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ターンテーブルの夜


(月~金)23:00~24:00
ターンテーブルの夜
ターンテーブルの夜

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ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

 時がめまぐるしく進む現代、慌ただしく生きる毎日。そんな日々だからこそ輝きを増すアナログの世界・・・・。長い時を隔てたアルバムの味わいを温かなヴォーカルと共に堪能してください。
 パーソナリティが日米を股にかけて集めたヴォーカル・コレクションの中から選曲、貴重なオリジナル盤も持ち込みます。

アナログでしか出せないジャズ・ボーカルの味わい
7月30日から8月3日は茂木亮さんが担当します。ヴォーカルとレコードに対する愛着は誰にも負けないという茂木さんの選曲と語りをお楽しみください。(8月6日~24日はアーカイブス放送となります。)

●ティル・ジ・エンド・オブ・タイム/ジャン・ピアース
 ジャン・ピアースは、30年代半ばごろから半世紀にわたり世界的に活躍したNY出身のテノール歌手です。多彩なレパートリーをこなし、50年代後半ごろからはオペラだけでなく、ブロードウェイやTV番組『エド・サリヴァン・ショー』に進出するなど、エンターテイナーぶりを発揮します。このアルバムは64年にユナイテッド・アーティスツからリリースされたもので、以前紹介したUAへの1枚目はミュージカル・ナンバーを素材にしたものでしたが、ここではクラシックが原曲のナンバーをセレクトしています。リロイ・ホームズによる重厚なオーケストラ・サウンドをバックに、ショパンの「ポロネーズ」として知られるアルバム・タイトル・ナンバーやボロディンの「韃靼人の踊り」が原曲の「ストレンジャー・イン・パラダイス」などを、ピアースは圧巻なまでに歌い上げています。ピアースは58年4月に、第1回大阪国際芸術祭(のちの大阪国際フェスティバル)に来日したとされていますが、80年間の生涯の大部分をNYで活躍し、亡くなったのもニューヨーク州という生粋の「ニューヨークっ子」だったことになります。

●ジ・アメリカン・ガール・フロム・パリ/ジェーン・モーガン
 ジェーンはマサチューセッツ州出身で、幼い頃からオペラ歌手を目指していましたがジュリアード音楽院を出たのちに渡欧、そして帰国した56年のデビュー・アルバムとなったのがKAPPからのこのアルバムです。60年代になると、ポピュラーシンガーというよりショーシンガーとして大量のアルバムを残し、威勢のいい歌いっぷりを聞かせますが、50年代のキャリア初期の数枚にジャズボーカルらしい瑞々しさが味わえます。ここでは甘美なストリングスをバックに、スタンダードのほかシャンソン・ナンバーなどで一部フランス語を交えて歌い、リスナーを引き込んでいく魅力を持った1枚と言える出来になっています。今回ジェーンのアルバムを選ぶにあたり、60年代の数枚を聴き直しましたが、やはり威勢が良すぎて難しいと思いました。ジェーン・ファンのかたには申し訳ありませんが。

●スウィート・トーク/キティ・ホワイト
 キティ・ホワイトはロスアンジェルス出身で、音楽一家の双子の姉妹として育ち、シンガー、ピアニストとして活動するようになります。49年のレコーディング・デビュー後も、ハリウッド映画のOSTに起用されたなど、本人はジャズ・シンガーにこだわっていなかったのでしょう。かのレナード・フェザーも、「ジャズ・ミュージシャンをバックに歌ったアルバムもあるが、ジャズ・アーティストとはいえない」としています。さて、このアルバムは、そんな「ジャズ・ミュージシャンをバックに歌ったアルバム」の1枚で、ピアノにジミー・ロウルズ、アルトにベニー・カーター、トランペットにハリー・スウィーツ・エディソン、ヴァイブにラリー・バンカーなど、ウェストコーストの一流ミュージシャンが参加した58年のルーレットへの吹込みです。ここでは、少しトロピカルなアレンジで歌う切ないラブソングなどがキティの持ち味に上手くはまったと言えるようです。これ以前のキティのパシフィックやエマーシーのアルバムでも、ジャズ・ミュージシャンがバックについていますが、彼女の歌い方はジャズ的ではないと決めつけるには少し抵抗がありますね。

