コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第172回/生島昇氏のお宅で聴かせてもらったパラゴンは[村井裕弥]

 2017年中に書くコラムも、これを合わせてあと2本になった。これまで57本も書いているから、「毎月、よくフリーテーマで書けるねぇ」とおっしゃる方もいるが、ライターは「新製品レビューだけ書いていればよい」というものではない。問題意識を持って実験を繰り返し、公けの場でオーディオ愛好家に問題提起し、気になるところへは自腹出張。「頼まれないテーマの原稿」も書いて、世の中の流れを少しでも望ましいほうに導く。それがオーディオライターの使命だと考えているからだ。

 2017年に書いたコラムを改めて読み返してみると、JBLパラゴンと出水電器試聴会に力を入れた年であったことがわかる。前者は『Stereo』誌4月号P121、5月号P55、10月号P68、12月号P103に記事が載っているので、ぜひお読みいただきたい(そのあとも6軒取材に行っているのだが、どこに載せられるかは不明)。


 パラゴン訪問記は、それらに加え筆者の番組「これだ!オーディオ術」でも、11月に取り上げている。そのため、「何でいまパラゴンなんだ!?」というお問合せもときどきいただくが、そういうときは「現代スピーカーが失ってしまった野性に関心があって」と答えることにしている。

 すべての人に、筆者の趣味を押し付ける気は毛頭ないが、スピーカーの能率は最低92dBほしい!(97dB以上あれば、なおうれしい)そういうスピーカーは、それ以下の能率の製品より、音がスパーン(!)と飛んでくるし、小音量再生でもボケることがない。
 よく「わが家は大音量出せないから。小型スピーカーでいいんだよ」とおっしゃる方がいるが、小型スピーカー(概して低能率)の真価を引き出すのには大音量再生が必須。どこの何とはいわないが、某有名小型スピーカーは「壊れる一歩手前の超大音量再生が最高!」とまでいわれている。
 100%そうだと決め付ける気はないが、低能率スピーカーの多くは「欠点つぶし」で作られているのではないか。「ここのピークをつぶさなきゃ」「ここの共振を抑えなきゃ」そうやって欠点の少ないスピーカーが作られるわけだが、そういうスピーカーの多くは「厳しくしつけられた優等生」のようで覇気に欠け、長く聴いている気がしないのだ。

 それに比べて、高能率なヴィンテージ・スピーカーは、多くが「やんちゃな暴れん坊」。もちろんそのままで快適とは限らぬが、こういう製品の気になるところだけ対策するためのグッズは山ほどある。それらをやたら装着すると、「低能率優等生スピーカー」と同じになってしまうから要注意だが、なあに「行き過ぎたな」と感じたら、その時点で引き返せばよいだけのこと。
 『Stereo』誌の不定期連載には書いていないのだが、筆者は生島昇氏(ディスクユニオンJazz TOKYO店長)宅のパラゴンも聴かせてもらっている。謙虚な生島氏は「全国のパラゴンを聴いて回っている村井さんがわが家の音を聴いて、どんなコメントを残すか興味津々」などとおっしゃるが、まずはここまでの苦労話からうかがった。


 ――驚いた。まさかそれほどご苦労されていたとは…。すでにご存じの方もいらっしゃろうが、生島氏のリスニングルームは、アコースティックエンジニアリング(アコースティックラボ)が作った「信じられないほど、音のよい部屋」だ。筆者はこれまで様々な施工例を聴いてきたが、どこのどの部屋を訪ねても、ひたすら感心させられるばかり。だからパラゴンだって、この部屋にポンと置けば、それだけでよく鳴るものだと思い込んでいたのだ。


 しかし生島氏にいわせると、「いやいや、とんでもない」。なんでも野生の猛獣を部屋に放ったようなものであったという。「それまで使っていた半導体のアンプはとても使えなかった」ともいう。
 現在生島氏はマッキントッシュのプリと管球式パワーアンプでパラゴンを鳴らしているが、これは「マッキントッシュで鳴らせばうまく行く」といった底の浅い話ではない。様々なテクニックに精通し、その一つ一つを耳で確かめてきた生島氏だからこそ、ここに到達できた。そういう話だ。
 3時間ほど滞在させてもらったが、そのときかかったのは(SP盤をふくむ)アナログ・オンリーであったと記憶する。「全国のパラゴン設置店と比べてどうですか?」と訪ねられた筆者は「全然違う!」としか言いようがなかった。
 ジャズバーやジャズ喫茶に設置されたパラゴンは、不特定多数のお客様向けに調整(調教)されている。だから、ジャズやオーディオにのめり込んでいないお客様も、心地よく時を過ごすことができる。どんなディスクをかけても「これは苦手」というようなことはまずない(そんなことがあったら、商売にならないから)。
 そこへ行くと、生島邸のパラゴンは、いまだ「野生そのまんま」に近い。生島氏は「ずいぶん調整したんですよ」と笑うが、ここに搬入された直後の音を知らない筆者にいわせると「いったいどこを調整したんですか!?」

 巨大なライオンがそこにいて、聴き手に向かって吠え続けている。時折襲いかかったりもする。ちょうどそんな印象なのだ。
 生島氏は、そんな野生動物に芸をさせるかのごとく、様々なアナログ盤をかけてくれる。そのクォリティは、もう「低音がどうの、高音がどうの」といったレベルではない。
 もちろんすべてのパラゴン・オーナーがご自宅でこのような過激な音を出しているとは思えぬが、「個人のためのパラゴン」と「お客様方のためのパラゴン」はこんなにも違うのだと痛感。念のため付記しておくが、これは「どっが上とか、どっちが下とか」そういう話ではない。
 この頃パラゴンのことばかり語っているから、「村井さんもいつか買うんでしょ」といってくれる人もいるが、生島氏のような猛獣使いにはなれそうにないから、たぶんもう少し飼いやすい獣と添い遂げることになると思われる。
 オーディオって、奥が深いのだなあ。そんなことを改めて考えさせられた2017年であった。

【緊急告知】
11月17日(金)、音楽之友社から「オーディオ『お助け』ハンドブック」が出た。
村井は巻末「記憶に残る銘機50選」12ページを担当。47年間のオーディオライフを振り返り、書きたいことをありのまま全部書いて、そのまんま活字にしてもらったので、ぜひお読みいただきたい。
詳しくはこちら
(2017年11月20日更新) 

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村井裕弥

村井裕弥(むらいひろや)

音楽之友社「ステレオ」、共同通信社「AUDIO BASIC」、音元出版「オーディオアクセサリー」で、ホンネを書きまくるオーディオ評論家。各種オーディオ・イベントでは講演も行っています。著書『これだ!オーディオ術』(青弓社)。

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