音楽コラム「Jazzのススメ」


2010年05月/第76回 ネイロで聴くジャズ

 「人間50歳を過ぎたら、ちったあジャズの聴き方変えてみないか」というのが今日のテーマだ。

 これまでのジャズの聴き方というとハンで押したように、まずジャズ・ジャイアント主義。

 マイルスがいて、コルトレーンがいて、ビル・エバンスがどうたらこうたら。

あんたら歴史学者か。

 そう言う聴き方、まあ、初心者はよしとしよう。右も左もわからないビギナーがとりあえずスタンダードで教科書的な聴き方を求める。これはこれで理にかなったジャズの攻略法というものだ。

 だけどねえ、20年も30年もジャズと過ごして相変わらずマイルスやコルトレーンの演奏スタイルや、変化がどうしたこうしたじゃ情けない。

 実は私の店『メグ』で少し前からトロンボーン教室というのを始めた。毎月第一日曜日の午后、メグの周辺はトロンボーンのケースをかついだ老若男女で溢れるというのは嘘だが、大体10人から15人の主として中高年男性が集まってくる。先生は若い女性だ。当たり前だろう。オッサンがオッサンに習ってなにになる。

 遠方からはるばるやってくるこの番組のヘビー・リスナー、児玉さんもその一人。茨城だか群馬だか、そういう遠隔地だ。月一回上京し、美しい先生に習い、あまつさえレッスンが終わった後の反省会という名の宴会に参加、これが楽しくてたまらないと。

 それはともかく、児玉さんのジャズの聴き方は変わった。以前はおきまりの名盤主義、ジャズ・ジャイアント主義。トロンボーンを始めて、J.J.ジョンソンとカーティス・フラーしか知らなかった児玉さんは次々いろいろなトロンボーン奏者のCDに手を出し、この頃行き当たったのがアービー・グリーンだ。

 児玉さんはたまげたのである。なんという微妙に美しい音色なのだろう。いやこれは『オンショク』ではない。あくまで敢然と『ネイロ』と言うべきである、と。

 トロンボーンを自分でくわえて初めて『ネイロ』という問題につき当ったのである。それまではJ.J.ジョンソンのモダン・トロンボーンにおける革命的奏法なんていうことしか考えなかったのが、“音で聴くジャズ”の聴き方という考えてみればいちばん根元的、かつまっとうなリスニング法に目覚めたのだ。

 なんとかしてアービー・グリーンみたいな絹ずれ音色を出したい。そういう欲求を抱いてアンブシャーに精を出す児玉さんだが、いろいろ漁ってみると、いるわいるわ、アービー・グリーン的スィート・サウンドのトロンボーン奏者が。

 古くはトミー・ドーシーから始まり、ジャック・ティーガーデン、ルー・マクガリティにマレー・マッカカーン。こういうひとつの勢力がトロンボーン界にあったのか。知らなんだあ、と。

 先日お会いしたらこういうことを言っておられた。「トロンボーンだけでなく、いろんな楽器を音で聴くようになりました。一つまた聴き方の世界が開けたんです。いや実に嬉しいことです。」

 考えてみれば、あらゆる楽器奏者、まずいかに最初にいい音を出すか。そのことに腐心するというではないか。楽器は音色だ、と言ってはばからないミュージシャンもいる。おお、そうかい。それならおまえさんの音を心ゆくまで聴いてやろうじゃないか。

そう考えるジャズ・ファンがいたって絶対におかしくない。いや、本来的にそうあるべきなのだ。

(P.S.) 「PCMジャズ喫茶」のディレクター、太田俊さんが来月からメグのトロンボーン教室に参加することになった。いいジャズ人生が広がりそう。あなたもトロンボーンをお買いになったら?

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