●ザ・ピープル・ザット・ユー・ネヴァー・ゲット・トゥ・ラヴ/スザンナ・マッコークル
 スザンナはカリフォルニア州バークレー出身で、大学卒業後は主に通訳や詩作などの活動をしていて、歌うようになったのはイギリスに渡ってからのことでした。70年代後半のレコード・デビューもイギリスからでしたが、広く知られるようになるのは、アメリカのコンコードから次々にアルバムをリリースするようになる80年代末ごろからでしょうか。このアルバムは、81年にインナー・シティに吹込まれたもので、デビュー当初からのパートナーであるピアノのキース・イングラムらによるインティメイトなカルテットがバックを担っています。デビュー盤はジョニー・マーサーの、その後もハリー・ウォーレンなどのソングブック・アルバムが続いていましたが、ここでは、ポップ・シンガーやジャズメンを含む様々なライターの、盛沢山なナンバー14曲を取り上げ、変身ぶりをアピールといったところでしょうか。後にコンコードの専属となってからは続々とアルバムをリリースし、2000年にレーベル10枚目のアルバムをリリースするなど順調そうに思われましたが、その翌年の飛び降り自殺はショッキングな結末でした。

●シェ・ワールバーグ・パート・ワン/ブロッサム・ディアリー
 ブロッサムはヨーロッパとアメリカを又にかけた60年代の活躍を経て、73年に自らのレーベル、「ダッフォディル」をスタートさせています。最小限のリズムをバックに、自身のオリジナルなどをピアノの弾き語りで聞かせるスタイルを定着させ、ライブ盤を含むアルバムを、ブロッサムは順調にリリースしてきました。このアルバムは、ダッフォディルからの9枚目となる85年のレコーディングで、SF在住の友人、ディック・ワールバーグのスタジオでの彼女の2度目の吹込みです。ジャケットに大きく写るように、スタジオには素晴らしいスタインウェイ&サンズのピアノがあり、ここでは自身のピアノだけで、主に友人が作曲したあまり馴染みのない曲を中心とする16曲を歌います。当時近くに住んでいたというマーク・マーフィーが2曲でデュエットしているところもアクセントになっています。ジャケット裏には、「パート2」も制作中であるという記載がありますが、残念ながらそちらは陽の目を見ることなく、ブロッサムは次のプロジェクトに取りかかっています。

●スィングズ・フォー・ウィナーズ・アンド・ルーザーズ/マリアン・モンゴメリー
 マリアンはミシシッピー州出身で、父親がホテルを経営していた環境もあり、ビッグ・バンドやジャズ・シンガーと接しながら、ブルース、カントリー、ジャズなどの影響を受け、ブルース・フィーリングやリズム感を身に着けました。大学時代にアトランタのTV番組に出演し、プロのシンガーを目指し、NYやラスヴェガスのクラブに出演します。そして、彼女のデモ音源を聴いたペギー・リーがキャピタルに紹介したところ、そのまま契約となり、63年に吹込まれたのがこのアルバムです。ここでは、ピアノとオルガンのディック・ハイマンをリーダーに、トランペットにジョー・ニューマン、テナーにサム・テイラー、ギターにケニー・バレルなどの大物もサポートし、ややポップな風味のサウンドに乗ってブルース・ナンバーやボッサ、スタンダードなどを難なく歌いこなすマリアンが何とも痛快です。マリオンは65年にイギリス人ピアニスト、アレンジャーのロージー・ハロウェイと結婚しイギリスに渡り、その後は現地で大活躍することになります。

●スピーク・ロウ/ボズ・スキャッグス
 70年代後半からポップシーンに君臨し、「ウィ・アー・オール・アローン」や「ロウダウン」などの大ヒット曲でも有名なAORの雄ことボズ・スキャッグスは、90年代以降も露出の機会は減っても、ポッポファンにその名は知れ渡っています。そのボズが03年にジャズ・ボーカル・アルバム、『バット・ビューティフル』をリリースしたときには、ジャズファンの注目も集めましたが、08年にデッカに吹込んだ2枚目のジャズ・ボーカル・アルバムが、このアルバムです。本人によると、アルバムは「ギル・エヴァンスの発揮したアイデアのように進歩的で実験的な奮闘」で、「ヴォーカリストとして、ブルースやR&Bを主なバックグラウンドにしてきたけれど、今回は違った方法で声を使った」としています。ピアノのギル・ゴールドスタインのコンボを中心とする節度のあるサウンドをバックに、スタンダードやボサナンバーを、一時は世界中を席巻したあの声で歌います。最近では2015年にも来日しているボズですが、もちろんジャズ・シンガーとしてではありません。ジャズ・ボーカル・ファンとしては、ジャズ・シンガーとしてのステージを見てみたいところですが。

