音楽コラム「Classicのススメ」


2005年11月③/第24回 「マーラの10年」が煌めいて

 1990年代のオーケストラ界が「ブルックナーの10年」だったとするなら、80年代はまさしく「マーラーの10年」だった。

 猫も杓子もマーラーの長大かつ大編成の交響曲を演奏し、録音していたのである。とくに、LPよりも長時間収録が可能なCDが普及し、買い換え需要でレコード業界が潤い、バブル景気で演奏会のスポンサーも簡単に見つかった80年代後半のマーラー・ブームは、本当に凄いものだった。

 何人もの指揮者が全集の完成を目指してレコーディングし、外来のオーケストラもこぞってマーラーを演奏した。

 その総仕上げ、頂点ともいうべき事件は、1990年11月の2週間に集中して行なわれたシノーポリ&フィルハーモニア管弦楽団と、同じ月からの1年間で断続的に行なわれた、ベルティーニ&ケルン放送交響楽団とによる、2つのマーラー全曲チクルスだった。外来のオーケストラがこんな手間と金をかけてもおつりが来るくらい、当時のマーラー熱は凄かったのである。

 シノーポリとベルティーニ、それに(日本での実演の回数は少なかったが)テンシュテットを加えた3人が、この「マーラーの10年」を象徴する指揮者たちだった。

 言ってしまえば、彼らはマーラーを演奏するために指揮者になった人たちであり、そのことを自らの芸術的使命とし、またそうすることを、周囲から望まれた音楽家だった(ちょうど、「ブルックナーの10年」におけるヴァントのように)。

 彼らは「マーラーの10年」において、水を得た魚のように躍動し、輝いた。そしてその後は、ただ衰えゆくだけの光を虚しく追うがごとき歳月を生きて、死んでいった。その栄光はひたすらに「マーラーの10年」の日々にのみあった。 1987年、「マーラーの10年」にシノーポリが指揮する、交響曲第6番《悲劇的》。過ぎし日の煌きを、そこに聴こう。

 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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