コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第104回/23年ぶりのアナログプレーヤー [鈴木裕]  

 1993年、ケンウッドのアナログプレーヤーKP-9010を購入した。自分にとってはこれが今に続くうちのオーディオの端緒だった。それ以前もオーディオはあったが、意識的に考えて選択し、構築していく、そのスタートだった。その次にアキュフェーズのC-280というプリアンプを個人売買してもらい、次にパワーアンプ、次にCDプレーヤーを…と本格的なオーディオシステム構築へと続くことになるのだが。ちなみにアナログレコードを聴くことは1970年代からずっと続けていて、一回もやめたことはない。レコードを売ったこともない。

 2000年代に入って、そろそろ新しいアナログプレーヤーという気持ちはあったのだが、なかなかアナログ関連の取材も少なく、ときめく出会いもなかった。ケンウッドに不満を感じていないということもあったし、ターンテーブルシートとかスタビライザーとかインシュレーターといったオーディオアクセサリー類を投入することによって音はリファインしていったからだ。


 クズマ「STABI S COMPLETE SYSTEMⅡ」
 下に敷いているのはBDRのSOURCE。

 そんな中、2008年に大きな出会いがあった。アコースティックソリッドの「Solid Wood MPX」だ。寺島靖国さんとプレーヤー7~8台を聴く特集で接して、購入しようと思った。プラッターは厚さ60mmのアルミ材削り出しで13kg。キャビネットは70mm 厚の高密度集積材にウォールナット突き板仕上げにしたもので、総重量としては26kg。彫り深く、コクのある低音が出るプレーヤーだ。ただし、この時にちょうど自転車(ロードバイク)を乗り始める時で、自転車本体からサイクルコンピューター、服装までいろいろとお金がかかり、もう少し後になって買おうとしているうちになんとなく気持ちが漂流。気が付くと、このプレーヤーを村井裕弥さんと田中伊佐資さんが購入していた。双子の姉妹を見初めたのだが、気がつくとそれぞれ彼氏が出来ていた感じかもしれない。

 次の出会いはたしか2012年くらいだった。取材で聴いて気に入ったのがアコースティック・マスターピースのプレーヤー、T-01だった。特徴としては本体底のネジで高さを調整することによって、プラッターの軸受けをベアリング受けとマグネフロート受けという選択が可能な点で、本体の脚部にもマグネフロート機構を採用。キャビネットはハンマーで叩いた無垢のアルミで、マットブラックなのもかっこ良かった。トーンアームはマグネシウムだ。重量は22.5kg。音が良く、見た目もタイプ。ココロは決まった。しかしそろそろ買おうとした矢先に生産終了。告白しようとしたら遠くに行ってしまった彼女。今でも胸が痛む。


 トーンアームの根本の、一点支持の部分。
 粘度の高いオイルがスタビライザーになっている。


 2015年の夏、ふたつの出会いがあった。 まずクズマのSTABI S COMPLETE SYSTEMⅡ(スタビ エス コンプリート・システム・ツー)が俄然良かった。出会いは続くもので、その一カ月後くらいに聴いたバーグマンのマグネにも再び激しくときめいた。「オーディオって音楽だ」に輸入元のアクシスの宝田氏にゲストに来てもらって、番組でもバーグマンの音を流したほどだ。
 ちなみに値段を書いておくと、アコースティックソリッド(トーンアームWTB-211付き)が50万4千円。アコースティック・マスターピースが39万9千円。クズマが82万8千円。バーグマンが150万円である。バーグマンはすごく良かったのだが買えなかった。これについては『レコード芸術』の2015年11月号に、その素晴らしさと買えない悔しさを書いているのでご興味のある方はどうぞ。クズマも予算を越えていたが、ここで腹を決めないと大切なものを失う気がした。

もう既に10年近くもアナログプレーヤーとの出会いを続けてきたのだ。そろそろほんとに付き合いたい。Shoot Niagara!(清水の舞台から飛び降りる、というのを米語ではそう表現するらしい)、ココロは決った。
 12月の頭にクズマがうちにやってきた。安いから買ったと誤解されるとクズマに失礼だし、一人のオーディオ好きとして妥協して選んでいないということをここで書きたいと思う。