●シングズ・ザ・ブルース/ファニタ・ホール
 ファニタ・ホールはニュージャージー州出身で、女優としての活動が知られますが、それ以前から自身のコーラス・グループも結成していました。49年にミュージカル『南太平洋』に出演しブラッディ・メアリー役を演じて知名度を上げ、グリニッジ・ヴィレッジのクラブに出演するようになるや、舞台で歌っていた曲をそのまま歌うなどしました。50年に黒人初となるトニー賞ミュージカル助演女優賞を受賞、54年にはミュージカル『花の家』に出演しています。このアルバムは、57年にカウンターポイントに吹込まれ、タイトルどおりブルースなどを素材に12曲を歌っています。ピアノのクロード・ホプキンスをリーダーとする伴奏陣には、テナーのコールマン・ホーキンス、クラリネットのバスター・ベイリー、トランペットのドク・チータムなど錚々たるメンバーが参加し、ファニタのブルース・フィーリングを引き立てています。ファニタはこの翌年に、映画版の『南太平洋』でブラッディ・メアリー役を再演しています。

●サンデイ・メロディ/フリーチャ・カウフェルト
 フリーチャは、オランダ、ロッテルダムの出身で、59年のプロ・デビュー後に、国内のビッグ・バンド、ザ・スカイマスターズに加わりました60年に西ドイツに移住後は、ベネチア音楽祭、コンテストなどへの出場で名をあげ、60年代初めにかけ多くのシングル盤を出しています。このアルバムは、64年に西ドイツ・コロンビアからリリースされた事実上のファースト・アルバムにあたり、オーケストラをバックに12曲をドイツ語で歌っています。20代前半ながら、ハスキーがかった声を活かすクールな歌いぶりがすでに完成され、バックの編成に合せ歌いかたを微妙に変化させる巧みさやスケール感を身に着けていることも存分に感じ取れるのではないでしょうか。なお、『ジャズ批評』2018年5月号で「ジャズ・ヴォーカル・イン・ヨーロッパ」という特集が組まれましたが、その中でこのアルバムを紹介させていただきました。

●ダイナ!/ダイナ・ワシントン
 ダイナは、ライオネル・ハンプトンのバンド・シンガーに抜擢された43年ころから、63年に亡くなるまで歌手活動を続けました。46年に契約したマーキュリーには、その後約15年に渡る膨大なレコーディングを残し、スタンダードやポピュラーも多く録音しています。ています。「ブルースの女王」として知られますが、実際には意識して?純正ブルースのフィールドとは少し距離を置いたのか、結果的にジャズ・シンガーとしての功績のほうが大きく残りました。このアルバムは、55年のマーキュリーへの吹込みで、ピアノのウィントン・ケリーらが参加するハル・ムーニーのオーケストレーションのもと、ここでは当時のヒット曲やスタンダードを取り上げ、ブルース・ナンバーは歌っていません。それでも、曲の中で垣間見せるブルース・フィーリングがエッセンスとなり、ダイナらしさをいやでも強調しています。ダイナは、一声聴いただけでそれと分かる特長あるヴォイスとフレージングを持っていますが、アクの強くないこのアルバムなどは、ダイナ入門者に安心して勧められる1枚です。

7月30日の曲目 31日の曲目 8月1日の曲目 2日の曲目 3日の曲目  
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。
武田清一

出演:武田清一

1970年代にフォークグループ「日暮し」の一員で「いにしえ」という大ヒットを残した武田氏は、アナログレコードの大ファンで、ジャズヴォーカルを中心に3000枚を越えるコレクションの持ち主です。自宅では二つのオーディオを音楽によって使い分け、CDでは得られないアナログサウンドを楽しんでいます。

上原 昇

出演:上原 昇

横浜在住。ジャズを聴き始めたのはハタチの頃から、地元『ちぐさ』によく通いエヴァンスやコニッツなど”白人系”ジャズに酔いしれる。もう一つ『ジャズ批評』から多くを学び、その恩返しをと。ヴォーカル(主に白人系)やボサ・ノヴァ(サンバではない)に神経を集中する日々。中途半端なコレクションはしてないつもり。

