コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第148回/優れたプリアンプは、パワーアンプのための環境作りをしてくれる[村井裕弥]

 マックトンから、パワーアンプMS-2000とプリアンプXX-5000を借用することができた。

 MS-2000(税抜105万円)は、ロシアのタングソル製KT120を片チャンネル4本使ったパラレル・プッシュプル。定格出力200W+200Wは、管球式としては十分ヘヴィ級。その音質等が高く評価され、音元出版オーディオ銘機賞2015を受賞している。  もちろんパワーアンプなのだから、プリアンプと組み合わせて使うのが筋だが、フロントパネルに左右独立ボリュームつまみが付いているから、プリメイン的な使い方も一応可能だ。

 そこで、まずはMS-2000だけの音を聴いてみた。出力系はMytek Digital Brooklyn(このDACにトランスポートやPC、ミュージックバード専用チューナーなどをつないでいる)。スピーカーは14年半使い続けたルーメンホワイトwhite light(セラミック振動板を使った3ウェイ5スピーカー・システム)。スピーカーの能率が比較的高いから、MS-2000のボリューム位置は9時でOK。

 何からかけようか迷ったが、とりあえずミュージックバード121ch(THE CLASSIC)をチョイス。ちょうど「WORLD LIVE SELECTION」の時間帯で、エルヴィン・オルトナー指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのバッハが流れていた。出てきたのはかなり濃厚で温度感も高い音。倍音成分の豊かさも特筆ものだ。

 この傾向ならこれがよかろうと、次は『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズムセクション』をかけてみた。よい意味で「昔のジャズ喫茶のような音」が飛び出してきた! もちろんレンジ感などは最新鋭機にひけを取らぬが、「ここがおいしい」「ここが聴きどころ」といったところが、グラマテスクにぐっと押し出されてくる。

 その印象は、デクスター・ゴードン『Go』でも変わらない。いや、その魅力がさらに増したようだ。ブラインド試聴させたら「ALTECを鳴らしているんでしょ」と何人かが言い出すのではないか。この14年半、いろいろなアンプ(もちろん管球式アンプ含む)でwhite lightを鳴らしてきたが、こんな音を聴くのは初めてだ!


MS-2000を、まずはプリメイン的に使ってみる


Mytek Digital Brooklyn


ルーメンホワイトwhite light


【左】アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズムセクション
【右】Go



【左】インヴェンションとシンフォニア
【右】Ave Maria



マーラー:交響曲第6番
 グレン・グールド『インヴェンションとシンフォニア』も快感。何で再生しても演奏ノイズの多い音源だが、「こんな音が入っていたのか」の連続。いや何、グールドのうなり声や周囲の物音がよく聞こえるという話ではない。音楽鑑賞に必要な情報がごっそり発掘され、聴き手に向けてあふれ出してくるのだ。

 寺下真理子『Ave Maria』はウッディな響きに強く惹かれる。もっとこてこてな美音が出てくるだろうと予想していたのだが、「何でもかんでも濃密な音に変えてしまうアンプではない」ということだろう(そこにニュアンスが隠れているときだけ見事に引き出すということか)。

 山田和樹指揮日本フィルによるマーラー第6も、意外な程どストライクな音だ。パートごとの音がしっかり分離して聞こえ、なおかつ空中で見事に溶け合う、混じり合う。筆者はこの演奏が大好きで、昨年のベスト5ディスクにも選出しているのだが、まだまだその奥底を掴み切れていなかったことになる…。
 おおよそ2時間試聴し、そのあとはDACにテレビをつないで、ブルーレイ・レコーダーで録画した音楽番組を見た。

 2015年のザルツブルク音楽祭、ムターがソロを弾き、ムーティ指揮ウィーン・フィルがバックアップするチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲。2015年11月に放映され、これまで数え切れない回数見ているが、「ムターって、こんなにも中域が充実しているのか」「こんなにも太くて、存在感に満ちた音なのか」とひたすら圧倒される。

 調子がよいから「今夜はこのまま過ごすか」と思っていたのだけれど、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲の第1楽章が終わったあたりで、「オーディオの虫」が騒ぎ出す。

 MS-2000に、プリアンプを足してみたい。それも、今回借りたハイエンド機XX-5000ではなく、わが家で常用しているXX-550(76万円)を足してみたらどうなるのか!?

