音楽コラム「Classicのススメ」


2008年03月/第54回 生誕百年のカイルベルト

今年、生誕百年を迎えるアーティストの中で、知名度が飛び抜けているのはもちろんカラヤンだが、指揮者ではほかにカイルベルト、朝比奈隆などもいる。
カラヤンという人は先輩フルトヴェングラーに嫉妬されたとか、年下の指揮者の活動を妨害したとか、同業者との関係にとかくの噂がある(あくまで噂話)のだが、同い年のカイルベルトとは不思議と仲が良く、共存共栄の関係だったという。一九六三年にバイエルン国立歌劇場の本拠地ナツィオナルテアターが再建されたときには、カイルベルトに花を持たせるためにカラヤンがわざわざこの歌劇場に二晩だけ客演し、《フィデリオ》を指揮しているくらいである。
このとき、カラヤンはウィーン国立歌劇場の芸術長、カイルベルトはバイエルン国立歌劇場の音楽監督として、ドイツ語圏のオペラ界をリードする立場にあった。このあたりのことが、それぞれのポストが二人にとってどのような意味を持っていたか、同時代の交響曲偏重の日本の音楽界ではもう一つ理解されていなかったように思う。むしろ、オペラへの偏見が減った現代こそ、かれらとオペラとの関係を、あらためて評価できる時代なのではないか。
というわけで、三月のカイルベルト特集では、一九五五年バイロイト音楽祭の《ニーベルングの指環》など、オペラを中心に構成してみた。さまざまな歌手が出入りし、合唱も加わる大編成の、長大な「綜合芸術」を指揮者カイルベルトがいかにまとめ、花開かせているかを、 確かめていただきたいと思う。

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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