コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第142回/オーディオライターの年末年始は[村井裕弥]

 暮れからやけに忙しかった。まずはフルムーン旅行。5日間用82,800円、7日間用102,750円、12日間用127,950円で全国のJRグリーン車が乗り放題だから、使わにゃ損損!

 たとえば5日間用を使うとして、東京-姫路を2人でグリーン車を往復利用すると87,240円。4,440円もお得なのだ。「鉄道にくわしい人が、秘術を駆使しないと得にならない」と思い込んでいる方がたまにいらっしゃるが、そんなことはない。姫路に行って、帰ってくるだけで元が取れる(ややこしくなりそうなので、往復割引については無視)。

 1982年CMに起用されたのが上原謙、高峰三枝子であったためか、「自分はまだまだ使える年ではない」と誤解している方もよくいらっしゃるが、夫婦合計88歳以上で使えるから、同い年なら44歳から使える。もちろん68歳と20歳でもOKだ!
 筆者のフルムーン夫婦グリーンパス利用はこれで4回目だが、1回目は旭川-札幌-北陸-京都-神戸-熊本-別府-宇和島-今冶-尾道と回った。2回目は、釧路-札幌-京都-天橋立-城崎-福山-鞆の浦-仙酔島。3回目は有田-熊本-広島-松江-名古屋。もちろん各地のオーディオ愛好家と交流したり、個性派オーディオショップを取材したりもしている(そういうことがあるから、日々のオーディオライフがより充実するのだ)。

 今回は、小樽-札幌-青森-水沢江刺-一ノ関-盛岡-広島-いちき串木野-熊本(菊池)-湯布院と回ったが、これはとあるオーディオねたをとことん取材するためのプラン(地名を見ただけで、「ああ、あれだな」とおわかりになる方もいらっしゃるだろう)。まだどこに載せられるか確定していないので、内容については「まだナイショ」ということにさせていただく。

 もちろん、「こんなに回れ」とは言わない。しかし、通常の料金ではとても行く気になれないおバカプランも、フルムーン夫婦グリーンパスなら可能になる。「日本海を端から端まで見る」とか「全国の城をハシゴする」とか「蔵元を回って、ひたすら試飲する」とか「アニメや映画の聖地を回る」とか「特定画家や彫刻家の作品をねらって、美術館巡り」とか、アイデアはいくらでも湧いてくる。


【左】北海道といえば、これでしょ
【右】一ノ関「ベイシー」は15回目くらいだろうか(震災後は3回目)



新青森駅で迎えてくれたねぶた


盛岡のジャズ喫茶「開運橋のジョニー」に入ると、クリスマス・ライヴの真っ最中であった!

「何もそんなに駈けずり回らなくても」と言われそうだが、ここでは「一気に体験することで見えて来るものもありますよ」とお応えしておこう。ちなみに筆者の夢は、列車とバスだけで行くシルクロード横断だ(アフガニスタンやイラク、シリアが平和にならないと行けないから、当分無理だろうけど)。

 フルムーン旅行のあとは、ハイレゾ関連の原稿をひたすら書いていた。


オーディオ仲間たちとの肉会。2時間でいったい何キロ食べたのか

 いわゆる年末進行(年末年始、印刷所がお休みになるから、12月中に2か月分の原稿を書く)のおかげで、かえって年末年始は暇になる。だから、フルムーン旅行も行ける。
 その代わりと言ってはなんだが、年明けでもなんとか間に合う記事(旅行から帰った頃、依頼が来る)を、お正月にコツコツ書くわけだ。「たいへんですね」と声を掛けられることもあるが、案外楽しい。特に今回取り上げるものの「当たり度」がハンパでないから、「ああ、もっとくわしく紹介したいのに、文字数が足りない」の連続だ。

 この原稿を書き上げたあとは、友人たちとの「肉会(肉塊ともいう。要するに、ひたすら肉を食べ続ける暴飲暴食の会)」を挟んで、コンサート・ラッシュ。特に河村尚子は、5日間で3公演聴いた。内2公演はクレメンス・ハーゲンとの共演。残り1公演は初のベートーヴェン後期ソナタという興味深いプログラムであったが、いずれも「その曲に関して従来抱いていたイメージ」を脳内攪拌され、吹っ飛ばされるような衝撃を感じた(初日のアンコールで弾かれたショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調が最も強く心に残った。ハーモニクス奏法を初めて近くで見たのも衝撃的!)。

