音楽コラム「Classicのススメ」


2009年06月/第69回 100年目の2人と弟子

 現代音楽というのは曲名の命名のセンスで知名度がわかれるような要素が強い。メシアンの「世の終りのための四重奏曲」などは、最大の成功例の一つだろう。
 ロマン派時代の曲名が大仰で自己肥大的で、そのぶん壮気にみちているのに較べると、斜に構えたような姿勢で、しかし第2次大戦中に捕虜収容所で、ヨハネ黙示録からの啓示をもとに書いたという事実には充分な真剣さも保証されていて、じつによくできている。「純音楽的に標題性を排して」なんて学者くさい考えは気にせず、曲名が喚起する先入観にどっぷり浸って聴けばいいし、またそれに答えてくれる名曲なのである。
 このメシアンに較べると、弟子のブーレーズはあんまり命名センスがよくない。一時メシアンのことを評価しなくなったのも、師の高度な詩的センスに対する嫉妬からだったんじゃないか、という気がしないでもない。
 メシアンと同い年で、パリに留学してエコル・ノルマルに学び、さらにナディア・ブーランジェに教わるという、アメリカ人作曲家の王道を歩んだのが、エリオット・カーター。メシアンは92年に死んだが、カーターは驚くべきことに、100歳を超えていまだ現役の作曲家なのである。
 この人の命名センスはどうか。どちらかというとブーレーズに近いようだ。我が道を行く傾向の強いメシアンによりも、前衛の王道を歩んで抽象画的な方向に進んできたカーターもまた、詩性に惹かれるところが薄いのかも知れない。
 いずれにしても、昨年生誕100年を迎えた2人とブーレーズの音楽。カーターの最近の作品まで含めて、名手エマールのピアノでどうぞ。


 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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