茂木亮

出演:茂木亮

1960年5月札幌出身、ピアニスト、スティーヴ・キューンのマニア、完全コレクター(自分が生まれたとき、キューンはコルトレーン4のメンバーだった)で、ジャズ批評誌などにキューン関連の情報を発信している。中野新橋のジャズ喫茶・ジニアスに20年以上通い続け、リスナー、レコード・コレクターとしての極意(?)を習得。高田敬三氏主催の「ボーカルを楽しむ会」では、年に一度ほど例会の案内係を担当。

ターンテーブルの夜
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アナログでしか出せないジャズ・ボーカルの味わい
7月2日から6日は茂木亮さんが担当します。ヴォーカルとレコードに対する愛着は誰にも負けないという茂木さんの選曲と語りをお楽しみください。(7月9日~27日はアーカイブス放送となります。)

●ボビイ・ボイル・シングズ
 ボビイはボストン出身でカクテル・ピアニストなどを経験し、60年代後半に西海岸のエンシノに移住します。地名そのままのエンシノという超マイナーレーベルから67年頃にデビュー・アルバムをリリースし、70年頃の2作目にあたるのがこのアルバムです。「エンシノ・スモーク・ハウス」というクラブに、自身のレギュラーバンドで出演していたボビイですので、ライブ・ギグを思わせるピアノの弾き語りが堂に行っています。最小限のリズム・セクションをバックに歌う8曲は、ビートルズ・ナンバーやキャロル・キング、バート・バカラックらのポップ・チューンや映画音楽のカヴァー、スタンダードなど珠玉のトラック揃いです。現在ならラウンジ系としてくくられる、ジャズ・フレーバーとソフト・ロック風なテイストがブレンドされたサウンドの原型が聴かれます。

●ドント・ゴー・トゥ・ストレンジャーズ/エタ・ジョーンズ
 サウス・カロライナ州出身で、40年代にアポロ劇場のコンテストに出場するなどしてキャリアを重ね、57年にアルバム・デビューを果たしているエタ。60年から62年頃にかけては、プレスティッジに都合7枚のリーダー・アルバムを残すことになりますが、それというのも、最初にリリースしたこのアルバムのヒットによるところが大きいようです。シングル・カットされたタイトルチューンは、今ではそれほどキャッチーには聞こえないブルースですが、ここでのリチャード・ワイアンズ(p)、スキーター・ベスト(g)など一流メンバーの伴奏陣も上々で、スタンダードを中心とする全10曲をエタはほどよくブルージーに歌い上げています。

●ワンス・アラウンド・ザ・クロック/パトリシア・スコット
 ウィスコンシン州ミルウォーキーの出身のパトリシアは、地元のバンドシンガーを経たのちに進出したシカゴでソロ活動を始めます。ラジオやTVに出演し、CBSのショー番組、『イン・タウン・トゥナイト』でレギュラーを2年間務めました。ショーでは、ジョニー・デスモンドやエディ・フィッシャーらと共演し、50年代半ばにはシングル盤もリリースしています。58年のABCパラマウントへのデビュー・アルバムにあたるここでは、大物プロデューサー、クリード・テイラーのオーケストラがバックを担い、メンバーにはジミー・クリーブランド(tb)、フィル・ウッズ(as)のクレジットも見られます。短めな曲が並ぶ中、パトリシアはオリジナルも1曲提供し、全編にわたりハスキー・ヴォイスでリスナーを引きつけます。

●モーズ・アリソン・シングズ
 ミシシッピ州出身のアリソンは、6才頃から父親の影響でピアノを習い、高校時代はデキシーバンドでトランペットをプレイしていました。57年にNYに進出し、プレスティッジからアルバム・デビューを果たします。ピアノ・トリオを基盤に、一部で弾き語りやトランペットを聞かせるアルバムをその後も次々にリリースします。その一方で、ピアニストとしてジェリー・マリガンやチェット・ベイカーらと共演し、アル・コーンー〜ズート・シムズのグループに参加するなどの実績も残します。このアルバムは、プレスティッジに吹込んだ5枚のアルバムの中から、弾き語りナンバーを編集した企画盤で、選曲もブルースやカントリー、エリントン・ナンバー、オリジナルなどバラエティに富んでいます。弾き語りシンガーらしく、シャウトすることない語りかけるような歌いぶりに特長があります。