 そう思って、Mytek Digital BrooklynとMS-2000の間に、XX-550を足してみた。もちろんパワーアンプ側のボリュームはMAXにし、XX-550で音量調整。ボリューム位置はこれも9時。

 「管球アンプ色がさらに強まり、ねっとりネトネトの蠱惑的サウンドになるのでは」と予想していたが、それは見事に裏切られた。「えっ!? これが管球式アンプの音なの」と首をひねるほどニュートラルで、ハイクォリティな音が飛び出してきたからだ!

 いかにもウィーン・フィルらしい音に感激したから、次はウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート2017の録画を再生。指揮はもちろん、グスターヴォ・ドゥダメルだ。

 印象は、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲にかなり近い。音像を描き出す絵筆の先が細くしなやかで、この上なく流麗。細部がきちんと見えるのに、「これでもか」的なワザトラ高解像度ではない。


DACとMS-2000の間に、プリアンプXX-550を挿入


【左】ニューイヤー・コンサート2017
【右】ネトレプコの《椿姫》


 ええい! こうなったら、ウィーン・フィルつながりで、2005年のザルツブルク音楽祭、ネトレプコとビリャソンが歌う《椿姫》も見てみよう。ああ、あの頃は2人と本当にみずみずしい声をしていたのだな。その特異性と突出した魅力を、この上なくリアルに教えてくれる再生音だ。最初見たときは、奇抜な演出にばかり振り回されていたというのに、この組合せで鳴らすと、それが少しも気にならず、ふたりの声にだけ集中できる。

 《椿姫》つながりで、ヴェネラ・ギマディエワが題名役を歌う録画も見てみよう。この公演も何度か見ているが、こんなにも中低域が分厚く入っているとは気付かなかった。そもそも《椿姫》で大太鼓が腹にドスンと来ることは珍しい(それでいて、抜けは犠牲にならない)。空気感もこの上なく密だ。

 ずいぶん聴いたから、「今夜はもう寝るか」と思ったが、まるっきり毛色の違う音源も聴いてみたい。NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」で放映された「塚越慎子マリンバ・リサイタル」(2014年2月16日紀尾井ホール)はどうだろう。

 これまで何度見たかわからないほど好きな映像だが、一聴うすくち、しかしよくよく聴くとこの上なく深みのある音。そのコントラストがこれほど伝わってくる再生音は稀なのではないか!? ソプラノサックス太田剣、コントラバス鉄井孝司と組んだトリオ演奏も、ナチュラルであるのに細やかさ十分で、低域の延びも期待以上! マリンバって、こんなにも重厚な音を出せるの? いや、そもそもNHKのテレビ番組にここまで重低音が入っているなんて、ほとんどの人たちが気付いていないのではなかろうか!?

 翌朝、プリアンプをXX-550からXX-5000(250万円)に変更。いよいよ本命の登場だ!
 接続直後の音は、意外と上品。いや何、下品がよいというのではない。妙に「おすまし」な音なのだ。真空管があたたまるまで、しばらく放置することにしよう。
 1時間ほど放置して、前夜と同じ「塚越慎子マリンバ・リサイタル」をかける。XX-550とMS-2000で、必要十分な音が出ていたから、「プリアンプを3倍高価な製品に替えても、そうは変わらないのではないか」と思って見始めたが、予想以上に音は変わった!!


XX-5000は、XX-550のおおよそ3倍もするハイエンド機

 音色がさらに深く、多彩になった。余韻の中にふくまれる音楽情報も、この上なく豊かになった。これまで黒1色にしか見えなかったところに、10色以上の色彩が浮かび上がるようになった(まるで印象派の油彩画)。そういう変わり様だ。

 ヴェネラ・ギマディエワの《椿姫》はどうだろう。前夜聞き流してしまったアルフレード役、マイケル・ファビアーノの細やかな歌いまわしが、俄然前に出てきた! 昨夜はギマディエワばかり注目してしまったが、ファビアーノはただレジェーロな美声を披露しているのではなかったのだ。アルフレードがどういう性格なのか、このとき何を考えているのかを、必死に歌で表現しているのが伝わってきた。


