コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー

第164回/カイザーサウンドの貝崎静雄さんのこと [鈴木裕]







 音元出版の『アナログ』誌や『オーディオ・アクセサリー』誌の取材のため、ここ1年半くらい、貝崎さんが実際にオーディオをセッティングしたり、オーディオ・アクセサリー類を作る現場を取材してきた。そして、たぶん50時間くらいはいろんな話をしたように思う。時には朝5時からクルマの中で北志賀に移動する中で。時にはクルマのチューニングと試走、音響パネル類の製作、といった仕事をしながら、そしてボロボロに疲れた後でメシを食いながら腹を割って話してきた。チューニングの考え方や、オーディオ的にどんな音質向上が果たされたかは上記の雑誌にまとめているのだが、ここでは貝崎さんの人柄や言動について書いてみたい。たぶん、誤解されることも多い人なんだと思う。



寺島靖国氏(左)の「ジャズ喫茶MUSIC BIRD」公開録音にゲスト出演された時の貝崎さん(右)。(2015年10月)




 まず、その容姿というか風体だ。もしかして抗争が勃発しそうな職業に近いところの人かも、と思っている方がいるかもしれない。それは完全な誤解である。たしかに実際にコンビニに買い物に行った時に店員の対応が悪く、貝崎さんの「話のわかる人を出しなさい」「ワシはスジが通らんことは嫌いなんじャ」的な声がコンピニ中に響きわたったこともある。純な人なのだ。ココロはだいぶきれいだと思う。きれいであるがゆえに、いい加減なことが許せない。



 それが商売のやり方についても表れている。カイザーサウンドのホームオーディオ用のブランドであるローゼンクランツ。この製品の値付けについてである。

 そもそもスピーカーケーブルの仕様を開発していく工程が凄い。

 オーディオを熱心にやっている方であれば、ある程度ケーブルが長くないと低音が出なかったり、あるいは音のいい長さというものが存在する、と薄々感づいている人もいるのではないか。探究心の強い方であれば、切り売りの1mで1000円くらいのスピーカーケーブルを最低限必要な長さの倍くらい買ってきて、つまり2mでやっと届くくらいの距離だったら4m×2を買ってきて、まずそのままの状態で接続して慣らしをかけ、そのあと1cmずつ切っては音を聴き、ということを200回くらいやってメモを取っていけば、音のいい長さをある程度把握することができる。


 面倒臭い、と思った方はその程度のオーディオの音に対する探究心というか、執着心である。と、エラそうに書いているが自分もそんなことはちょっとしかやっていない。カイザーサウンドではそれを徹底的にやっている。ただし、全体の長さだけでなく、導体の芯線を意図的に何カ所かでいったん切断して、それをハンダで接続しなおしたり、縒ったりといったことを何百本も試作ケーブルを作っては聴いている。そんなことで音が変わるのかとあやしむ人がいるかもしれないが、変わるし、デュナーミク(演奏上の強弱)やビートのタメとか間合い、みたいなものが実によく出るスピーカーケーブルになる。

 現在は、Versatile(ヴァーサタイル)と名付けられたシリーズでスピーカーケーブルだけでなく、インターコネクト(RCAやXLR端子を持った信号)ケーブル、電源ケーブルも展開している。ちなみにそのスピーカーケーブルの最上位の製品は37万円するが、聴くと納得できる音がしているし、生の演奏を聴いているような音楽表現を楽しめるという意味では逆にこの値段は安いとも感じる。



 問題はその値付けだ。カイザーサウンドでは理由なしに値引くことはしない。膨大な開発の手間や材料費、制作費から出した定価だ。適正な利益を含んだきちんとした値段を定価にした、と感じる。でも世の中の趨勢としては、たとえば40万円の定価にしておいて、売る時に値引きして37万円といったやり方が少なくない。最初から値引くことを前提とするような定価なのだ。何かダマして売っているような感じが貝崎さんにはするらしい。