 クルマにたとえるならば、バーグマンのマグネはアウディのRSシリーズのような存在に感じる。スポーティなセダンで、水準を越えた腕を持っている人だったらイージーに快適に、おそろしいほどのハイパフォーマンスを発揮することが出来る。リニアトラッキングのトーンアームもプラッターも空気でフローティングされているのが技術的特徴だが、その洗練された使いやすさの方がむしろ日々使うには大きな要素なのかもしれない。なにしろよくできている。音はレコードに刻まれた情報そのものを聴かせてくれる傾向だが、あのレベルの高さはなかなか聴ける音じゃない。女性にたとえるならば知的でユーモアのセンスもある才色兼備の美人さん。でも実は趣味はジョギングみたいな感じだろうか。ちなみにこの美人さん、角田郁雄さんが購入するそうだ。

 それに対してクズマはレーシングマシンであり、フォーミュラーカーのような存在である。さまざまなセッティングが決まると実に峻厳な音のするプレーヤーで、そのいじりどころの多さが特徴のひとつだ。キャビネットがない、つまりアナログプレーヤーとして成立する必要な要素しか持っていないし、重さでどうこうしようという発想が感じられない。かつての自分は、アナログプレーヤーは重ければ重い方がいいと思ってきたが、自分の中でもいろいろな考え方とか経験を経た上じゃないと選択できなかったと思う。
 いま、クズマは重くないと書いたが、しかし軽くもない。実際に触れると凝縮感が実に素晴らしい造りだ。本体のT字型の部分は無垢の真鍮から、プラッターはアルミから削り出されている。鋳造している部分がほとんどないというのがかっこいい。本体の、一見パイプのように見える部分も実は中は抜いていないため、そこだけで実測で5.6kgある。


 クズマのブラス削りだしの本体と同じ重さの鉄アレイ

偶然だがうちにある父親の代から使っている鉄アレイとほぼ同じ重量で、あの形の鉄の塊の重さというとなんとなくイメージが湧くかもしれない。重いというより、ごっついのだ。全体の造りもリジットで、本体の脚の部分の3本の太めのオーリングだけが柔らかい。プラッターも、軸のついたサブプラッターと、レコードののるメインプラッターで合計4kg。モーターやトーンアームなど含めて全体で13kg。変な言い方だが、この値段にしては重くないアナログプレーヤーだがそれでいい。なぜならば音がいいから。低音は軽くなく、ごっつく、太く、魅力的にほぐれている。Ⅱ型になって進化した点は高精度パワーサプライが付加されたことで、けっこう大きなサイズだ。大雑把に実測した数値で言うと、幅14cm×高さ6cmなのだが、奥行きが40cmほどもあるボディで、取り外し式の電源ケーブルも純正にしてはかなりぶっとい。前回のコラムでも書かせてもらったが、重いプラッターじゃない代わりにその制御系に力の入っているプレーヤーである。

 ある意味、セッティングがキモのプレーヤーで、そこがレーシングマシン云々という部分だ。実際にオートバイのロードレース経験者で、自分でマシンをいじってきたことの多い、もっと言えばセッティング好きの鈴木裕としてはそこにおおいに魅かれた。めんどくさいと言えばめんどくさいし、シビアと言えばシビアだがやる気になれば攻めるセッティングが出来る。決まれば高いパフォーマンスを発揮するし、セッティングを外すと芳しくない。女性にたとえるならば、気の強いアスリート系の美人さんで、とろけるようにスウィートにいちゃついていた10分後には激しい剣幕で怒っているような彼女である。ラテン系と書きたいところだが、1991年まではユーゴスラヴィアだった東欧の、スロヴェニア出身である。

 いま、レコードを聴くのがほんとに楽しい。
 レコード聴いて、プレーヤーいじって、レコードを聴く。
 プレーヤーいじって、レコード聴いて、プレーヤーをいじる。
 音楽が生き物ならプレーヤーも生き物である。いや、プレーヤーは機械なのだが、生き物のように荒々しい生命感のある音が出てくる瞬間がクズマにはある。

(2015年12月30日更新) 第103回に戻る 第105回に進む
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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