音楽コラム「Jazzのススメ」


2007年11月/第46回 ジャズ録音に真空管のマイクロホンを使う、そのこだわりとは

20世紀最大の発明はトランジスタの開発である。現在生活空間にあるあらゆる通信機器や家庭電化製品はトランジスタの集積回路で構成されている。一方オーディオなどの音響機器に真空管システムが生き残っているのは何故か。

半導体では実現できない真空管の特性がある。音楽再生の条件である楽器や声、空間の「潤い」「ひびき」「強弱感」などで真空管システム独自の音響世界が広がる。真空管マイクロホンによるレコーディングは少なかったが真空管式編集機器を活用したCD造りが今も行われているのはそんな理由である。同じオリジナル・マスターテープから編集された数種のCDに音の違いが聴ける例がある。

ソニー・ロリンズ「WAY OUT WEST」は1957年コンテンポラリー・レコードの倉庫を使って録音エンジニアのロイ・デュナンが録音した。当時はまだステレオの録音機がなく真空管式モノラル録音機を使った。そのためテナーサックスは左にベースとドラムが右に位置しており真中に合成音はない。このLPをやがて各社がCDに復刻した。

オリジナルテープから直接復刻されたCDはmobile fidelity sound lab(MFCD801)ビクター輸入盤xrcd(VICJ-60088) Analogue Productions(CAPJG008)・(CAPJS008)そしてFantasy限定盤(4CCCD-4441/2)に限られている。マスタリング・エンジニアのセンスやシステムの違いから音はどれも微妙に異なる。このなかでも楽器の自然感に溢れているのはダグ・サックスが真空管システムを使って仕上げたCD(CAPJS008)であった。

50年代の録音が音質的に自然であると言う人は多い。耳は当時の真空管録音による自然な音を聴いている。現在のマルチ・マイクによる多チャンネル録音やデジタル編集による音の不自然さは聴いていて疲れることが多い。昔オーディオに熱中した科学者が本音を漏らしたことがある。「不純物(半導体)を通った信号より真空を飛んだ信号のほうが音はいい」なにか本当らしく聞こえる。

イントロが長すぎるようだ。真空管マイクロホンを使って録音されたCDを紹介したい。「The Way You Look Tonight」(Field Work Music FW001) Alan Pasqua(p) Dave Carpenter(b) Peter Erskine(drs)TrioでKMFオーディオ・ステレオ・真空管マイクロホン・マークⅡが活用されている。3つの楽器がそれぞれ滑らかな音で鳴るとともに孤立することなく空間にブレンドされてステージ感を伴って響く。録音にはマルチマイクではなく2本のステレオマイクを立てている。KMFというのは真空管マイク開発エンジニアの名前K..M.Fuquaの略である。演奏曲は全部がスタンダードで音の快さに10曲では物足りないという出来栄えであった。現地発売のアルバム・タイトルは「Standards」でジャケットはイラスト風であったが日本発売ではタイトルを変更しCDカヴァーも色香漂う女性となった。こちらのほうが断然いい。

長澤 祥(ながさわ しょう)
1936年生まれ。オーディオメーカー数社在籍。日本オーディオ協会前事務局長。