音楽コラム「Jazzのススメ」


2007年12月/第47回 ムーン・リバーと私

10月初旬、吉祥寺の「MEG」でヴォーカル・コレクターでミュージックバードにも出演している武田清一氏のヴォーカルLPコンサートを聴きに行ったところ、途中、ゲストとしてウィリアム浩子さんが、ピアノを弾きながら「ムーン・リバー」を歌った。プロ歌手なのだが、まだ憶えたばかりとかで、ちょっと素人っぽく、ささやくように素朴に歌ったのだが、それがとても印象的で、いつまでも頭から離れなかった。

そういえば、映画「ティファニーで朝食を」でのオードリー・ヘップバーンも、外の階段に腰を降ろし、ギターを弾きながら、可愛い声で、やはりちょっとささやくようにさりげなく歌ったが、それがこの「ムーン・リバー」をとても魅力的な歌にしていた。オードリーは歌えない女優ではなく、「パリの恋人」では「ハウ・ロング・ハズ・ジス・ビーン・ゴーイング・オン」を歌っていたし、映画「マイ・フェア・レディ」も最初オードリー自身の歌でも撮影していたくらいだが、結局映画ではマーニ・ニクソンの吹き替え版で封切られた。歌手としてはそれほど上手いとは言えないのだ。

僕の想像だが、ヘンリー・マンシーニは「ティファニーで朝食を」の監督から、オードリーに映画で一曲歌ってもらいたいので、彼女に合った歌を書いてくれないかと頼まれ、彼女の歌唱力に合った、素人っぽく歌うと生きる歌「ムーン・リバー」を作曲したのではなかろうか。

だから、この歌はあまり声を張って朗々とオペラ歌手の様に歌うと、かえって味わいがなくなってしまうのではなかろうか。

こんなふうに思ったのは、実は理由があって、ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の作詞、作曲家コンビ、アラン・ジェイ・ラーナーとフレデリック・ロウの回想録を読んだとき、このミュージカルの作曲で一番苦労したのは、ヒギンス教授を演じたレックス・ハリスンが歌う歌を書くことだったという一節を読んだからだった。

レックス・ハリスンは名優だが、正直言って歌は下手だ。僕は彼のLPを一枚持っているが、歌っているんだか、語っているんだかわからないようなアルバムなのだ。レックス・ハリスンが「マイ・フェア・レディ」の中で歌う「レイン・イン・スペイン」という曲など語るがごとく歌う曲であり、作詞作曲者のラーナー=ロウの苦労がよくわかるのだ。

僕は、これとオードリーの歌う「ムーン・リバー」は同じ理由で生まれた歌ではないかとふと思ったのだ。僕はウィリアム浩子の「ムーン・リバー」が頭にこびりついていたので、ミュージックバードの「PCMジャズ喫茶」でこの曲をかけたいと思っていたところキアラ・シヴェロ(ユニバーサルUCCM1131)に出会ったのだった。キアラはローマ出身のシンガー・ソングライターなので、「ムーン・リバー」を僕の理想とするこの曲向きの素朴なフォーク調で歌っていて、大いに気に入った。

そこでこの「ムーン・リバー」を「PCMジャズ喫茶」のスタジオに持ち込んでかけたのだが、いつも口の悪い二人、寺島氏と長澤氏が「まあまあだね」と言ったので一安心。

ところでオードリーが歌った「ムーン・リバー」入りのCDはないものかと探していたら「Music From The Picture Of Audey Hepburn」というアルバムに入っていた。

しかし彼女の歌はこれ一曲。たしかにうまいとはいえないが、可愛くて、とても魅力的に歌っている。

岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。