コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第101回/ちょっとマニアックなアナログプレーヤーの話 [鈴木裕]  

 アナログレコードの再生の、そのイメージ的なことをしたためてみたい。
 基本的にはアナログレコードの電源は、プラッターを回転させたり、その制御に使われている。なのに不思議なのは、壁コンセントや電源ケーブルを変更すると音が変わるという事実だ。クリーン電源を使わない場合、壁コンセントからの電圧が不安定でそれがプラッターの回転の不安定さに反映され、音程が微妙に悪く聞こえる場合もあるというのは理解しやすいだろう。しかし電源を変えると、音が力強くなったり、繊細感が出たり、コントラストが強くなったり、音場空間がしっかりする。つまり、回転エネルギーのミナモトの電気が、やはり音のミナモトになっている。念のために電源はモーターを回しているだけのタイプの話。ちょっと考えると不思議だが実際そうなんだから認めるしかない。


 音ミゾをトレースするカートリッジ

 そういうことを何回も経験しているうちに獲得したイメージは、カートリッジの針(スタイラス)で音ミゾをトレースするというのは、つまりけっこうな抵抗があり、プラッターを回しているモーターにはけっこうな負荷がかかっているのではないか、というものだ。
 たとえば、極端で非現実的な例だけど、とてつもなく丈夫なカートリッジとトーンアームで針圧が2kgあったと仮定してみてください。もし本当にそんな針圧だったら実際にはレコードは聴けないだろうけど、なにしろモーターには凄い負荷がかかるはず。その場合、弱いモーターだったらそもそもプラッターが回転しないし、ぎりぎり回転していてもすっごい負荷がかかって止まりそうになったり、また回転が戻ったりする。そんなイメージ。逆に言うと、実際の2gの時であっても2kgの千分の一の負荷はかかっているということになるのかも。


 スタンプされてできるアナログレコード


 顕微鏡で見る音ミゾ
 (ウィリアムス浩子さん撮影による)

 田中伊佐資さんもプラッターにモーターの回転を伝える糸やゴムベルトを変えると音が変わるということを言っていたが、ミクロ単位でみるとけっこうな抵抗のために糸やゴムが伸び縮みしているんだと思う。
 たとえばグランカッサのフォルティッシモのような低音が立ち上がっているところとヴァイリオンが全音符を弾いているとこではその抵抗は違うんじゃないか。抵抗が強いところでは、引っぱって部分のベルトが伸び、抵抗が減ると戻る。あるいはウッドベースとドラムとピアノとこってりとしたヴォーカルといったジャズのサウンドは、その音ミゾのグルーヴ(そもそも、グルーヴ感のグルーヴは「溝」で、レコードの盤面の溝の連続体がウネウネと見える、というところから来ているらしい)によってスタイラスの接触面もぐいぐいグルーヴして、つまりけっこうな抵抗を受け続けているんじゃないか。

 実際、レコードの音ミゾと言うと、ほぼ同心円的なところのV字型のミゾに凹凸があるようなイメージだが実際は違う。カッティングスタジオの、カッティングマシンには彫った音ミゾを確認する顕微鏡が装着されていてそれでみると、音ミゾはその幅も太くなったり細くなったりしている。そもそも意外と蛇行しているし、谷の深さもかなり深くなったり浅くなったり。もし再生しているところの音ミゾとスタイラスの先端の状態を原子顕微鏡で見ることができるならば、分子単位というかミクロ単位的には刻一刻と両者は削れているはずだ。

 実際に学生の頃、夜にレコードを聴いたまま寝てしまった翌朝、最内周にカートリッジが来ていてプツっ、プツッという音で目覚め、「やっちゃったなぁ」と思いつつ盤面を見ると、その音ミゾの周囲にレコードの削りカスが出ていたことを覚えている。実際、目視できるくらい削れる。

 この抵抗の話題。オーディオのハード的に考えると、
・モーターのトルクが大事とか、
・モーターの電源部が大事とか、
・モーターの回転を制御するエレクトロニクスが大事とか、
・モーターとプーリーとプラッターをつなぐ糸やベルトが大事
という話になってくるのだのだがいかがだろう。
 ブラッターを重量級のものにして慣性モーメントを上げるという手法もあるが、そう思うと巨大プラッター系を回すのは細い「糸」だったりする。回転し出すのには力がいるが、いったん定速になったら慣性モーメントが効くから細くていいのだろう。逆に比較的軽量なプラッターはやや幅広のゴムベルトの例が少なくない。あるいは、クズマのアナログクプレーヤー、STABI S COMPLETE SYSTEM(スタビ エス コンプリート・システム)がⅡ型になって変更されたのは、高精度パワーサプライ、つまり、電源部であり、制御系だ。自分は比較したことはないが、オリジナルのものからⅡ型になってだいぶ音が良くなっているらしい。


 クズマの4kgのプラッター用のゴムベルト

 念のために「逆は真なり」で、ノッティンガムのプレーヤーは必要最低限のモーターのトルクにして、あの静謐な世界を生み出しているのはご存じの通り。オーディオは、いや特にアナログプレーヤーはほんとにさまざまな考え方やあって実に奥が深いし、楽しくなってくる。

 コラムの101回目ということで、オーディオ的な話題に関連付けたかったのだが、思いついたのはBOSEのスピーカー、101だけだったことを付け足しておきたい。

(2015年11月30日更新) 第100回に戻る 第102回に進む


【祝!コラム100回記念インタビュー】
 ミュージックバード出演中のオーディオ評論家3名による当コラムは2013年から始まり、おかげさまで100回を超えました。 このたび「101回目」の担当となったのは、鈴木裕さん。

 鈴木さんといえば、オーディオに留まらず車や自転車など、その興味の幅広さはこの連載を読んでいただければお気づきになるでしょう。半蔵門の収録スタジオまで、フットワーク軽く自転車で来ることもしばしば。
鈴木「”移動する”のが好きだから、全然苦じゃないんだよね。休日は山道をサイクリングして、途中で地元の美味しいものとか食べたりして。」
 自転車の構造、乗ることで鍛えられる筋肉、昨今の道路事情・・・などなど「自転車の話で番組1本録れるんじゃないか?」というくらいわかりやすく教えていただきました(笑)

スタジオにて。この日はお仕事の都合で電車で来られたそうです。

愛車公開!
ちなみに、
鈴木「毎日筋トレするようにしたんだけど、1年くらい続けてると結構筋肉ついてくるもんだよね。」
うーん、ストイック!(噂では、腹筋が6つに割れているとか、いないとか・・・)
 好きなことはとことん突き詰める鈴木さんだからこそ、他とは一味違った目線の番組やコラムが生み出されるのかもしれません。
これからもどうぞよろしくお願いします!(担当:関根)
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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