123chTHE 青春歌謡

オリジナル盤でたどる昭和流行歌史


(土)21:00~22:00
再放送=(日)17:00~18:00
オリジナル盤でたどる昭和流行歌史
オリジナル盤でたどる昭和流行歌史
オリジナル盤でたどる昭和流行歌史
1925年に始まった昭和は63年間にわたってさまざまな世相を反映した名曲を生み出してきた。その多くはSPを含むレコード。この番組では、昭和に生まれた名曲名盤をすべてオリジナル盤で聴くという企画。当時のイコライジング再生カーブに対応したヴィンテージの真空管アンプをスタジオに持ち込み、こだわりのオーディオ再生で「オリジナルの音」を追求します。出演はオーディオ評論家で昭和流行歌のコレクター、研究者でもある篠田寛一氏。歌をうみだした文化や時代背景にも言及します。

4月1日・8日/戦後の混乱から復興期の流行歌集
 太平洋戦争終結直後から続いていた混乱もようやく収束に向かい出し、世の中はだいぶ落ち着きを取り戻しつつあった。流行歌の世界では、ブギウギが大流行。中でも笠置シズ子が大活躍。いくつもの作品でヒットを飛ばし〝ブギの女王"といわれる一方、霧島 昇や二葉あき子といったベテランに混じり、平野愛子や竹山逸郎などのニューフェースも活躍するなど何かと話題豊富な時期でもあった。2回にわたり、昭和23年から24年の前半にかけてヒットした流行歌を中心に聴く。

4月15日・22日/天才少女歌手が現れたころ
 ブギウギの人気が相変わらずの時代、巷では笠置シズ子の「東京ブギウギ」や市丸姐さんの「三味線ブギウギ」が流れていた昭和24年から25年。彗星のように現れたのが、美空ひばりである。「東京ブギウギ」をはじめ、菊池章子の「星の流れに」を歌い、大人たちを驚かせた少女は、やがてコロムビアの専属歌手となり、天賦の才能を発揮する。天才少女歌手誕生の時期に、どんな作品が流行したのか。美空ひばりの初期の作品と合わせ、彼女の存在に戦々恐々とした(?)、歌手の作品を聴く。

4月29日/元歌を訪ねて
 太平洋戦争中、日本軍の南方最大基地があったラバウルを撤退するとき、兵隊たちが口ずさんだといわれる「ラバウル小唄」、五木ひろしのヒットナンバー「浜昼顔」・・・これらはすべて替え歌、もしくはリバイバルソングである。今回は、ヒット作品の元歌をたどり、オリジナル盤と聞き比べるという企画もの。ルーツを知れば、ヒットの理由の一端が理解できるかも・・・。(篠田)

4月1日の曲目 8日の曲目 15日の曲目 22日の曲目 29日の曲目
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。
篠田寛一

出演:篠田寛一

オーディオ評論家。昭和流行歌のコレクター、研究者。

オリジナル盤でたどる昭和流行歌史
オリジナル盤でたどる昭和流行歌史
3月18日・25日/昭和モダンが生んだヒット流行歌
 昭和初期(2年~9年)、のちの我が国のレコード界をリードすることになる五つのメジャーレーベル(ポリドール、ビクター、コロムビア、キング、テイチク)が相次いで誕生した。今回は2週にわたり「昭和モダンが生んだヒット流行歌」をテーマに、この時期に世に出たヒット曲を聴く。太平洋戦争開戦前、西洋文化に影響を受けた華やかなりし時代。当時の庶民の暮らしぶりや世相を写した作品を紹介する。昭和11年に開催されたベルリンオリンピックの実況録音盤も聞きどころ。

3月4日・11日/戦後は『リンゴの唄』ではじまった
 昭和20年(1945)8月15日正午、多くの日本人は昭和天皇の「終戦の詔勅」(玉音放送)によって戦争の終結(敗戦)を知った。日中戦争から数えて8年あまり続いた戦争の時代は終りを告げ平和が訪れた。しかし、現実は平和というにはほど遠く、国民を待ち受けていたのは衣食住をはなはだしく欠くたいへんな耐乏生活だった。ことに食糧難は深刻で、食べ盛りの子供がたくさんいる家庭では衣類や家財道具を少しずつ売っては食べ物に換えていた。こうした暮らしぶりが、タケノコの皮を1枚1枚はいでいくのに似ていることから「タケノコ生活」といわれるようになり、これが昭和21年(1947)の流行語にもなった。一方、玉音放送から2週間後の8月30日、連合国最高司令官総司令部(GHQ)の長官ダグラス・マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立った。この時から日本人は日本の歴史上はじめて占領を経験することになる。「戦後は『リンゴの唄』ではじまった」をテーマに、日本人にとって戦後の復興への原動力となった、ヒット流行歌を中心に聴く。

3月4日の曲目 11日の曲目 18日の曲目 25日の曲目
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。
篠田寛一

出演:篠田寛一

オーディオ評論家。昭和流行歌のコレクター、研究者。

オリジナル盤でたどる昭和流行歌史
オリジナル盤でたどる昭和流行歌史
2月4日/レコード流行歌~事始め
 大正15年(1925)12月25日、大正天皇の崩御に伴い直ちに元号が昭和に改められる。つまり、昭和はわずか7日間の元年を経て昭和2年(1927)を迎えるわけだが、実は、この昭和2年~3年(1928)にかけてポリドール、ビクター、コロムビアの3レーベルが相次いで誕生する。そう、昭和のレコード流行歌の歴史は、新しい時代〝昭和"の幕開けと同時に歩みはじめたのである。

2月11日/レコード流行歌~揺籃(揺りかご)期
 昭和5年(1930)10月、大日本雄弁会講談社(現、講談社)が社内にキングレコード部を創設。翌、昭和6年(1931)1月に第1回の新譜を発表したのに続き、同年11月に奈良で設立の帝国蓄音器商会が全国制覇を目指して立て直しを図り、昭和9年(1934)2月に大阪に帝国蓄音器(株)を新たに創設する。ここに後の我が国の音楽産業をリードすることになる5つのメジャーレーベルが出そろったのである。 

2月18日・25日/「東京憧憬歌」と「望郷歌」
昭和30年代に入ると、地方に住む若者が東京に憧れ行ってみたいという衝動にかられるような「東京憧憬歌」と、すでに東京で働く若者が故郷を偲ぶ「望郷歌」(共に私の呼称)が数多く生まれヒット。興味深いのは、こうした東京憧憬歌、望郷歌のいずれもが昭和30年(1955)~34年(1959)までの4年間に集中、これ以降はほとんど見られなくなってしまったことだ。果たして、この背景には一体何があるのだろうか。「東京憧憬歌」と「望郷歌」のヒット曲を当時の世相を絡めて聴きながらそのあたりの理由を探ってみたい。        

2月4日の曲目 11日の曲目 18日の曲目 25日の曲目
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。
篠田寛一

出演:篠田寛一

オーディオ評論家。昭和流行歌のコレクター、研究者。