コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー

第107回/ブレーズは死んだ [鈴木裕]  



 ブレーズ追悼については多くの方が書かれると思うので、自分はオーディオとブレーズという関わりについて書いておきたい。
 1969年録音のブレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団による「ストラヴィンスキー:バレエ組曲《春の祭典》」(CBSソニー SRCL1076)。これに衝撃を受けてハマッたという人は多い。自分もその一人で、この曲をより深く楽しむためにスコアの読み方を勉強し、つづいてどうやって振るかということで指揮法の本を勉強。それが後の大学時代のオーケストラ部での、妙に「変拍子に強いやつ」とか、実際にパーカッションアンサンブルでの指揮につながっている。あるいは、変拍子や不響和音に対して何の違和感もなくすぐに馴染んでしまうという生理的体質を持つに至ったような気がしている。もっと大きく言えば、オーディオ雑誌で仕事をしていたり、音場感にうるさいオーディオ好きだったりする出発点もブレーズのせい以外のなにものでもない。



若き日のブレーズ。明晰な頭脳とずば抜けた耳の良さ、
圧倒的な記憶力でオーケストラを支配下に置いていった。






文中に登場するブレーズ指揮のレコード。
バルトークだけが裏面。(クリックで拡大)


ウェーベルン全集。LP4枚組で1万円という、
当時の筆者には超高額なレコードだった。

 良く知られているのがブレーズのオーケストラのリハーサルぶりについてだ。自分が直接見聞きしたわけではないが何かのライナーノーツで読んだ記憶を書くと、リハーサル中に1stヴァイオリンの一人を指して「君はいま、C(ド)の音を弾かなければいけないが、4分の1音高い」と指摘したりとか、ある現代曲を頭から終わりまで止めないで通したあとに、どこどこの音程が悪かったとか、どこどこは間違って弾いているといったことをすべて記憶していて指摘するといったことを読んだことがある。 団員からしたら相当にいけすかない指揮者で、譜面の読みの深さと耳の良さでオーケストラをねじ伏せていく手腕がハンパない人だったのだろう。そういうことを重ねた先にあのアンサンブルが生まれてくる。ブレーズ指揮のレコードやCDには音がいいものが多いが、演奏の音自体がそもそも良かったのだ。実際に生で演奏を聴いて痛感した。

 たった2回だけなので自分が生で見たブレーズ指揮の生演奏を書き残しておくと、1995年の「ブーレーズ・フェスティバル」の時で、いずれもサントリーホール。
 5月30日 ブレーズ指揮NHK交響楽団「バルトーク/中国の不思議な役人」「ラヴェル/ダフニスとクロエ」いずれも全曲。
 6月1日ブレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン「シェーンベルク/室内交響曲第1番」「シェーンベルク/室内オーケストラのための3つの小品」「ウェーベルン/オーケストラのための5つの小品」「シェーンベルク/幻想曲」「ベルク/室内協奏曲(ダニエル・バレンボイム(pf)、ギドン・クレーメル(vn)) 」。
 特にN響との2曲は体験上もっとも美しいオーケストラの音で、会場で偶然会った中高の友達(中学生の時にいっしょにブレーズを聴いていた)も同じようなことを言っていた。



 ここまでで既に長い前フリになっているが、ブレーズにオーディオ的な要素の何を教わったか。端的に挙げていこう。
 音の温度感を勉強させてもらったのはブレーズ作曲の「ル・マルトー・サン・メートル」だ。これのブレーズ自身による1965年録音(テイチクURX-3031)と、1972年録音(CBSソニー SOCO-47)との比較で音にも演奏にもそういうパラメーターがあることを知った。

 音の色彩感については、ベルリオーズの『幻想交響曲』の、ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送局管弦楽団(1973年録音)とブレーズ指揮ロンドン交響楽団(1967年録音)との聴き較べで徹底的に思い知らされた。カラフルで華やかなマルティンノン盤に対して、アーシーで泥臭いブレーズ盤。あるいは、ブレーズ指揮ストラスブール・パーカッション・アンサンブル他によるオリヴィエ・メシアン作曲「われ、キリストの復活を待ち受ける」「天国の色彩」(CBSソニー SOCM 39)も音のカラフルさについてたっぷりと意識させられた。

 音のコントラストということを考えさせられたのはブレーズ指揮ニューヨーク・フィルハーモニック『ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、海、遊戯』(CBSソニー SOCL 104)だった。当時のオーディオ環境ではコントラストが弱すぎてよく見えないように感じていたのだ。いま聴くと細密で精妙な色彩感を持った録音で、コントラストも十分にある。要するに自分のオーディオなりセッティングの問題だったのだ。解像度も決定的に不足していた。自分の音楽の理解力が足りなかったのもある。なにしろボーッとした音に聞こえていて、特にそのB面「牧神の~」と「遊戯」では、以前にもどこかで書いたが学生時代にレコードを聴きながら良く寝てしまって、朝、プツッ、プツッという音で起きるとレコード最内周にカートリッジの針によって削られた粉が溜まっていたのを忘れられない。




