音楽コラム「Jazzのススメ」


2009年04月/第63回 お酒とマイナー・レーベル

 今は夜中の2時半だが重い腰を上げてこの文章を書きはじめた。
文章を書くにはある種の度胸が要る。自分をいつもより強くもっていかなくしてはいけない。亡くなったジャズ・ファンの鍵谷幸信さんは「物を書く人間は自分を天才と思わなければ、いいものは書けないよ」と言ったがそれは無理だ。天才と思うには余りにも自分を知りすぎている。

 それで酒に頼ることになる。うまい具合に最近ウィスキーのお湯割りに凝っている。「ウィスキーはロックだろう。氷がグラスの中でカキンと音を立てる。そいつを聞きながら一杯やるのが粋なんだよ。」そう言われても当方、もう格好つける歳でもない。年寄りにはじわりと体があたたまるお湯割りが一番だ。熱湯をそそいだ時の鼻をつく強いウィスキーの香り。これはちょっとしたものである。ニュー・センセーションである。新しい恋の芽ばえである。やがて時間が経つとお湯がさめてくる。すると香りがだらしなくなってくる。恋の終わりである。

 それはどうでもいいが、書けないとつい頻繁にグラスに手が延びる。当然酔っぱらってくる。すると本当に書けなくなってしまう。酔っぱらっているような、いないようなその微妙な中間地点の維持がむずかしい。なぜ今回酒の話から始めたかというと、ガッツ・プロダクションの笠井青年。この人が無類の酒好きなのだ。この人もけっこう中間地点の維持がむずかしい。大抵いつもセイフティ・ポイントを突破して宇宙の彼方で彷徨することになる。酒を飲んで地球にとどまっていても仕方ないだろうという広大な精神が天晴れである。愛すべきジャズ一筋の好青年。このCDがよく売れない時代に、ガッツ・プロのCDは出足がいい。迅速とはいかぬまでも快速である。

そういえばもう一社、俊足テンポを保持しているマイナー・レーベルがある。澤野商会である。この会社とガッツ・プロを比較するとその好業績の秘密が見えてくる仕掛けになっている。

 澤野商会はジャズをとことん骨のズイまでわかった上で、あのような聴きやすい、しかし充分マニアの鑑賞に堪える新譜名盤を出してくる。ビギナー向けにしてマニア向けという絶好の境地。 一方のガッツ・プロはジャズの詳細には不案内だけれど「自分の耳に気持ちよく響いたもの」を主に選んで発売している。ジャズの知識背景にこり固まったマニアックな耳ではない。普通の好センスの耳。そういう耳が世に問うCDだからこそ誰が聴いても平易で楽しく心に残る。

 特に昨今の輸入CDは気張ったものが多い。ピアノ・トリオにしろ『俺トリオ』みたいにいきがった作品が多く、買って失敗し蹴飛ばしたくなるが、澤野商会とガッツ・プロダクションなら安心というものだ。両社にはマイナー・レーベルの雄として末永く頑張って欲しいものである。

 ウィスキーのお湯割りのせいで例の『微妙な中間地点』をこえてしまったようなのでこの辺で失礼。

 ■ガッツ・プロダクション http://www.gatspro.com/
 ■澤野工房  http://www.jazz-sawano.com/

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