コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第167回/ウィリアムス浩子がちあきなおみを歌った話 [鈴木裕]

 9/16(土)に南青山の能楽堂、銕仙会(てっせんかい)で、「ウィリアムス浩子singsちあきなおみ」と題されたコンサートがあった。ちあきなおみさんは1992年に芸能活動を引退しているが、存命ではあるのでトリビュートライブというわけではない。チラシには「LOVE CALL for ちあきなおみ」とも書かれている。彼女のかつての持ち歌、オリジナルだけでなくカバーした特徴のあるナンバーも歌っていくという内容だ。
 能楽堂という場所自体も興味深いが、楽器編成もおもしろい。メンバーは佐山雅弘 (音楽監督、キーボード)、ブルース・ヒューバナー (尺八)、マクイーン時田深山 (琴)、伊藤ハルトシ (ギター、チェロ)、仙波清彦 (パーカッション)、そしてウィリアムス浩子(歌)。


ウィリアムス浩子。THE JAZZで放送中の『Jazz Japan レコメンド・ニュー・ディスク』に出演中。

舞台の様子

 その内容をかい摘んで紹介しておくと、まず尺八が独奏しながら本舞台に上がっていき、席につく。そして他のミュージシャンも切戸口からしずしずと出てきて自分の楽器の前に板付く。さいごに着物姿のウィリアムス浩子が橋掛かりを通って登場、歌い出すという導入部。曲間での一般的なおしゃべりはほとんどなく、浩子さん自身による短い曲紹介や、途中ではインストゥルメンタルにナレーション(浩子さんとは別のナレーターによるもの)がかぶり、ちあきなおみについての客観的な情報が入れられたりもする。着替えは二回あり、二つ目の衣裳は黒いドレス、三つ目は、翡翠色に黄金が入った帯をドレスに仕立てたものだった。着替えの間は、ちあきなおみの持ち歌のフレーズを編曲したインストでつないでいく演出で、全体としてよく構成された、完成度の高いものだった。

 その中でも最大の特徴は歌自体だ。
 感じた要素は3つある。ひとつはヴォーカルコントロールの異常とも言える広さ、深さ。ふたつめに歌詞のイメージの表現力の強さ。3つ目に演劇性。具体的なわかりやすい例として「矢切の渡し」での歌を紹介しておこう。
 この曲、一般的には細川たかしのヒット曲として知られている。他にもたくさんの歌手によってカバーされているが、もとはちあきの1976年のシングル『酒場川』のB面曲だ。ウィキペディアによれば「プロデューサーだった中村一好をはじめとする製作陣は本作をシングルのA面として発売することを希望したが、ちあきの希望で「酒場川」がA面に」、「矢切の渡し」がB面曲になったという。しかし6年後に梅沢富美男の舞踊演目に使われたり、TBS系列のテレビドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』の挿入歌として使用され、その1982年に「矢切の渡し」がA面曲としてシングルカットされている。

 どこかで歌詞を把握していただきたいのだが、冒頭、女が「連れて逃げて」ということをいい、男が「ついておいで」と応えるところからこの歌は始まる。まずこの歌いわけだ。ちあきなおみの歌唱でも、女の声と男の声がきちんと描き分けられているのだが、おそらく意図的に抽象的な女、男として描いているように感じられる。浩子版ではより肉付けがしっかりしており、男女のそれぞれの性格が細かく、しかも骨太に描写されている。そもそも女の声の細さと男の声の太さのヴォーカルコントロールが見事だ。体験した感じをそのまま書くと、まず「その女」がウィリアスム浩子に憑依してしまったように感じ、続いていきなり「その男」がウィリアムス浩子に憑依するような、そんな表情や手先や肩の動きが、演劇的にも表現されてしまう。

 そう書くと、何かデフォルメしたような、やりすぎたような感じになってしまうが、表現としてしなやかだったのだ。今回、ユーチューブでちあきなおみの広い年代に渡るさまざまな機会の歌を見てみたのだが、デビューから92年の引退までの20年あまりの間に、歌はその複雑な要素が削ぎ落とされ、アクセントやビブラート、表情は抑制的になり、歌詞そのもの、メロディそのものをもって表現しようという指向が強くなっていったように感じた。ちあきと比較されることもある美空ひばりは、むしろその時々の感情を歌に乗せてディープに歌っていく方向の変遷を遂げたのに対して、対照的な変化の方向性を持っているように思える。そういうちあきなおみの歌手としての進化の延長上で、ウィリアムス浩子が自分のカラダを使ってヴォーカルを具現化してみせたように思った。


