第19回 太平洋沿岸のオランダ人
エド・デ・ワールト、1941年アムステルダム生まれ、64歳。近頃のこの人の周囲には、「巨匠の予感」が漂いはじめている。
その経歴はとても華やかなものとはいえない。母国第一のオーケストラ、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団では、団員としてオーボエを吹いたことはあるが、指揮者としてポストを得たことはない。
ロッテルダム・フィル、ネーデルランド・オペラ、オランダ放送フィルなど、母国ではつねに「二番目」の団体を指揮して、地道に実績を残してきた。 1990年代前半にオランダ放送フィルと録音したマーラーの交響曲全集は、「今のコンセルトヘボウよりもよほど往年のコンセルトヘボウに近い」などと讃えられた、絹のように美しい響きで一部に熱心なファンを獲得したが、あくまでも局地的なもので、大評判というわけではなかった。
並行して指揮してきた他国のオーケストラも、サンフランシスコ交響楽団、ミネソタ管弦楽団、シドニー交響楽団、そして現在音楽監督をつとめる香港フィルと、やはり派手ではない。
しかしそのケレン味のない、温暖な気候を想わせる、のびやかな響きの音楽は、徐々にファンを増やしはじめている。わが国でもPMFや読売日本交響楽団の指揮者としておなじみになりつつあり、11月にはこのオーケストラを指揮して、二期会の《さまよえるオランダ人》を上演することになっている。
かつて列強に伍して、七つの海で覇を競った国、オランダ。その国に生まれたこの指揮者は、サンフランシスコ、シドニー、香港と、不思議に太平洋沿岸と関係が深い。ということは、あるいはこれからは日本とも縁が強まるかも知れない。いや、どうもそうなる気がしてならないのだが…。
山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963生まれ。「レコード芸術」を始め、音楽雑誌、CDのライナーなどで活躍中。クラシックの演奏史の中に現代を位置づける活動を行っている。最近特に海外盤に目立ついわゆる「ヒストリカルもの」(放送局のライブ音源をCD化したものやSPやLPの時代の録音のCD化)には滅法強い。
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