音楽コラム「Classicのススメ」


2005年12月①/第25回 偽作が化けて名作に

偽作とは、誰か別人が作ったのに、偽りの作者(多くは有名人)の名前が表記されている作品のことである。絵画や彫刻など美術品の世界には無数の偽作と贋作があふれていて、真贋の目利きこそが「専門家」の最大の仕事となっている。

 それに比べれば、音楽作品の場合は多くない。偽作と認定されているとか、その可能性が高いとかいうのはモーツァルトの世代くらいまでで、それ以降の作曲家の作品で、真贋を疑われているものはまずない。音楽作品というのが絵画や彫刻のような一品物ではなく、写したり印刷したりすることが容易にできる楽譜という形で大量に流通するものなので、専門家の目に触れないまま素人を騙してしまうことが難しいからだろう(作品そのものではなく、その自筆譜のような一品物なら、贋作はきっとたくさんあるに違いない)。

 ところがロマン派以降の音楽の世界では、知名度の高い音楽家が自作を他人の作品と偽って発表し、好評を得てしまったというケースがある。有名なのはヴァイオリニストのクライスラーの事件で、擬古典風の自作を「イタリアの修道院に秘蔵されていた過去の作品」として、長いこと演奏会で演奏していた。

 今回の「BBC Concert」でお送りする《キリストの幼時》も、もとはクライスラーの場合と同様にベルリオーズが「偽作」した曲である。フランス楽壇の形式主義と権威主義に悩まされ、作品を正当に評価してもらえなかった彼は、自作の合唱曲を17世紀後半のパリの宮廷音楽家の作品と偽って演奏し、見事批評家たちを騙して、からかってみせたのである。

 この結果に気をよくしたベルリオーズは、その「偽作」を曲中に含むオラトリオを完成し、今度は自らの作品として初演した。この曲の清冽で静謐な美しい響きは、皮肉な冗談から生まれたものだったのだ。

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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