●アット・ベイジン・ストリート・イースト/ベティ・セントクレア
 ディジー・ガレスピーのバンドシンガーとして40年代初めに1年ほど在籍したベティは、ガレスピーに絶賛され、エロール・ガーナーの伴奏で歌ったこともあるという経歴などからも、その実力のほどが窺えます。それにもかかわらずレコーディングの数は少なく、55年にジュビリーに吹込んだ2枚の10インチ・アルバム(のちに抱き合わせて12インチ化)のほかは、アルバムはこの1枚ぐらいかもしれません。59年のシーコへの吹込みで、タイトルはライブ・アルバムのように見えますが、実際にはスタジオ・レコーディングです。ベティの歌いぶりはかなり白人的といえるクールなもので、スタン・フリー(p)カルテットがバックとクレジットされますが、実質的なリーダーはマンデル・ロウ(g)で、スウィンギーなサウンドづくりに貢献しているところも聴きどころです。

●パスト・ミッドナイト/マーガレット・ホワイティング
 デトロイト出身のマギーことマーガレットは、「ミス・ブラウン・トゥ・ユー」や「ヒーズ・ファニー・ザット・ウェイ」などの作曲者として知られるリチャード・ホワイティングの娘にあたります。14歳で父を失いますが、40年にラジオショーでプロデビューし、その後はバンドシンガーなどを経て、40年代後半にはソロとしてキャピトルなどから多くのヒット曲を飛ばし、アルバムも残します。このアルバムは、60年のMGMへの音源で、ラス・ガルシアが指揮、編曲にあたるLAレコーディングのメンバーの詳細は不明です。ビッグバンド、ストリングス、コンボを硬軟自在に使い分け、スタンダード中心の選曲にそれぞれ最適なバックをつけるガルシアの手腕が光り、ナチュラルにスウィンギーさを前面に出すマギーの歌を生かし切っています。

●プレイグラウンド/シーラ・ジョーダン
 デトロイト出身のシーラは、62年にブルーノートからアルバム・デビューしましたが、チャーリー・パーカーがデトロイトに来た10代のときに、パーカーのライブ会場に押しかけるほどのジャズ好きでした。デビュー・アルバム後は長い低迷の期間が続きますが、70年代半ばに日本のレーベルから自身2作目のリーダー・アルバムを出してからは、さまざまなレーベルにいろいろなレコーディングをしています。器楽プレイヤーとのコラボを常に意識しているシンガーで、どのアルバムからもミュージシャンとの信頼関係が伝わるのがワン&オンリーなところです。このアルバムもそんな1枚で、当時ECMの専属だったスティーヴ・キューン(p)のトリオをバックに・・・というか、彼のトリオに加わる形で79年に吹込まれました。ここでは、キューンの既存のオリジナル6曲を、キューンの圧巻なプレイに乗りながら、違和感なく歌曲として歌いとおしています。

●ザッツ・ヒム!/アビー・リンカーン
 シカゴ出身のアビーは、10代からダンス・バンドのシンガーとして巡業し、51年にはウエスト・コーストで2年ほどクラブ歌手として歌っています。50年代後半になると、ハリウッドのクラブでかなり名を知られるようになり、56年からは“リンカーン”と名乗り、キャピタルからアルバム・デビューを果たします。このアルバムは、57年~59年にリバーサイドに吹込んだ3枚のアルバムのうちの1枚目にあたり、当時リバーサイドの契約下だったスターたち、ソニー・ロリンズ、ケニー・ドーハム、ウィントン・ケリーなどの豪華な面々がバックを担うあたりにも、アビーへの期待が高かったことが伝わります。ここでは、ビリー・ホリディが愛唱したナンバーを多く選曲しながらも、アビー流に消化した完成された歌となっているところが見事です。

●マッド・アバウト・ザ・マン/カーメン・マクレエ
 NY出身のカーメンが最初に知られるようになったのは、ビリー・ホリディが39年に録音した「ドリーム・オブ・ライフ」の作曲者としてでした。実質デビューの50年頃にはすでにスタイルが完成され、55年~60年にかけてのデッカ、カップとの契約時代に充実期を迎えます。このアルバムは、57年にデッカに吹込まれた企画盤で、イギリスの作曲家、ノエル・カワードの楽曲を12曲歌っています。劇作家、ピアニストとしても知られるカワードですが、「マット・アバウト・ザ・ボーイ」以外の彼の曲は、ジャズではあまり歌われません。ここでは、ジャック・プレイス編曲、指揮によるレイ・ブライアント(p)を中心とする端正なバンドサウンドに乗り、叙情味たっぷりに歌う絶頂期のカーメンを思う存分聴くことができます。

