音楽コラム「Jazzのススメ」


2006年08月/第31回 ジャズの聴き方


やぁ諸君、元気かね。私は元気がない。それで原稿が書けない。仕方がないからテレビをつけたら「突撃」をやっている。カーク・ダグラス主演の第一次世界大戦を扱ったモノクロ映画。二度目だがこれは観るしかないと腰を据えた。またあの鉛の棒を飲むような気分になるのかと思ったらその通りだった。
敵前逃亡の罪で3人が銃殺されることになる。例え、最後の一人になっても後退は許されない。前進あるのみ。それが軍隊だ。各国共通。後退を許したら全員が後退する。そしたら戦争にならない。

見せしめのための処刑だ。一人は傷を負っている。意識もうろう。タンカを立てての銃殺だ。スタンリー・キュブリックの大反戦映画。すごい。一般社会でも見せしめはある。戦争はその究極のかたちだ。

深夜映画で探してみてくれ。人間社会の不条理に腹が立つ。いきり立って元気のなさなど吹き飛ぶ。

さぁ、書いてゆくぞ。

私はいま、いろんな人とジャズの聴き方について争っている。映画を観てますます争おうという気分になった。

ジャズの聴き方には色々ある。私なりにこれまで自分の聴き方をこしらえたつもりだ。しかし、一つじゃない。どうも、そこが不安なのだ。

某日、私は中尾洋一さんをお訪ねした。中尾さんに聴き方を尋ねてみた。

中尾さんはジャズのプロデューサーで何年か前に日本ジャズ維新シリーズを立ち上げた人。今日本人ジャズ・ミュージシャン・ブームの創始者の一人だ。「音ですよ、音」と中尾さんは言うのである。音とは?オーディオですか。それなら私もやっているのですが。違う。楽器の音だとおっしゃるのである。例えばギターだが、最初の一音でぐっときたら、もうそのギタリストは大好き!となると言う。

音のほかにもいくつかある。フレーズで聴いたり、スタイルで聴いたり。しかし、そういうのはニの次、三の次だ。

頭脳のほうが幾らか発達した人なら歴史観的に聴いたりもする。

インプロバイズを極める人もいるだろう。しかし中尾氏は音。完全に見事に楽器の音を聴く。そういうジャズ人生を長年送ってきてそういう生涯をとげるのだとおっしゃる。

分かりやすいではないか。潔いではないか。

音をターゲットにミュージシャンを探し、惚れ込み、レコーディングを行ってきた。そういう人なのだ。本来なら、中尾さんの作ったCDを紹介するところだろう。

しかし、なかなか人生うまくゆかないのよ。

それで今日は音で聴いて最高のトロンボーン盤を俎上に乗せることにした。

片岡雄三さんだ。なんと。初リーダー作だというのである。いかにトロンボーンという楽器が恵まれていない楽器かが分かるではないか。どんどん私はトロンボーン盤を紹介してゆくぞ。

お父さんが有名なトロンボーン奏者である。小学校の時ピアノを習った。中学校に入りブラスバンドに応募すると何か楽器を持ってこいと、家にころがっていたトロンボーンを持っていった。

その頃見た映画が「グレン・ミラー物語」。トロンボーンってこんなに格好いいのか。お父さん、かたなしである。

いや私だって高校生の頃見て始めたいと思ったのよ。しかし家にトロンボーンがなかった。それで片岡雄三さんと差がついたのである。中学校から始めていたら今頃は私だって。いや、よそう。

なんたって美しく格好いいのが「ラブ・レター」である。いやはやこの音の品のいい格好よさはどうだろう。

思わず片岡雄三さんのトロンボーンを検査したくなるのである。ひょっとして管のなかにビロードの布が貼ってあるじゃないか。でなければ、こんななめらかな音が出るわけがない。

なめくじでも住んでいるんじゃないか。でなけりゃこんなぬめりが出るはずがない。 もちろんテクニカルな面も凄い。「マイ・フーリッシュ・ハート」の超絶高音にはただひたすらため息のみ。

しかし、コーヒー・ブレイクに演奏したという「ラブ・レター」の情緒、歌心、なめらかな音が彼のテクニックを感じさせないテクニックだ。ミュージシャンのコーヒー・ブレイク、はし休めがわれわれリスナーのメイン・ディッシュになることが多い。そういう逆転現象もジャズの聴き方の一つである。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