎ出す。


これが「岸壁炉ばた」だ

(左)櫓の上には、巨大な太鼓が (右)釧路のシンボル、タンチョウヅルも北海盆踊りに参加

 4日目、「ノロッコ2号」は11:06発。塘路(とうろ)駅で降りると、カヌーショップの人たちが出迎えてくれた。カヌーは3人乗り。一番うしろにショップの人が乗り、自分たちは彼の邪魔をしない程度に漕いでいればよいのだという。あと「身を乗り出さないように」「絶対立ち上がらないように」。自分では身を乗り出しているつもりがなくても、ちょっとした重心移動でカヌーは揺れる。それがかえって心地よい。
 おおよそ2時間近くかけて、釧路湿原の中をゆっくり川下り。オジロワシ、アオサギ、エゾシカの姿を割と近くで見ることができた。観光船から野生動物を観察するのは知床などで経験しているが、「自分が漕いでいる」というのと「たいそう静かな空間の中」で見られるから、受ける印象はまるで異なる。動物たちの存在が、すうっとこちらの中に入ってくるような印象なのだ(目が合っても、彼らはけして逃げない)。
 釧路のシンボル、タンチョウヅルは見られなかったが、声だけ聞くことができた。そのときは「見られたらもっと感動しただろうに」と思ったが、何日かたつ内に「見られなかった分、声がよりいっそう強く印象に残った」と思うようになった。映像なしで聴くオペラのようなもの?

 毎日、スピーカーから出る音を聞くのが仕事だが、たまには無音に近い湿原でカヌーを漕ぎ、タンチョウの声に耳を傾ける。そうやって、耳や心をリセットすることも大切なのだと改めて感じ入った。

 


釧路湿原をカヌーで


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★2009年10月「せんくら」で河村尚子を聴いた
 仙台に行けば、3日間で河村尚子の生を5回も聴けると知り、「これは行くしかあるまい」と即断。インターナショナルオーディオショウ2009の取材直後、東北新幹線に飛び乗った!

 フェスティバル初日のガラコンサートはほぼ満席。チェロの遠藤真理さん、クラリネットの赤坂達三さん、ヴァイオリンの漆原啓子さんとビッグネームが揃い、仙台フィルまで付けて2000円(!)だから、少しでもクラシックに関心のある仙台市民なら馳せ参じるということか。
河村さんはこの夜、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491を弾いた。開始から2分余りが経過し、ようやくソロが始まると、会場の空気がさっと引き締まる! 聴衆のほとんどが「このピアニスト、何者だ」と畏れ入った瞬間。
 このコンサートは締めのツィゴイネルワイゼンを除けばすべて第1楽章のみなのだけれど、K.491第1楽章が終わったとき「拍手なんかしたくない。もっと続きを弾いてほしい」と皆が願っていたような…。そのため拍手が何秒か遅れたのではないか。

 ガラコンサートが終わり、ホワイエに出ると、ボランティアの若者が「このあと、アーティストの皆様によるサイン会がございます。ぜひともCDをお買い求めください」と大きな声で呼びかけていた。(このサイン会は、この後も公演のたびおこなわれ、結局河村さんは結局3日間で5回もサイン会をすることになる)

 2日目は、11時から米元響子さんと組んでヴァイオリン・ソナタ。会場はイズミティ21の小ホール。昨夜ガラコンサートで使われた大ホールの向かい側だが、小と呼ぶにはちぃと無理がある中規模ホール。
チケットには、「対象年齢:3歳以上」とある。昨夜のガラコンサートは「小学生以上」だった。これまた不安…。お子ちゃまが会場内を走り回ったらどうしよう?
 お客の入りは7割以上8割以下というところか。河村さんの生を1,000円で聴けるなんて、今後はまずありえないと思われるのだが、まだ皆さん河村さんのこと知らないのね(がっくり)。
 ヴァイオリン・ソナタ、前半(ベートーヴェン第8番作品30-3)は今ひとつ噛み合っていなかったかな。でも後半(モーツァルトK.454)は、大いに盛り上がった。作曲者がどちらも名ピアニストであっただけに、「単なる伴奏を超えた聴かせどころ」の連続。
心配していた「お子ちゃま」は、「ママー。ヨーグルト食べたい」とか騒ぎ出したところで、パパによって素早く抱きかかえられ、ロビーへと消えた。パパ、ナイス!