 以前、チェーン展開するカジュアルな洋服屋さんで、値札の上側に定価が印字されていてそこに赤線が引いてあり、その下に実際の売価があったが、よく見ると赤線が最初に印刷してあり、その上から定価が印字されていた。最初から定価で売ることがないという意味では何かの法律に引っかかるはずだが、オーディオでもそれに近いことをやっている場合も少なくない。そういう値付けを貝崎さんは嫌う。

 意外と言っては失礼だが、人の話はきちんと訊くということについても書いてみよう。







 「PB BIG2」 
ローゼンクランツを代表するインシュレーターのひとつ。ただし、現在はマーク3モデルになり、「A」の位置に「3」の数字が刻印されている。この側面の「A」の文字が方向性を表している。エネルギーからここから入って、反対側に抜けていく。


 ある時、インシュレーターを貸し出し試聴したお客さんからそれをシステムに導入しても音が変わらない、という連絡があったという。貝崎さん、そんなことはないと思ったがとにかく虚心坦懐に話を訊いて、のちにその電話してきた人のところに音を聴きに行った。

 電話の主は300年ほど続いた静岡県の古いお寺の人で、オーディオは離れの8畳ほどの部屋に設置されていた。ローゼンクランツのインシュレーターなしの状態と入れた状態を比較するとたしかに音はほとんど変わらなかったという。非常にいい材木と、まともに作られた家屋がうまく振動コントロールをしていたらしい。鳴るように出来ているものは鳴ると感じたそうだ。貝崎さん「今回は勉強になりました」と言って、この時の体験を元にして新しい考え方を発想している。このあたり、実に謙虚に人の話を訊ける人だし、まじめな人なのだ(この話はブログ「空気中を伝わる波動も物体の振動も理屈は同じ 2001/07/23」に書かれている。






 さて、カイザーサウンドのものづくりの基本である、モノには方向性があるという考え方を説明しておきたい。

 木材であれば、元は樹木で、種から芽が出て、だんだん成長。基本的に地面から空に向かって伸びていくし、年輪としては、中心から外側へと太くなっていく。カイザーサウンドでは、根っこから先端、幹の中心から年輪の外側へとエネルギーが伝わっていくと考える。これが方向性である。音もエネルギーなので、この方向性だと、良く音が走っていく、と考える。

 金属でも、溶けた金属が円形の穴から出ると円柱状の棒になるが、最初に穴から出だした方が兄で、樹木で言えば根元に相当。後から形成された部分が弟、つまり木で言えば先端になり、エネルギーは兄から弟の方向へ流れやすいとカイザーサウンドでは考える。



「カイザーゲージ」
今回は説明しないが、音のいい長さを数値化したものがカイザーゲージだ。これを使って、コンポーネントの中の配線、信号ケーブルやスピーカー、電源ケーブルの長さ、部屋や音響パネルなどのサイズを決定していく。部屋の中に「ド」と「ソ」の関係をたくさん作り、パワーコードとして響きを良くしようという発想のように思える。


 この物性(という言い方を貝崎さんはしないが)がパーツ自体に、たとえばワッシャーにも存在する。ワッシャーは円盤状のものの中心に穴が開いている形だ。元は鉄板をパンチングして作るが、鉄板自体、溶けた鉄が徐々に延ばされて板状になり、巻き取られたものが最初だ。つまり、ワッシャーひとつにも方向性がある。同じく鉄板をプレスしたスピーカーユニットのスチール製のフレーム(バスケット)にも方向性があるし、溶けたアルミを型に流し込んで作るバスケットにも方向性がある。

