コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第131回/スピーカーのセッティングについての、うれしい話[鈴木裕]

 少し前からスピーカーの間隔が狭いように感じていた。音としてとりあえず不満な点はないが、たしかに左右の間隔が狭めな置きかたという自覚はあった。どうしてその間隔になったかと自分の中の経過を辿っていってみるとカルダス・セッティングの影響があったような気がする。このセッティングについてはネットを検索すればいくつも出てくるが(たとえば、http://www2.ttcn.ne.jp/~chiki/setting.html)、ある意味、贅沢なやり方だ。広い部屋であっても左右のスピーカーの間隔は狭く、その正三角形の頂点で音楽を聴くスタイル。贅沢な空間の使い方でもあるが、同時にストイックな感じもする。そのココロを短く言えば、部屋の影響を少なくし、元のソフトに入っているサウンドステージや音色感を純度高く再現しようという狙いのように感じているのだが。 


 ま、とにかく間隔を広げた。少し前からしきりに「片側4センチ」という数字というか文字が頭に浮かんでいたのだが、まず片側5センチ広げてみた。ちょっと多めだ。せっかく広げるのだから多めのがいいかも、というのが我ながら貧乏性な感じもするが、広いと感じたら戻せばいいだけだ。手間にしても10分間くらいあれば出来る。スピーカーが90kg、ボードとインシュレーターでおおよそ18kgと合計108kgくらいあるが、ボードが60センチ×90センチという広い面積なので単位あたりの面圧が下がり、意外に移動はしやすい。靴下を履いていると摩擦係数が足らずフローリングで滑ってスピーカー+ボードを動かせないが、脱げば大丈夫くらいの感じ。


矢印のついているテープの位置が元のセンター


まず床にテープを貼ってから移動


アンプを置いてあるボードとの間に隙間が生まれた

 ちなみに写真にあるように、まずフローリングの床にテープでマーキングして、そこにボードを移動させ(精度としては、±1mm程度)、続いてレーザー墨出し器を使って、左右のスピーカーをボード上でシンメトリーにセッティング(この精度は±0.2mmを目指している)。こうしたセッティングする場合の要件として、何度でもその状態が再現できるのが望ましいと考えているのは、オートバイのレースをやっていた時の名残りかもしれない。元にも戻せるし、さらにここから別の状態に移行したりももちろん出来る。

 5センチ広げた結果は悪かった。音の色彩感が薄れ、色褪せたようになり、なんとなく表現が平板で、サウンドステージの奥行き方向も浅くなってしまった。

 そこで、そこから1センチ間隔を狭くした。もともと頭にこびりついていた「片側4センチ」。これが良かった。5センチは悪くて、4センチは良いという、ふたつの経験値が増えたという意味では、二乗分くらい(つまり4倍)前進した気分だ。音の色彩感が復活したのはもちろん、元のソフトの情報に対してのリニアリティが向上しているのが最大の美点だ。演奏上の微細な強弱の表現、ディナーミクが的確に表現され、ピアニストが弾きわけているタッチの微細なニュアンスがよりよく聞こえてくる。さらにオーディオ的に言うと、音の浸透力や実在感が高まり、スピーカーからの音離れがさらに良くなった。結果としては小さい音量の状態でも、音も音楽も良く聞こえてきて、ボリュームを下げてのリスニングの満足度が大幅に上がったのは予想していないメリットだった。反面、音量を上げると低音が飽和するようにもなった。


 たった1センチでそんなに変わるのかと、ネット上では炎上してお祭り騒ぎになっていそうだが変わるものは変わるのだから仕方がない。まず現象を認めないと話は始まらない。

 そもそもステレオ再生とは、「ひとつの音」を「ふたつのマイク」で収録したものを、「ふたつのスピーカー」で「ひとつの音」に復元することである。これはコンサートホールにおいて、無指向性のマイク2本をステレオ・ワンポイントマイクとして使った録音方法を想定しているが、それをステレオ録音/再生の基本と考えている。クラシックのマルチマイク録音やポップス、ロックにおいて、楽器ひとつずつを収録していったあとにミックスダウンするのも、結局はその基本の録音に準じている。