 神奈川県立音楽堂、トッパンホール、ヤマハホールという3会場の音響特性がどう違うかという比較もおもしろかった(特に、ウチのやつはトッパンホールの響きがお気に入りで、「クレメンス・ハーゲンの本気を、ここでだけ感じた」とまで言っていた。筆者はそこまで感じなかったが、聴き手に訴えかけてくる力が何倍も強いように聴き取れたのは確かだ)。

 14日(土)は、大阪府泉佐野市の市立文化会館(エブノ泉の森ホール)を訪ねた。「クラシック放題」というコンサートがあって、長富彩が4曲弾くからだ。


河村尚子

クレメンス・ハーゲン

「クラシック放題」は、市民みんなで盛り上げる演奏会


泉佐野漁協青空市場「まいど」でランチ

・リスト:愛の夢第3番
・ショパン:幻想即興曲
・ブラームス:ハンガリー舞曲第1番(林澄子との連弾)
・シューマン:ピアノ五重奏曲よりスケルツォ(大阪交響楽団の首席奏者たちと)

 林澄子だけでなく、何人もの奏者がピアノを弾いたから、長富の特異性がとてもわかりやすかった。ピアノ五重奏曲は、プラス・ウェールズ弦楽四重奏団(2011年12月20日渋谷)、プラス・上海クァルテット(2012年11月3日市川市)を聴いているためか、若干物足りなさを感じた。

 長富以外の演奏者では、須川展也(サクソフォン)が断トツの存在感を披露。客席を歩き回っての演奏を、至近距離で聴けたため、再生音との違いを堪能することもできた。ジャズとはまったく奏法が異なるため、コルトレーンやチャーリー・パーカーが吹く楽器と同じとはとても思えないのだが、「この生音を、スピーカーから出すのは至難の技だな」と痛感。特に倍音成分。
 チェンバロ、マリンバ、大太鼓、フルートなどの再生もハードルが高いが、実はオーディオ的にはサクソフォンが一番難しいのかもしれない。
 ほかには、矢巻正輝(トロンボーン)が光っていた。単に音がよいとか、うまいとかを超えた「周囲にカツを入れる力」「皆を盛り上げていく力」を感じたのだ。

 ウチのやつは、聴衆が若いことにひたすら感心していた。第2部に小中高校生が出演するから、その家族や友人が多く駈け付けたのであろうが、こんなにも若い人が集まるクラシック公演は初めて体験した(ワケもわからず連れてこられたと思われる幼児たちも、皆楽しげに聴いているのだ)。エンディングの「宝島」では、客席にいた他校の生徒やOBとおぼしき人たちまで、ステージで熱演(いったいどうやって練習を積んだのか!?)。

 こういう演奏会が成立するのは、もちろん泉佐野市が、音楽教育に力を入れている(大阪交響楽団がそれをアウトリーチで支援している)からなのであろうが、同じようなことをしても、ここまで盛り上がることは滅多にない。担当者が替わるたびホイホイ方針が変わったり、多くの生徒たちが客席で寝ている自治体のほうが圧倒的多数派のように思える。

 演奏を聴きながら、ベネズエラの音楽教育プログラム「エル・システマ」のことなど考えていた。多くの若者たちが夢を抱き、その実現に向け地道に努力を続ける街は、きっと誰もが住みたい街になることだろう。別に世界的スターが生まれなくてもよいのだ(泉佐野のドゥダメルが生まれれば、それはもちろんうれしいけれど)。
 雪のため、東海道新幹線が大幅に遅れ、地下鉄の最終でなんとか帰宅。駅で思いっ切り走ったが、それらも合わせて一生忘れられない1日になることだろう

(2017年1月20日更新) 第141回に戻る 第143回に進む

村井裕弥

村井裕弥(むらいひろや)

音楽之友社「ステレオ」、共同通信社「AUDIO BASIC」、音元出版「オーディオアクセサリー」で、ホンネを書きまくるオーディオ評論家。各種オーディオ・イベントでは講演も行っています。著書『これだ!オーディオ術』(青弓社)。

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