コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー
第125回/「Best Sound」のこと[鈴木裕]
124chの番組「Best Sound」でクラシックのソフトを100枚選んだ。この裏話でも書いてみようかと。 |
2015年の夏から翌年の正月明けまで、この状態で選びかけのCDが放置されていた(ちなみに、再現イメージ)。 「Best Sound~オーディオ評論家が選ぶ優秀録音盤~」鈴木裕が選んだ100枚の解説 |
2016年1月中旬。ここでやらないと一生やらないと覚悟。20枚程度ずつ選盤しては、その分を局に持っていくことを提案。こちらで提出スケジュールを作る。
2月。2週間に一度くらい提出していく。
3月。とりあえず終了。
4月。2枚重複していて、それも選び直す。
6月、放送が始まる。
と、結局1年近くかかってしまった。
クラシックの録音というのもなかなか奥が深い。収録後にミックスダウンでエフェクター類をかけているものも一部にはあるが、多くはホールや収録現場の響きやデッドさを生かした録音なのでレコーディングエンジニアの力量や腕が音に出てくる。また、演奏者自身の演奏家としての力量も総合的に出てくるのがクラシックの録音だ。
レナード・バーンスタイン指揮、イスラエル・フィルハーモニック管弦楽団『マーラー:交響曲第9番』HELICON HEL-029656(輸入盤のみ)。1985年8月25日にこのオーケストラの本拠地、マン・オーディトリアム(テルアビブ)で行われたコンサートのライブ盤(CD2枚組)。放送用の音源のようだが、このバランスでなければ聴けない異様な生々しさがある。 |
わかりやすい例でいうと、ピアノを弾いているピアニストはたしかに鍵盤を弾いたり、ペダルを操作しているが、気持ちとしてはホールを鳴らしている、あるいはホールを弾いているような感覚があるのではないかとさえ感じている。ホールの音を聴きながら演奏しているのだ。お客さんの入り方、集中の仕方によってもテンポやタメ、デュナーミクを変えている場合もあるかもしれない。そういった意味では音楽は譜面との対話だけでなく、聴き手とのコラボレーションでもある。いや、すべてがそうとは言わないが、そう感じる録音もある。 |
同時に、たとえば『Best Sound』で7番目に選んでいるヤニック・ネゼ=セガン指揮、ダニール・トリフォノフ(ピアノ)、フィラデルフィア管弦楽団による『ラフマニノフ:変奏曲集』。これの25トラックめまでが、オーケストラと独奏ピアノによる「パガニーニの主題による狂詩曲 作品43」なのだが、この現代的な録音の凄さはやはり特筆すべきものだと思う。試聴にも使っていて、第24変奏(25トラック)を聴くのだが、相当に高い性能のオーディオじゃないとその録音の凄味が出てこない。再生装置のワイドレンジさ、トランジェントの良さ、分解能、空間表現力、馬力といった要素が1分13秒の中に集約されている。フルレンジで内面的に音楽を楽しみたい方には無縁の世界だが、こういう要素がオーディオにはあるというのもまた事実。ちなみに試聴で使うとだいたい同席したオーディオ関係者は「ぬぬ」となってメモ。後で購入している場合が多いソフトでもある。 |
ダニール・トリフォノフ(ピアノ)、ヤニック・ネゼ=セガン指揮、フィラデルフィア管弦楽団『ラフマニノフ:変奏曲集』(ユニバーサルミュージッククラシック UCCG-1713)。グラモフォンのマルチマイクによるデジタル録音。DSDではなく、PCMで録音している実体感の強いハイファイ録音だ。 |
あなたにとっての「Best Sound」を考えてみるのも楽しい。いいサウンド、いい録音。ディレクターが選盤の基準をまったく示さなかったのも深い理由があるのかもしれない。いい演奏、いい録音とは何かというのは、いい生き方、いい命とは何か、を問うているようなものだから。多くの体験を持ち、いろいろと考えてきた方ほど悩むことになる。そんな禅問答のたぐいの課題なのだから。
(2016年7月31日更新) 第124回に戻る 第126回に進む
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