ヴェネラ・ギマディエワの《椿姫》
 2005年ザルツブルク音楽祭の《椿姫》はどうだろう。開演前の暗騒音、こんなにもリアルだっただろうか。リッツィが入場時の拍手も、粒立ちのよさ・密度感・空気感にうっとりしてしまう。ふだんは飛ばしてしまう第1幕への前奏曲も、ウィーン・フィルならではの表現力に金縛り(何十年も前からくり返し聴いている曲なのに、「あれっ、こんなところにこんな楽器入っていたっけ」の連続)。

 幕が上がると、パーティのお呼ばれ客たちがふらふら登場。ええっ!? こんなにも足音うるさかった?(音量よりも、床を踏みならす低音にびっくり。舞台の床がグォングォン鳴っているのだ)

 このあと、ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート2017(ドゥダメル)、2015年のザルツブルク音楽祭(ムター&ムーティ)も再生した。そのあとは、DACのインプットをUSBに切り替え、HDDにため込んだ音源(山田和樹や寺下真理子)も聴いたが、同じようなことをだらだら書き連ねてしまいそうなので、コメントは省略させていただく。

 ここいらでひとつ音質傾向をまとめておこう。まず、最初に試したMS-2000(パワーアンプ)だけの音。これは世の人たちが、「真空管アンプとはたぶんこういう音」と想像する世界にかなり近い音。特に、電源を入れた直後はその傾向が強いように感じられた。
 そこに、XX-550(中級プリ)を足すと、前述の個性が後退し、筆者が考える「ストライクゾーンど真ん中に近い音」が飛び出してくる。それはもちろん「無個性でつまらない音」という意味ではない。アンプでの色付けを排除することで、音源に入っている「埋もれやすい音楽情報」が姿を現す、理想にかなり近い世界と言ってよいだろう。

 しかし、プリアンプをXX-5000(ハイエンド・プリ)に替えると、さらに「その上の世界」が現れた! XX-550とMS-2000では聞こえなかったニュアンスが「これでもか」というほど押し寄せてくるのだ。

 筆者の表現が稚拙なので、ひょっとすると「MS-2000の個性と逆の個性をプリアンプに持たせ、併用することで個性を相殺している」と誤解される方がいらっしゃるかもしれない。

 そのあたりについて、製作者である松本健治郎氏にスバリ訊いてみた。松本氏のお答えはこうだ。

 「MS-2000はボリューム付きなので、確かにプリメイン的な使い方も可能です。しかし、あのボリュームは本来、マルチアンプ駆動やバイアンプ駆動で、ユニットごとの音量バランスを取るためのもので、CDプレーヤーをつなぐためのものではない。だから、パワーアンプの力を100%発揮させるためには、どうしても優れたプリアンプが必要なのです。優れたプリアンプは音楽信号にストレスをかけることなく、勢いよくパワーアンプに送り込むことができる。要するに、パワーアンプがのびのび活躍できる環境作りをしてくれるのがプリアンプなのです。そういう恵まれた環境があってこそ、パワーアンプは初めて真価を発揮できるから、XX-550やXX-5000を併用すると、MS-2000単独で生じるくせが消え、音楽情報があふれ出るのです。
 XX-5000を見て、『ここまでコストをかける必要があるのか。たかが音量調整と入力切替だろ』『こんな高価なプリを買うくらいなら、パワーアンプを買い換えたほうがまし』と考える方もいらっしゃるでしょう。しかし実際聴き比べてもらえば、多くの方が納得してくださるはず。優れたプリを併用することで、いま実力を発揮できずにいるパワーアンプの真価を引き出してやる。この感激を、ひとりでも多くの方々と分かち合いたいものだと考えています」

 マックトンの試聴室は現在、東京都八王子市越野24-11にある。最寄り駅は、京王堀之内(新宿から40分余り)。電話予約は03-3394-0131。もちろん、管球式アンプに関する初歩的な質問もOKだ!!

(2017年3月21日更新) 第147回に戻る 第149回に進む

村井裕弥

村井裕弥(むらいひろや)

音楽之友社「ステレオ」、共同通信社「AUDIO BASIC」、音元出版「オーディオアクセサリー」で、ホンネを書きまくるオーディオ評論家。各種オーディオ・イベントでは講演も行っています。著書『これだ!オーディオ術』(青弓社)。

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