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いーぐる後藤の”ザ”ジャズセミナー・アーカイブ


(月~金)9:00~10:00
再放送=(月~金)20:00~21:00
いーぐる後藤の”ザ”ジャズセミナー・アーカイブ
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶『いーぐる』のオーナー後藤雅洋は、とても「ジャズ初心者・入門者」の啓蒙に熱心な人。その多くの著書もそうだし、カルチャー・センターでもジャズの扉をたたく人を指導してきました。一方「いーぐる連続講演」というジャズ中上級者向けの講演会もすでに数百回も催してきました。そんな後藤が10年ぶりにミュージックバードに番組の主として登場。様々な角度から「ジャズの楽しみ方」をアドバイスします。
『”ザ”ジャズセミナー』に見る後藤雅洋氏の生真面目さ

『”ザ”ジャズセミナー』に見る後藤雅洋氏の生真面目さ
 実のところ私は『ジャズ喫茶』に足繁く通うタイプではない。 
 ただ、超貧乏な学生生活を送っていた40数年前の1970年代はそれはそれはよく通った。なんせステレオを持ってなかったので仕方がなかったのである。(当然レコードなんて持っているわけない)中央線の阿佐ヶ谷に長いこと住んでいたのでお隣高円寺の『サン・ジェルマン』(歩いていけるので電車賃が節約できる)、さらにお隣の中野駅の南口にある『クレッセント』(バイトの友だちがやっていて一杯の珈琲の伝票で5杯はそーっと注いでくれたから)。
 だから後藤雅洋氏の四谷『いーぐる』。寺島靖国氏の『メグ』。両方とも21世紀になるまで足を踏み入れたことがないのである。勿論両店とも名前は知っていたが、なぜか縁がなかったのである。73年頃からFM東京の「ジャズ・ライヴ収録番組」を担当するようになってからは、急に『ジャズ喫茶』とは縁が遠くなってしまう。スタジオ、ライヴ・ハウス、コンサート・ホールなどでの収録をしていると目の前で現在進行形で行われている音楽に夢中になってしまうのは当然の帰結である。数えてみれば1975年から2001年まで実に四半世紀!私はジャズ喫茶に行っていないのである。

 そんな私がジャズ喫茶の店主がパーソナリティーである仕事をやることになった。
 最初は寺島靖国氏。打ち合わせをしながら、なにかうしろめたい。1回も行ったことがないお店のオーナーなのだ。次に後藤氏。これも同じ気持ち。『メグ』などは場所さえ勘違いしていた位だ。

 さて本題の後藤雅洋氏。
 私がこの方に会う前に持っていた印象は「ジャズ道場の師範」というジャズ武闘派のイメージである。実際に柔道・空手の有段者でもあるし、店で騒いだりとんでもないリクエストをした客には「4の字固め」をかけて悶絶させるという「都市伝説」(ガセネタです!)まで流れた事もあるという硬派中の硬派のイメージだった。またお店が上智大学や法政大学に近く学生に人気のあるジャズ喫茶であり、学生達にジャズのなんたるかの啓蒙活動を自然と行っていたという。そのおかげで村井康司氏や杉田宏樹氏などの優秀な中堅ジャズ評論家を輩出している事はよく知られている。
 そしてほぼ隔週の土曜日に行われている『いーぐる連続講演』はすでに500回をこえているし『朝日カルチャー』のジャズ講座も絶える事なく続いている。
 そう、ここ『いーぐる』はある意味での「ジャズ・ファン養成学校」なのだ。

 そして『いーぐる後藤の”ザ”ジャズセミナー』。
 実は後藤雅洋氏のミュージックバードにおける番組はこれが初めてではない。
 2000年に岩浪洋三氏と映像作家の山下泰司氏の3人で鼎談『GACHINNKO!ジャズ放談』を始めたが一年で終了。翌2001年『後藤雅洋のワシ派宣言』という番組をスタートさせた。これは前番組と違って毎回の週代わりゲストだった。しかしこれも一年しか持たなかった。
 原因は思い当たった。後藤雅洋氏が生真面目すぎるのである。その生真面目さは相手のゲストにも乗り移り話が固くなる。それと礼儀正しい性格なので、目上の人に対して、例えば岩浪氏などには決してズケズケとは突っ込まない(寺島靖国さんとは対照的である)。だから番組が「予定調和的」に終わることが多かった記憶がある。
 
 2012年の4月に始まった『いーぐる後藤の”ザ”ジャズセミナー』はその辺りの反省をもってフォーマットを変えた。まず後藤雅洋氏の一人語りにした。一人しゃべりは難しいのだが、やってみると以前の2番組より後藤氏の固さが取れたように感じた。
 ゲストに気を使わなくていいことが理由だと思った。あとは後藤氏からなんとか不真面目さを引き出すしかないと考え、私が時々番組中にからむ事にした。
 でも不思議だなあ。一緒に呑んでるとあんなに不真面目な話題に興味を持つのに。。。
(番組ディレクター・太田俊)

THE JAZZ オンエア曲リスト
後藤雅洋

出演:後藤雅洋

ジャズ喫茶「いーぐる」店主。