音楽コラム「Jazzのススメ」


2005年02月②/第04回 サンバ・カンソンの女王、マイーザ



いやあ、しかし諸君。考えてみるとジャズってのは大変な音楽なのだ。
最初はちょっと難しい。でも、少してこずったりしてそのうち目の前の霧が開けるようにジャズがわかってくると、さあ今度は鬼の首でもとったような気分に陥って世界で一番ジャズがわかるのはオレじゃないか、みたいな気分になってしまう。


さらにどっぷり漬かると今度はジャズが特殊な音楽に見えてくる。最上級の音楽、さらには音楽を超えた音楽、てな具合に映ってくるのだ。音楽の神。


感極まって「ジャズより他に神はなし」と絶叫したのが奇人、平岡正明。 勿論、現在はこういう人たちは非常に少ない。でも1950~70年代のジャズ全盛時代はそのへんにうようよしていたのだ。あぶない目つきをした人が。


ジャズ論議の果て、相手をボコボコに殴っちゃったり。刃傷沙汰にも及んだらしい。


まあ要するに、ジャズとはそのくらい魅力的な音楽なのだ。それは、今も昔も変わりない。


私はそれを言いたかったのだ。私だって今、時々ジャズの話をしていてムカッとする時がある。相手があんまりわからんことを言うとね。いや、これはちょっと尊大な言い方だった。単純にジャズの聴き方の違いというすれ違い。


ジャズというのは、なかなかストレスの多い音楽だなあと思うだろう。ストレスを感じるくらい魅力的な音楽なんですよ。また言ってしまった。


ストレスを感じたら何を聴くか。これが今日の課題である。ストレスなんかないって?


それはそうでしょう。現代っ子の皆さんはいろんな音楽を聴くから。


しかし、ジャズしか聴かない私には時折特効薬が必要になる。最近いい薬を見つけた。


マイーザ、である。これがリラックスの素なのだ。ごらんの通りのすさまじい美人である。見ているだけで別の世界に連れていかれるようで浮世の垢が落ちてゆく。


ブラジルの人である。従って、ジャズではない。ジャズではないのがいいのである。


良家に生まれ、ブラジルで十番目に金持ちの家に嫁いだと言う。1950年代半ば、当時まだボサノバは誕生せず、その前身ともいえるサンバ・カンソンというリズムで歌っていた。上流階級でポピュラー音楽を歌うことに軋轢があったらしい。何かの拍子に酒びたりになり、あげく40歳で事故死。破滅型の歌手の典型だ。ブラジルのビリー・ホリデーと呼ばれる。


破滅歌手だろうが酒びたりだろうが、これが私にとっては魂の救済なのである。一曲目「崩れた世界」のボタンを押すと私はもうそのままたちまち天国に運ばれてゆく気分だ。


洗濯板を幼児が優しくさするような、サンバ・カンソンのリズムに乗って物憂げに歌うマイーザの旋律を聴いていると、身体が琥珀色に染まってゆくのを感ずる。この歳になってえらいものを見つけてしまった。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