 2日目18:10からは、仙台市青年文化センター・交流ホールで、
□ メンデルスゾーン:厳格なる変奏曲
□ ショパン:華麗なる変奏曲
□ 同:ワルツ変イ長調
□ 同:夜想曲第20番
□ 同:幻想ポロネーズ
アンコールは
□ ショパン:ワルツ作品64-2
「交流ホール」といっても、いわゆる音楽用ホールではなく、まぁるく仕切ってあるだけの空間。壁材も音響を考えているとは思えない。しかし、それでもよく聞えたのは、席がすこぶる前だったのと、河村さんの力量だろう。ごく近くで足先の動きを見れたから、「こんなにも微妙なことやってるんだ」と、ペダリングの妙にも圧倒される!
 曲目は9月28日紀尾井ホールリサイタルの後半そのまま。かといって「適当に使い回している」という印象は皆無。真摯に作品、聴衆と対峙して弾いているという印象を強く受けた。それが証拠に、紀尾井とは明らかに異なるチャレンジがちらほら。

 2日目20:35から小ホール(午前中ヴァイオリン・ソナタを演奏したところ)。
□ ハイドン:ピアノ・ソナタ第40番
□ シューマン:クライスレリアーナ
アンコール
□ ドビュッシー:ハイドンへのオマージュ
□ シューマン:ロマンス作品28-2
 これまた9月28日(月)紀尾井ホールでおこなわれたリサイタルの前半と同じ曲目。アンコールも、紀尾井で弾いた5曲中最初の2曲。
でも、それでよい。彼女が弾くクライスレリアーナは、ホロヴィッツよりも、ルービンシュタインよりもすんなり入ってくる。「シューマン特有の濁り」がなく、音がほどけているところに、無限のニュアンスが開花する。これは、彼女特有の変幻自在なタッチのたまもの。
河村さんは自らマイクを手に取り、アンコール曲の解説までしてくれた。特に2曲目の前!「あつかましくも、2曲目を弾かせていただきます」だって。ドイツで育ったのに、日本人より日本人らしい!

 3日目は、再び米元響子さんとのデュオ。ただし、今度はフランスものだ。16:30開演だが、早めに仙台市青年文化センター・パフォーマンス広場へ向かう。なんたって、自由席(笑)だから。
□ ショーソン:詩曲
□ ラヴェル:ツィガーヌ
□ 同:ソナタト長調
河村さんはソロのときオール暗譜だが、伴奏のときは楽譜を見る。でも、すぐ「没頭モード」に入っちゃうというか、表情はソロのときとあまり変わりがない。
 唯一のトラブルは、2曲目が終わりお二人がいったん控え室に消えたあと、「本日の公演は、ただ今を持ちまして終了です」という放送が入ってしまったこと。しかし、米元さんも、河村さんも、笑いをこらえながら再登場。「ええっ!? 何で? もう1曲あるんじゃないの?」とざわついていた聴衆もすぐ笑顔がはじけた。
 あのときのお二人のくすくす笑いは、おそらく一生忘れることがないだろう。

(2014年9月19日更新) 第57回に戻る 第59回に進む
村井裕弥

村井裕弥(むらいひろや)

音楽之友社「ステレオ」、共同通信社「AUDIO BASIC」、音元出版「オーディオアクセサリー」で、ホンネを書きまくるオーディオ評論家。各種オーディオ・イベントでは講演も行っています。著書『これだ!オーディオ術』(青弓社)。

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