●1951-1952/ローズマリー・クルーニー
 ケンタッキー州出身のロージーは、20歳前後で芸能界入りし、50年に出演したTV番組、「ソングズ・フォーセール」で一躍有名になります。その翌年に、「カム・オン・ア・マイハウス」が大ヒットとなり、その後もヒット曲を連発させ、50年代を代表するポップス・シンガーになります。なおかつジャズ・ボーカル・アルバムも多数残し、ジャンルを超えたアメリカを代表する白人女性シンガーとして君臨します。このアルバムはタイトルどおり、51年から52年にかけてラジオ放送用に録音されていた音源を、88年にハインドサイトがコンパイルしリリースしたもので、ロージーが既存のアルバムなどで吹込んでいない楽曲を多く含んでいます。アレンジャーや参加ミュージシャンは不明ながらも、伴奏、音質とも上々で、スターダムに昇りつめて間もない、瑞々しいロージーの歌を堪能できる1枚に仕上がっています。

7月2日の曲目 3日の曲目 4日の曲目 5日の曲目 6日の曲目  
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。

武田清一

出演:武田清一

1970年代にフォークグループ「日暮し」の一員で「いにしえ」という大ヒットを残した武田氏は、アナログレコードの大ファンで、ジャズヴォーカルを中心に3000枚を越えるコレクションの持ち主です。自宅では二つのオーディオを音楽によって使い分け、CDでは得られないアナログサウンドを楽しんでいます。

上原 昇

出演:上原 昇

横浜在住。ジャズを聴き始めたのはハタチの頃から、地元『ちぐさ』によく通いエヴァンスやコニッツなど”白人系”ジャズに酔いしれる。もう一つ『ジャズ批評』から多くを学び、その恩返しをと。ヴォーカル(主に白人系)やボサ・ノヴァ(サンバではない)に神経を集中する日々。中途半端なコレクションはしてないつもり。

茂木亮

出演:茂木亮

1960年5月札幌出身、ピアニスト、スティーヴ・キューンのマニア、完全コレクター(自分が生まれたとき、キューンはコルトレーン4のメンバーだった)で、ジャズ批評誌などにキューン関連の情報を発信している。中野新橋のジャズ喫茶・ジニアスに20年以上通い続け、リスナー、レコード・コレクターとしての極意(?)を習得。高田敬三氏主催の「ボーカルを楽しむ会」では、年に一度ほど例会の案内係を担当。

ターンテーブルの夜
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アナログでしか出せないジャズ・ボーカルの味わい
5月28日から6月1日は茂木亮さんが担当します。ヴォーカルとレコードに対する愛着は誰にも負けないという茂木さんの選曲と語りをお楽しみください。(6月4日~29日はアーカイブス放送となります。)

●フー・イズ・ドナ・フラー?
 カンザス州ケンブリッジ出身のドナは、幼少時代を過ごしたカリフォルニア州で、3歳の頃からエンタテインメント活動をしていたとされます。57年のキャピトル盤が比較的知られているぐらいです。本アルバムは、64年にユナイテッド・アーティスツのハウスバンドのリーダー、ドン・コスタが興したレーベル、DCPインターナショナルに吹込まれました。アルバムとしてはキャピタル盤以来のせいか、「ドナ・フラーって誰?」というタイトルは自嘲的ですが、ブランクを感じさせないダイナミックな歌いぶりが見事です。高校卒業後、5年間オペラを学び声楽の基礎を叩き込んだハスキー・ボイスは、ドン・コスタ・オーケストラのサウンドにいい具合にはまり、リスナーを魅了します。