 音場感を意識したのは、ブレーズ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによる『バルトーク:オーケストラのための協奏曲』(CBSソニー SOCL 1056)によってだった。このタイトル、70年代のサラウンドマルチ方式のひとつの「SQ4チャンネルレコード」で、ブレーズはその方式を逆手に取って、録音時に自分(指揮者)の周囲にオーケストラを配置し、あっちこっち向きを変えながら指揮したのだ。ジャケットのデザインもそのもので、裏面は実際のマイクの位置まで入っているが、ライナーノーツの写真をみるとかなり見慣れない風景である。ただし、それをステレオで聴くと、当然に楽器の音像が重なることになる。この時に音像とか音場感というものを意識させられることになった。
 後日談だが、2000年代に入ってこのブレーズの「オケコン」もSACDとして登場。マルチトラックチャンネルも収録されていたのだがオリジナルの4チャンネルの状態ではなく前方定位タイプのサラウンドだった。オーディオ的にこの40年間で一番がっかりしたことのひとつだ。もしこのタイトルがオリジナルの4チャンネルで収録されていたならサラウンドマルチシステムを構築していたと思う。それぐらい心の底から聴きたかった。



バルトール「オケコン」のライナーノーツの写真。
オーケストラを自分の周囲に配置し、サランウンド録音してしまった。



 情けない話も書いておくと、長年オペラをなんとなく敬遠してきたのはブレーズのせいもある。はじめて買ったオペラのレコードはブレーズ指揮BBC交響楽団他による『シェーンベルク:モーゼとアロン』(SOCO 143~144)(ちなみこの選択、笑うところです。)。テーマは抽象的だし、曲調は重たいし、歌のメロディは悪い意味でのゲンダイオンガクだし、この音楽の敷居が実に高かった。平たく書けば入ってこなかったのだ。今うちのオーディオで聴くと難解でもなんでもないのだが、どの楽器が、どの歌手がどこにいて、どんなことをやっていて、ハーモニーはこうで、表現しているものはこうだというがわからないと聴いていてきつい。

 オペラついでに書くと70年代後半の、ブレーズのバイロイト音楽祭での指揮と、その実況録音を毎年のように放送していたNHKのFM放送のことも思いだす。あれもきつかったなぁ。そもそもワーグナーとか指環とかバイロイトとかぜんぜんわかってないのにブレーズだからといって聴いていたのがいけなかった。FM 音質をカセットで録音して、レベルの低いオーディオで聴いていてもなんのこっちゃという感じだった。覚えているのは、ステージの床の音とか、剣と剣が当たる音とか、指導動機とか無限旋律の一部だけとか。ブレーズ自身もノイローゼになったらしいが、被害者は極東の地にも一人発生していたことを天国のブレーズに伝えておきたい。

 指揮者としての面ばかり書いてきたが、作曲家としてもおもしろかった。ポリーニの弾いている『ヴェーベルン:ピアノのための変奏曲 作品27、ブレーズ:第2ソナタ』(ポリドール MG1120)はけっこう好きで、録音も凄くいい。20世紀のピアノで20世紀の曲を弾くとこういうことになったということを30世紀に伝えるために、銅板のレコードにしてヴォイジャーに搭載したいくらいの出来の良さである。

 以上、70年代(自分にとっての十代)の頃なので基本的にすべてアナログレコードの話。現在、ブレーズのCDのボックスセットがいろいろ出ていて、コロムビア/ソニー時代の66枚とか、グラモフォンの20世紀音楽の44枚とかがたったの1万円台中盤で買えてしまうが、うちにある30タイトルばかりのLPがいかに鈴木裕を形成してきたことか。ちなみにBoulezのカタカナ表記としては、ブレーズ、ブゥレーズ、ブーレーズといろいろあるが、70年代のCBSソニーの表記にしてみた。ただし、1995年の「ブーレーズ・フェスティバル」だけはイベント名なので例外。また今回のタイトルはブレーズ自身による評論「シェーンベルクは死んだ」のオマージュであり、逆説的に「ブレーズは生き続けている」という意味をこめていることを付け加えておきたい。
 晩年の仕事に対して評価の低い人も少なくないし、巨匠型の指揮者にはなれなかったけれど、ブレーズよ、安らかに眠って下さい。あんたはエラかった。

(2016年1月29日更新) 第106回に戻る  第108回に進む

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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