 つまり再生において大事なのは、左右のスピーカーから出た音を「ひとつの音」にするという部分だ。ひとつにする、というのはつまり合成だ。合成というとなにやら怪しい気配が漂ってくるが、「いい干渉」状態にする、と言い換えると少しは納得してもらえるのではないか。


左右4センチずつ広げての現在のスピーカー。

 音は空気の疎密波、つまり波である。波は水でも光でも音でも干渉する。波の高いところどうしが合わさればより高くなり、低いところどうしが合うと低くなる。あるいは、高いところと低いところが合わさるとフラットになる。「いい干渉」というのは、左右のスピーカーから出たふたつの音が合わさった時に本来の波の高さに戻すという意味。そういう状態を、スピーカーを4センチ広げることによってセッティングできたのだろう。なので、小さい音量でも彫りの深い、リニアリティの高い再生音を獲得できた。

 ただし、「低音が飽和する」問題が勃発した。まず考えられるのは、中高音は正しかったのに対して、低音の音波の高いところどうしが間違って合ってしまって、この部屋には音圧が高くなり過ぎた、という考え方だ。つまり、低音の干渉はうまくいっていないのではないか、という考え。もうひとつは、干渉自体は正しいのだがコンサートホールで鳴っていた音量感をうちの14畳くらいで高さ2.4メートルの天井高の空間で再現するのは無理なのかも、という考え方。どちらが正しいかわからないし、どちらでもないかもしれない。この問題については引き続き考えていきたい。

 とりあえず現状のセッティングでは大音量で聴きたい人にとっては「片側4センチ」広げるのは芳しくない状態、ということになる。これがオーディオの難しいところだ。人によって目指しているところが違う。オーディオ機器違う、部屋違う、聴く音楽違う、耳違う、好み違う、である。だから今回、うちの部屋の横幅は何センチとか、左右のスピーカーの間隔自体は何メートル何センチといったように書かないのは、余計な情報、つまりこれを読んでいる人にとってはむしろ足を引っぱりそうなインフォメーションは意図的に入れていない。

 さて、タイトルの件である。これがなぜ「うれしい話」なのかと言うと、もちろん自分にとって音が良くなったのはうれしいが、それ以前に「片側4センチ」というのがどんぴしゃで正解だったことだ。


手を使いつつ思案する貝崎静雄氏

 カイザーサウンドの貝崎静雄さんと、昨年の初夏あたりから3カ月に一度くらいのタイミングで仕事をしている。北志賀にあるカイザーサウンドのクルマ部門、オートローゼンのガレージやその近くの実験場に行って作業の様子などを取材しているのだが、貝崎さんの実力がだんだんわかってきた。もしかしたら、偏屈な人で突拍子もないことをズラズラとしゃべる人という誤解があるかもしれないが、実際に接して何十時間も話してみるとかなりまともな人である。金儲け一辺倒でもなく、世の中のためという部分もあるし、お客さんの音の好みやオーディオに対する姿勢に対しても柔軟だ。何より、オーディオのセッティング能力や機器開発能力など、この人はもしかしたら本当に天才なのではないかと感じた瞬間が何回もあった。

 たとえば、お客さんの部屋に行った時に「ぱっと見ただけで、スピーカーを前に何センチ、横に何センチ動かせばいいかわかるんですよ」などと貝崎さんは言う。それは大風呂敷を広げているわけでもなんでもなく実際その通りにして音が良くなるのだと思う。それくらいの信頼感を貝崎さんに感じている。ただ、そういう話を訊かされると自分にはその能力はないなと悔しい思いをしてきたのだ。今回、自分にもそういったことが感知できるようになって来たのかもしれないと思えてうれしかった。


 ただし念のため、貝崎さんとは着眼点やものの考え方がぜんぜん違う。そもそも目に見えないものを見ようとする姿勢についての師匠は、NAG S.E.D.の永冶司(ながや・つかさ)さんだと勝手に思っていて、もともとはエンジンやキャブレーターの中の気体の流れや負圧分布のイメージから自分の発想は来ている。流体力学的な発想というように言うとエラそうだが。それがオーディオでどれくらい通用するものなのか、という意味でもまたちょっと面白くなってきた。

(2016年9月30日更新) 第130回に戻る 第132回に進む
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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