●ホニ・ゴードン・シングズ
 歌手だった父と兄弟二人との「ザ・ゴードンズ」としてデビューしたホニは、50年代中ごろにこのユニットでチャールス・ミンガスが興したデビューに吹込んだ数曲が確認できます。それ以外には音源は確認できず、ホニの唯一枚の単独名義によるアルバムがこの『シングズ』になります。62年のプレスティッジへの吹込みで、バックを務めるコンボは、ジャッキ・バイアード(p)を中心に、ウォーリー・リチャードソン(g)、ケン・マッキンタイヤー(reeds)など、当時の先鋭的なプレイヤーが中心ですが、抑制のきいた伴奏でホニを盛り立てます。そんなバックに乗り、スタンダードや自身のオリジナルを歌うホニの落ち着きぶりに、貫禄めいたものが感じられます。

●ライトリー・アンド・ポライトリー/ベティ・ローシェ
 デラウェア州ウイルミントン出身のベティは、39年に移住したNYのアポロ劇場でのアマチュア・コンテストに優勝し、42年にエリントン楽団のシンガーに抜擢されます。43年にはカーネギー・ホールで歌い、注目を集めました。その後、56年にベツレヘムにファースト・リーダー盤を吹込み、60年と61年にプレスティッジにアルバム2枚を残します。このアルバムはその2枚目にあたり、ジミー・ニーレイ(p)、ウォーリー・リチャードソン(g)にb、dsが加わるカルテットがバックを担います。選曲はスタンダードが中心で、ブルース・プレイを身上とするメンバーもそれほど出しゃばることなく、効果的にベティのブルース・フィーリングを醸し出すところが絶妙です。

●イッツ・タイム・フォー・ティナ/ティナ・ルイス
 NY出身でのティナは、映画・TV女優として知られています。男性を虜にせずにいない美貌の持ち主で、OST盤やオムニバス盤など何枚かのアルバム・ジャケットを飾りましたが、57年にコンサート・ホールに吹込んだ唯一のジャズ・ヴォーカル盤がこのアルバムです。オリジナル盤は希少価値が高く入手困難ですが、今回は88年のDIWからの再発盤を使用します。バックを務めるバディ・ウィードのオーケストラには、コールマン・ホウキンス(ts)、ヒルトン・ジェファーソン(as)、タイリ・グレン(tb)らのソロイストが参加し、それぞれ数曲でフィーチャーされています。ややもすると舌足らずなティナの歌とずらり並べた小粋なラブ・ソングは、男性心をくすぐるに充分といったところでしょうか?

●スプリング・キャン・リアリー・ハング・ユー・アップ・ザ・モスト/トミー・ウルフ
 セントルイス出身のトミーは作曲家としての仕事で知られますが、ピアノの弾き語りによるアルバムを、シンシナティのマイナー・レーベル、フラタニティに2枚吹込んでいます。このアルバムは、その2枚目にあたる58年の録音で、モンティ・ブディック(b)とシェリー・マン(ds)が最小限のリズムをつけています。代表作ともいえるアルバム・タイトル・チューンを含む全曲がウルフのオリジナルで、歌詞のひとことひとことを確認するかのような歌が、リスナーに染みこんできます。曲名に「スプリング」の一語が入った曲が多く並ぶあたりも粋で、メロディアスで軽やかなウルフ・ワールドに引き込まれずにはいられないといったところ?

●アイ・ラヴ・トゥ・シング!/キャロル・ヴェンチュラ
 62年のキャピトルへのシングル音源があるキャロルは、そのころデビューしていたと分かりますが、その時点ではロックン・ロールを歌っていたようです。64年に吹込んだプレスティッジへのファースト・アルバムでは、ベニー・ゴルソン(arr)によるオーケストラをバックに、ジャズシンガーらしく変身したキャロルの一面が出ていましたが、このアルバムでも、ゴルソンがアレンジを担っています。「歌うの大好き!」というタイトルに似つかわしく、セルフ・フェイバリットらしいあまり知られていない曲を、次から次へと自在に歌い分けています。

●フィーリン・グッド!/パット・ボウイ
 65年にプレスティッジに2枚のアルバムを残しているパットは、その2枚以外の音源がほとんど知られません。以前そのうちの1枚を紹介しましたが、今回聴いていただくのは2枚目にあたるアルバムです。ここでは、トミー・フラナガン(p)のトリオに、当時売出し中だったチャールズ・マクファーソン(as)が加わる豪華な伴奏陣になっており、レーベルがこのシンガーをかなり買っていたことが窺えます。パットの歌は、ベテランシンガーのような余裕を感じさせるスムージーなもので、スタンダード中心の選曲も、フラナガンを一層際立たせ、そこに絡むマクファーソンのオブリガートや間奏のソロも絶妙で、アルバムを通して聴くと、なぜこのシンガーがこのままシーンから消えていったのかという不思議な思いにかられます。

