音楽コラム「Jazzのススメ」


2005年09月②/第19回 魔性の女

さてと、毎回このページに群がる美男美女の諸君、皆さんは恋をしているか。

ジャズとオーディオに忙しくてそんなことしてる暇があるか、だって。
ああ、駄目だ、駄目だ。そんなことだから君の人生、おかしくなってしまうのだ。
恋とジャズ、どっちが大事か。考えてみるまでもなかろう。
恋があってジャズがある。これが最高である。ジャズがあって恋がない。これ、最悪でなくてなんであるか。

ここに一人、そう、歳の頃は70代の半ばくらいか。一人の男性ジャズ・ファンがいる。仮に名前を「鈴木さん」としておこう。
この鈴木さんが突如、恋に狂ったのである。狂恋である。
女性は20代の中半、中肉中背、絵に描いたような美女。鈴木さんならずとも恋愛衝動にかられて全然不思議はない。

しかし、普通、人間、70代ともなれば分別というものが働いてしまう。分別は聞こえがいいが、要するにオレなんかとても駄目だとおじけづいてしまう。間違いなく腰が引けてしまう。

しかし、鈴木さんの場合、分別を超えていた。敢然と立ち向かったのだ。
彼女の現れる場所に足を向けることから始まった。
同時に鈴木さんの服装が変わった。
鈴木さんはその長い人生を固い一方の職業に捧げてきた人である。当然、服装に遊びはない。
都内を夜な夜な徘徊し始めて三ヶ月、鈴木さんのコスチュームは完全に遊び人風のそれに変わった。
眼鏡もレイ・バーン風に変化した。
服装、眼鏡、特に眼鏡が変われば人は人が変わるのである。鈴木さんは自分を閉じ込めていた殻を破り始めた。言動が軽妙さを帯びてきた。
それまでほとんど口をついて出たことのない、冗談を連発する。

鈴木さんは自分の恋を隠さない。いや、隠せない。話したくて仕方がない。朝起きてはすぐに彼女のことを考え、昼、夜と、彼女について考えていない時以外はすべて考えている。
なにしろご隠居の身であるから暇なのである。

「いや、俺はもうじき振られるよ」

これが鈴木さんの口癖である。本当はそんなことこれっぽちも思っていない。思ってないから言える。人は恋の終わりが迫ったらそれを口に出来ないものだろう。
まわりの人々は皆、鈴木さんの恋を祝福している。
大体人はうまくいっている恋愛など心よく思わない。犬に食われて死んじまえ、である。

しかし、鈴木さんは例外。
なぜか。ある種一方的だからである。そして人は皆、鈴木さんの年齢になったら鈴木さんにあやかりたいと思っているからである。自分もそんな幸せを掴めるかな、と。
鈴木さんは、あたたかい幸せな風を人々に送っているのである。

さあ、もう皆さん、おわかりだろう。鈴木さんの恋の相手は近頃めきめき断トツ売出し中の女性歌手、MAYAさんだったのだ。

「ある恋の物語」をMAYAさんは最新作『Love Potion No.9』で歌っている。
いや、はや、これは数ある「ある恋の物語」の中でなんという絶品なのだ。
煮て焼いて料理して食べてしまいたいくらいだ。
こんな狂恋の表現をなぜ20代の女性に出来るのだろう。

本当は彼女は60歳なのではなかろうか。何百回も恋を重ね、その凝縮されたエッセンスが若い娘の型を借りて出てきたに違いない。
これでは鈴木さんならずとも、クモの巣の蝶状態になるのは無理はない。
まことにもって魔性の女、というしかない。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