コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第140回/フェラーリとオーディオ [鈴木裕]

 フェラーリのエンジン音は魔性である。
 と、のっけからわかったようなことを書いてしまったが、昨年秋、仕事でフェラーリのスポーツカー、F599に乗る機会があった。以来、カラダと脳に、あのエンジン音と加速感がこびりついている。
 カイザーサウンドのクルマ部門がオートローゼンで、その取材のひとつとしてクルマに乗ってインプレを取ったり、オーナーに取材するという企画の一環だ。フェラーリのオーナーは仙台・石巻で七店舗を展開するケーキ屋さん「アルパジョン」のシェフであり経営者の益野英昭さん。オーディオ好きでもあるのだがさすがにオーラのある人で、こうした能力のある人が高い経済力を持っているのも納得できる。

 最初、次の仕事でF599が取材対象であることを訊いた時、正直、自分の運転の力量で大丈夫かと思った。ちょっと調べてみるとフロントにV型12気筒、6リッターのエンジンを登載。最高出力は620馬力だ(ただし、取材現地で益野さんに訊いた話だと680馬力と言っていた。バリエーションの違いとかROMチューニングとかいろいろあるのだろう)。車両重量は1750kgの、やや大柄なスポーツカーだ。日本での市販開始は2008年。速さとしても存在感としてもフロントボンネットの中に納まったエンジンの存在感の大きいクルマだ。(そのV 型12気筒の入念な製造工程については、ユーチューブを見てもらうのがいいかもしれない。ただし、この動画でのクルマ自体は612スカリエッティで、エンジンも細部は違う)。

フェラーリF599


フロントボンネットの下に収まったV型12気筒エンジン

 たとえばオーディオで言うと、パワーアンプのスペックを見る時に出力だけでなく何Ωにまで対応しているとか、ダンピングファクターの数字が駆動力を推し量る指標だったりするが、スポーツカーの場合「パワー・ウェイト・レシオ」というものがある。日本と海外で計算の仕方が違うのだが、この場では重量あたり何馬力、という計算をしてみよう。最高出力(ps)を車重(t)で割る計算で、つまり、数字が大きい方が速い。
 身近なスポーツカーで言うとトヨタ/86は車重が1240kg。最大出力は207馬力。パワー・ウェイト・レシオは167ps/t(小数点以下は四捨五入)。これに対してF599は389ps/t。単純に言うと86よりもF599は2.3倍くらい速いということになる。以前、富士スピードウェイのショートサーキットでオートマの86を走らせたことがあるが、おだやかな加速だったのでその2.3倍くらいだったら大丈夫だろうと、まず思った。

 あるいは、自分がかつてオートバイのレースをやっていて、1990年から92年まで全日本選手権の国際A級GP250クラスで走っていたが、マシンは市販レーサーのホンダ/RS250。車重は94kgくらいで、馬力はたしか90馬力程度だった。ただし、皮ツナギやヘルメットを装備した人間と燃料の重さも加えるとおおよそ170kgという数字になるので、これを使って計算すると、529ps/t。F599の1.4倍くらい速いオートバイに乗っていたことになる。この時点でなんとかなるだろうとは考えた。
 しかし、数字は数字だった。


ステアリングホイールの上側に赤いLEDが埋め込まれていて、シフトアップのタイミングを教えてくれる


カーボンセラミックブレーキ。制動力自体もコントロール性も素晴らしいが、ブレーキダストが出ないのも特徴だ。
 テストルートを走り出して、交通量が極端に少なくなったワインディングでアクセルを深く踏んでみると、猛々しいほどの加速がまず凄かった。ステアリングの上部には赤いLEDが5個埋め込まれていて、エンジン回転数が上がっていくと左からその点灯する数が増えていく。サーキットであれば5個点くまで待ってシフトアップするべきだが、今回のテストではそこまでエンジンを使い切る必要はない。オーナーの益野さんが楽しく走れるような方向でのチューニングだし、2速ではエンジン回転の上昇が速すぎて5個まで待てないというのも正直なところ。タコメーターを見る余裕は完全にないし、もちろんお借りしているクルマでオーヴァレブさせてもいけない。視界の片隅にLEDが2~3個点灯したらシフトアップしていった。加速自体も素晴らしいのだが、それ以上にまたそのエンジン音が官能的だ。すすり泣くようなフェラーリ特有のあのエンジン音。これに完全にやられた。鳥肌が立ち、脳髄が痺れた。この時点でF599の魅力のトリコになった。魔性のエンジン音である。

