音楽コラム「Classicのススメ」


2006年07月/第34回 人にやさしいメトロポリタン歌劇場

 今月放送される、メトロポリタン歌劇場の盛大なガラ・コンサートは、ヴォルピー支配人の引退を記念したものである。

 ヴォルピーは1964年から、42年間もこの歌劇場に関わってきたそうで、社会人としての人生のほぼすべてを、この歌劇場とともに過ごしたような人だ。ひんぱんな転職やヘッドハンティングが日常的なアメリカでは珍しい生き方で、日本でも最近は珍しくなりつつある終身雇用で頂点へ登りつめた、つとめ人のお手本みたいな存在だ。

 そういう人物の引退を、老若の名歌手たちが大挙して舞台につどい、華やかに飾る。

 これにはもちろん、完全民営の団体としてのメトロポリタン歌劇場のお家の事情もある。このような機会を華やかに盛り上げることで高額の寄付金を募り、経営の一助や基金の資金源とするのだ。往年の名物支配人ルドルフ・ビングの引退ガラ、開場百周年記念ガラ、レヴァイン二十五周年ガラなど、CDやDVDになったさまざまなガラも、すべてそのような性格をもっている。

 そう思うと、一般庶民には遠い場所に思えるけれど、その遠さを憧れと夢に変え、輝く華やかさを維持してきたのが、この歌劇場なのだ。だからその遠さには、同時に温かさがある。それは、名歌手、指揮者、そして支配人を頂点とする裏方たちがこの歌劇場で数十年も活動し、先輩から後輩へと受け継いできた、その人々の温もりが生むのである。

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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