 そう言えば、スピーカーユニットには円周方向に音のいい角度があるということをご存じの方もいるだろう。それはボイスコイルからのリード線の位置によるという考え方もあるが、実はそれよりも各パーツ、磁石とかボイスコイルとかヨークとか振動板とかフレームとか、そういうものの方向性がお互いに影響しあってひとつの方向性を形成している方が大きな影響を持っている、ということが貝崎さんの作業に立ち会っているとわかってくる。つまり、振動板からはまっすぐに音(エネルギー)が出ているというイメージが一般的だが、実は音の出方に方向性があるのだ。

 問題はどうやってその方向性を把握するかだ。オーディオであれば音を聴けば鈴木裕もわかるが、逆に言うと、音を聴かないとわからない。それが貝崎さんには音を聴かなくてもわかる。見ただけでもわかると言うし、手をかざすとわかるし、手を動かすとさらに感度高く確実に把握できる、らしい。

 しかし、この作業をやっている姿が、率直に言って怪しい。手かざし、である。同じような動きをする宗教もあるし、ちょっとオカルト的だ。しかし、そのしぐさによって方向性を把握。オーディオでもクルマでもその方向性を総合的に生かしてきちんと組み立てていくと、実際にいい結果が出るのだからまともな感覚に間違いない。



 まだ信用していただけないのであれば、たとえば世の中には電磁波があふれていることを考えてほしい。テレビひとつとっても地上波デジタル、CS、BS。音声メディアも中波、短波、FMに衛星放送のミュージックバード。やれワイファイだブルートゥースだケータイだというように考えていくとおびただしい電磁波が都会には飛び交っている。そういうものが少ない牧歌的な土地にいくと、頭が押さえつけられている感覚がなくなる人もいると思う。そう、悪い意味で電磁波の影響を感じられてしまっているのだ。

 磁力だって目に見えないけれど、その力自体のことや、S極とN極の存在を否定する人はいないだろう。モノには方向性があり、貝崎さんにはそれを把握する能力がある。

 というわけで、いろいろと誤解されているかもしれない貝崎さんの人柄について書いてみた。商業誌のオーディオ雑誌だとついついアンプとかスピーカーといったコンポーネント自体の紹介が多くなってしまうが、オーディオでいい音を出すには使いこなしとかチューニングとかセッティングといった要素が大事だ。自分はそう考えているし、貝崎さんもその点では変わらない。そしてそうした使いこなしの腕が貝崎さんはべらぼうに高いのだ。





ある意味、ローゼンクランツの先行開発室的な意味合いも持つ北志賀の山田さんのオーディオルーム。天井にテープが貼ってあるが、この後、この位置にボードを貼り付けている。ひとつひとつ工程を進めながら音を確認し、完成形へと近づけている。


 さいごにエピソードをひとつ。実際にスピーカーをミリ単位で追い込んでいく時の腕も何回も体験しているが、ただし鈴木裕としては納得がいかないのは左右のフリの角度とか前後方向の位置が微妙にズレていたりするのだ。貝崎さんは「部屋の響きが左右で対称じゃないんだから、間合いを取ってるんですよ」といったことを言うのだが、自分としては生理的に気持ちが悪い。

 先日、北志賀の山田さんの部屋のチューニングをいろいろやっていたのだが、相当に完成形に近い状態になってきた。部屋の前後・左右・上下の剛性とか響きとか音の走り方が揃ってきたのだ。しばらく音楽を聴いていた貝崎さん、おもむろにスピーカーの位置や角度の微調整をし出した。ちなみにそのひとつ前の段階では右chのスピーカーがわずかに内振りが強く、2mmくらいズレていた。まず左のスピーカーを7mmくらい動かし、続いて右のスピーカー。注意して見ていたが、左右を見て同じ場所にしようとか、振りを合わせようといったことはぜんぜんしていない。なのに結果としては僕がバッフルの上端どうしを目で確認する限り、左右の振り、前後方向の位置がミリ単位で見事に合っている。そう、部屋の響きが揃えば、左右はミリ単位でシンメトリーに合う。合ってしまう。

 この人は本物だと思った。

(2017年8月31日更新) 第163回に戻る 第165回に進む

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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