●カム・イントゥ・マイ・ワールド/フラン・ウォーレン
 NY出身のフランは46年にクロード・ソーンヒル楽団のシンガーとなり、ソロとなった47年以降は一流クラブで歌い、ミュージカルや映画にも出演します。よく伸びる高音部の歌声が魅力で、50年代後半ごろにいくつかのレーベルからリリースしたアルバムは、いずれも水準以上のでき映えです。このアルバムは、レコーディング上は60年以来となる68年のオーディオ・フィディリティへの吹込みで、ジョー・カボット指揮、編曲のオーケストラをバックに歌います。ここでのフランはブランクを感じさせずに、エレキベースやパーカッションの入るポップ風味のサウンドに乗って、スタンダードのほか「恋はフェニックス」などの当時のヒット曲なども歌い切る自在ぶりを見せつけます。

●ナウ・ヒア!/アンディ&ザ・ベイ・シスターズ
 ニュージャージー州ニューアーク出身のアンディ&ザ・ベイ・シスターズは、ピアノ弾き語りの弟アンディ・ベイとサロメ、ジェラルディンの姉妹によるトリオのコーラス・ユニットです。50年代末ごろからトリオで活動するようになり、ヨーロッパのクラブなどで人気となっていたところをジョージ・ウェインに見出され、60年にニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演、61年にファースト・アルバムをリリースします。このアルバムは65年にプレスティッジに吹込まれた2枚のうちの1枚目で、ケニ・バレル(g)やジェローム・リチャードソン(ts,fl)などの一流ジャズメンのサポートを得ているところも魅力です。スタンダード、ボッサ、ジャズ・オリジナルなどを、ブルースやゴスペル的なパワーを感じさせる歌い方で、ポップ風味をミックスしながら楽しく聴かせます。

●ダイナ!/ダイナ・ショア
 テネシー出身のダイナは、6歳のときに移住した先のナッシュビルの大学在学中に、シンガーとして活動するようになります。卒業後NYに進出し、30年代末にRCAと契約、ラジオ番組出演やTV番組「ダイナ」が全米ネットワークで放映されるようになり、人気を決定づけました。その後はポップスからブルースまで難なく歌い切る名シンガーぶりを発揮し、RCA、キャピトルなどに多数のアルバムを吹込んでいます。このアルバムは、NBC-TVが毎週日曜日に放送していた『ダイナ・ショア・ショウ』の62年の実況録音で、スポンサーのグリーン・スタンプが特典盤としてリリースしたものです。フランク・デヴォールのオーケストラをバックに、ブルースやバラッドのメドレーなどを洪水のように繰り出すダイナの千両役者ぶりが存分に楽しめる1枚になっています。

5月28日の曲目 29日の曲目 30日の曲目 31日の曲目 6月1日の曲目  
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。


武田清一

出演:武田清一

1970年代にフォークグループ「日暮し」の一員で「いにしえ」という大ヒットを残した武田氏は、アナログレコードの大ファンで、ジャズヴォーカルを中心に3000枚を越えるコレクションの持ち主です。自宅では二つのオーディオを音楽によって使い分け、CDでは得られないアナログサウンドを楽しんでいます。

上原 昇

出演:上原 昇

横浜在住。ジャズを聴き始めたのはハタチの頃から、地元『ちぐさ』によく通いエヴァンスやコニッツなど”白人系”ジャズに酔いしれる。もう一つ『ジャズ批評』から多くを学び、その恩返しをと。ヴォーカル(主に白人系)やボサ・ノヴァ(サンバではない)に神経を集中する日々。中途半端なコレクションはしてないつもり。

茂木亮

出演:茂木亮

1960年5月札幌出身、ピアニスト、スティーヴ・キューンのマニア、完全コレクター(自分が生まれたとき、キューンはコルトレーン4のメンバーだった)で、ジャズ批評誌などにキューン関連の情報を発信している。中野新橋のジャズ喫茶・ジニアスに20年以上通い続け、リスナー、レコード・コレクターとしての極意(?)を習得。高田敬三氏主催の「ボーカルを楽しむ会」では、年に一度ほど例会の案内係を担当。