出番直前

着物姿の浩子さん。
 おもしろいなと思ったのは、ちあきなおみが友川かずきに依頼して作詩・作曲してもらった「夜へ急ぐ人」。これは本当はちあきなおみさん本人に取材しないといけないのだが推測で書くと、自分の従来からの歌い方を乗り越えるというか、新たな可能性を探るというか、自分の別の面を見てみたかったというか、そんなことを考えさせる楽曲であり、歌唱だ。アヴァンギャルドでもあり、攻めた歌だと思う。

 ある意味、ウィリアムス浩子にとってはこの「ウィリアムス浩子singsちあきなおみ」というライブ自体が、ちあきなおみにとっての「夜へ急ぐ人」の役割だったのかもしれない。その中でも浩子さんバージョンの「夜へ急ぐ人」と「カスバの女」は攻めていた。深く掘っていた、ツルハシの先端が岩盤に突き当たってケガしてしまうんじゃないかと思うほどに。いったい誰がどういういきさつで企画立案されたライブかはわからないが、終演後に控室に行って浩子さんと話してみると、清々しい表情で「やってみたかったんです」と言っていたのが印象的だった。やってみたかったことはやはりやるべきなのだ。我慢をしていてもいいことはない。時にはケガもする場合もあるかもしれないが、折れた骨はより強くなるともいう。

 その後のメールでのやりとりの中で、僕が浩子さんに、「ちあきなおみさん本人が聴いたらどう感じるんだろうとも思いました。公式にはノーコメントにしていて、どこかで浩子さんに会った時に、こっそりと「あんた、あれ良かったわよ」みたいに言ってくれるかもしれませんね」と書いたところ、浩子さんは「私も聞いてみたいです。お話してみたい。あれは鼻からはどのくらいの息を出してましたか?とか(笑) 聞きたいこと沢山です」とあくまで意識的に歌をうたう人としてのディテールにこだわっている。口腔のどの部分を使い、舌の位置や、顔の筋肉の使い方、肺からの息も口と鼻との両方からその割合を考えながら吐出していくことをコントロールする歌い方。浩子さんって、実はそういうことを考えるタイプの歌い手なのだ。同時に本番では無心になって歌の世界を体現していく。

 当日はビデオカメラが入っており、12月くらいにはDVDとブルーレイで販売されるようなので興味のある方は注意していてほしい。再演するといったことは何にも考えていないようだが、あんな凄いものを見せられたら周囲はほっておかないだろう。

 アンコールは「冬隣」で、地球の夜更けに、先に逝ったあの人を怨みながら酒を呑む、という内容。無性に飲みたくなったのは言うまでもない。蛇足ながら、オーディオでも性格俳優が強いキャラクターの役をやるのではなく、ニュートラルな俳優が演技力によってクセの強い役を演じられるのがいいオーディオと考えているのでそのことを後半に書くつもりだったが、コンサートの余韻にふさわしくないと思ったので割愛。なんでも書きゃあいいってもんでもないし。その代わりと言ってはなんだが、もしコンサートをご覧になった方は反芻を、見ていない方は想像していただくために、浩子さんに確認したセットリストを載せておきたい。

【当日のセットリスト】
・雨に濡れた慕情
・夜間飛行
・矢切の渡し
・紅とんぼ
(着替え)
・港の見える丘
・星影の小径
・カスバの女
・黄昏のビギン
・朝日のあたる家
・氷の世界
(着替え)
・喝采
・夜を急ぐ人
・紅い花
・冬隣(アンコール)

DVD「ウィリアムス浩子 ちあきなおみを歌う」
 約90分(11月上旬完成予定)
 *特製カレンダー付き 
 DVD・ブルーレイ 各¥4,980
<予約・販売、問い合わせ先>
 〒160-0022 東京都新宿区新宿6-24-1 ル・トリアングル
 TEL:03-3200-3090/080-5420-6650
 Fax:03-3203-6521
 Email:l-tonpa@yg8.so-net.ne.jp
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鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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