 一番印象的だったのは、走り出すとクルマが軽く、小さく感じられたことだ。カーボンセラミックブレーキを装備していて、ブレーキのタッチや絶対的な制動力が凄かったのも理由かもしれない。前後の荷重移動やステアリングを操舵した時の路面のインフォメーションなど、もっと軽くて小さいものを運転している感覚。クルマのイメージが自分の中で更新されたように思った。エンジン積んで、ガソリン燃やして、4輪で走るこの大きさの、この重さのものが、よもやこういう動きをするとは思わなかった。こう書くと安っぽいが、異次元の乗り物だった。

 一方、テスト走行が終わって、ホイールを外して作業している時に眺めるとF599の優美さ、エレガントさもまた極上だった。パールホワイトという外装色がその印象を強めていたかもしれない。上質なレザー貼りの室内はバケットシートだけでなくロールケージまでベージュでまとめられている。各スイッチの機能的な配置も申し分ない。そもそも680馬力という絶対的なパワーを、乗り出して10分程度で慣れさせてしまうシャーシのポテンシャルやエンジン制御、ギアボックスの出来の良さも秀逸だ。あるいはエレガントさというイメージに対応して、エンジンには千回転くらいから使えるフレキシビリティがあり、グランツーリスモとしても使えるとは思った。(このあたりのことについてはその世界のクルマには詳しくない鈴木裕が乗ったからと言われそうだが、経験値の多いモータージャーナリスト、西川淳さんのインプレを見てもあながち的を外してはいないと思う。)

 価格については伺わなかったが、基本的な値段としては新車で3千500万円程度。

ベージュでまとめられたシート。ロールバーまでベージュの皮仕上げになっている。

造りのいいホイール。整備状態もきちんとしていた。


アルミスペースフレーム構造に取り付けられたサスペンション。競技用のクルマのよう。


 さて、ここからオーディオの話。
 90年代後半から、2千万円を越えるオーディオが出だして、現在では3千万円オーバーのパワーアンプやスピーカーというのが存在する。以前にも書いたが、値段というのはすべからくメーカー側の言い値で、高いと思ったら買わなければいいだけの話だが、今回、F599に乗ってその考えも更新せざるを得なかった。 素晴らしい造りのV型12気筒のエンジン、その制御系、アルミ製のシャーシ、ゴージャスな内装、優美なエクステリア、精緻と言ってもいいようなカーボンのブレーキ。こうしたものすべて含めて3千500万円である。これに比較したら、同じような値段なのにアンプだけ、スピーカーだけの存在ってどうなんだろうと。天下のブランドのフェラーリで、これだけよく開発されている趣味性の高い乗り物が、この値段なのをみるとアンプだけで3千万円オーバーはどうなんだろうという疑問。

 それにF599は完成したクルマだが、オーディオはプレーヤーとアンプとスピーカーを組み合わせただけではそれなりの音しか出ない。セッティングや使いこなし、あるいは適切なケーブル類やインシュレーターなど、オーディオアクセサリーが揃ってこその、命の宿った再生音だ。599の場合は納車された状態でもドライバーの技量なりにフェラーリの魅力を楽しめるではないか。そういう意味でもアンプだけで3千万円オーバー、つまりはシステムとしては1億円を越えるようなオーディオはずいぶん割高に感じる。

 もちろん、高級・高額なオーディオにも魔性の音がある。そのポテンシャルのとてつもない高さを否定するわけではないが、あまりに高額なオーディオについてはちょっと辛口にならなければいけないと思った。値付けの問題、とひとことで言ってもいいかもしれない。

 さらに個人的な問題として、自分はどうなりたいのかなというようなことも考えさせられた。目標地点の設定だ。F599のオーナーになりたいのか、トヨタの86を納得のいくように整備して乗り続けていくのか。そのどちらもクルマ好きとしての矜持の問題だろう。平たく言うと、ミドルクラスのオーディオでそれらの機械の限界を越えるような、魂のこもった再生音を出したいのか、1億円のオーディオシステムで至高の音を出したいのか。どちらにも可能性があり、どちらも芳しくない音になるかもしれない。
結局は、自分はどうしたいのか。
 それが自覚できていないことがF599に乗ることによって自覚できた。



夕闇にたたずむF599。優美にして獰猛。魔性のエンジン音が今でも忘れられない。
(2016年12月30日更新) 第139回に戻る 第141回に進む 
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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