音楽コラム「Classicのススメ」


2011年3月/第90回 チェコ音楽に捧げた生涯

 

 昨年10月に84歳で亡くなったサー・チャールズ・マッケラスは、日本でも多くのファンに愛された名指揮者だった。
 録音でふりかえると、その活動には二つの柱があった。一つはモーツァルトであり、もう一つはチェコ音楽である。あえていえば、どちらもプラハに縁が深い。オーストラリアに生れ、イギリスを拠点にした指揮者だが、その愛は何よりも、これらの音楽に注がれていた。
 しかしその愛は、同時に、客観的な姿勢と視点を忘れぬものだった。それらの音楽に対して、単純素朴な郷土愛をもちようもないマッケラスは、自らの憧れと愛着が何に由来し、何を対象としているかを、つねに覚めた目で見つめることを忘れなかった。モーツァルト演奏にはその態度が典型的にあらわれていて、生まれついての新即物主義的な様式に、近年のピリオド演奏の音感覚を巧みにとりいれ、厳しさと愉悦性を両立させる音楽をつくってみせた。
 そしてその姿勢は、チェコ音楽に対しても変らなかった。とりわけ得意としたヤナーチェクはもちろん、スメタナやドヴォルジャークなど、ともすれば惰性に陥りやすい人気曲でも、背筋を伸ばしたような折り目の正しさが、その演奏にはあらわれた。
 チェコ人たちがマッケラスの演奏を高く評価し、愛したのも、たしかな見識に支えられたその響きに、教えられるところが多かったからだろう。チェコを代表するレーベル、スプラフォンはその業績を記念して、四半世紀にわたる録音を2つのボックスにまとめた。今月のニューディスク・ナビでは、そのセットをまとめてご紹介する。


 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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