コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第191回/アナログ盤からビニールの響きを除去すると聞えてくるもの [鈴木裕]

 たとえばカートリッジ。そのケースを取り去ったらどんな音になるんだろうか、と思う。そんな疑問と、そして結果の良さを反映してかオルトフォンにもベンツマイクロにもそういうモデルがある。ベンツマイクロで言えば、細部は違うがケースがあるのがLUBY Z。そこからケースを取り外したのがSLR Gullwingという関係だ。

 デノンDL-103などでケースを取り去る改造をやっている人もいるし、モディファイして売っているショップもある。メーカー製にしろ、ショップ製にせよ、やってみたら良くも悪くもケースの響きのない音が出てきて、「そうそう、そういうことなんだよ」と納得する人もいると思う。趣味性が強い分野なので、やっぱりケース付きの音が好きという人も多いはずだ。カートリッジのケースを取り去るのはけっこう難しい改造だがやってやれないことはない。

 で、タイトルの件である。レコード盤からその素材であるビニールの響きを取ったらどんな音になるのだろう。レコード盤自体に固有の響きなんかあるのかという方も多いだろう。ターンテーブルシートやスタビライザーのテストをあれこれしていると、ビニールの響きがレコードにはある、というのを把握することになる。流行りの言葉で言えばヴァイナルで、ヴァイナルというとかっこいいが、ビニールって言うと急に安い響きがしそうだ。

 以前、テクダスのアナログプレーヤー、Air Force Oneでレコードを聴いた時にビニールの響きを感じないような音を体験したことがある。そもそもレコード盤面のサーっというようなサーフェスノイズがしなくなるプレーヤーだが、音楽の音にもビニールの響きを感じさせないのだ。さすが超弩級のアナログプレーヤーだ。


ベンツ・マイクロのMCカートリッジ、SLR Gullwing。基本的に同社のLUBY Zの木製のケースを取り外したような構成を持っている。

DENONのDL-103系のカートリッジのプラスチック製のケースを取り外し、台座にアルミのパーツを付加している(でんき堂スクアエ店のウェブサイトから転載)。
 ご存じのない方のためにちょっと紹介しておくと、本体は異種金属3層構造で重量が43kg。メインプラッターは鍛造加工のステンレス製で19kg。その上にアッパープラッターが被せてある(材質については3種類、いやプレミアム仕様だとチタニウムや超超ジュラルミンからも選べるので5種類か)。プラッター全体は空気で浮上しながら回転するが、その浮上したプラッターがレコードを吸着するバキューム機構も持っている。圧倒的な存在感を持つアナログプレーヤーだ。アームなしで720万円(ベースモデルの、消費税なしの価格)という額も世界的に見れば高くない。経済力の高い方には是非、使っていただきたい逸品だ。

 ただし自分も含めて、そこまでの経済力のない人でもビニールの響きのない音を楽しみたい方もいるはず。そこで紹介したいのがオーディオリプラスのターンテーブルシートだ。材質は超高純度の石英だが、レギュラーモデルのTS-OPT 300 HRと、限定でリリースされたTS-OPT 300SS HRというのも存在する。このふたつの違いは表面仕上げだけで、曇りガラスのようなスリ仕上げがレギュラーモデル。ダイヤモンドの粉を使って透明に磨き上げたスーパーサーフェス仕様が限定のSSモデルという関係。

 作動の仕組みを紹介しよう。レコード盤のビニールという素材の振動モード(共振点)をHG-HR石英ガラスに密着させることによって、石英の持っている可聴帯域をはるかに越えた高い帯域に変化させる、という原理。HG-HR石英は硬いものなので振動を吸収することは出来ないし、610gという重さや4mm厚という薄さでは振動を押さえ込むことも無理だろう。ビニールを石英に密着させることによってその共振点(これが固有の響き)を聞えなくするという説明は受け入れやすい。そしてSS仕様では「レコードのトレース面に接する部分を分子レベルでフラットに研磨。表皮効果時に発生する伝播歪みを完全に排除」しているという。密着度を高めているので、より効果が高いというわけだ。

 『オーディオ・アクセサリー』誌のvol.168vol.169と、2号連続でこれらのターンテーブルシートを聴いている。自分の書いた文章を一部引用しつつ、音のことを書いてみよう。


『オーディオ・アクセサリー』vol.169の記事。写真の左がスリ仕様のレギュラー品。右が限定のSS仕様。
 まずレギューラモデル、スリ仕様の方。ラックスマンPD-171Aでテストしているが、純正のゴムのシートからリプラスに交換すると、2~3dBも音量が大きく感じる。純正で装着されているゴムのターンテーブルシートと比較すると、きわめて硬い物性なので音が逃げないようなのだ。ウッドベースの低音が立体的によくほぐれつつ太い音で出て、スネアやピアノの高音域はキメが細かくなりつつも鮮明でリアル。音の背景が静かで、演奏中も客席のガヤが臨場感を高めている。ナラュラルな音色感で、最低域の立ち上がりの成分が見事にガツッと出てくる。ヴァイオリン・コンチェルトでは、オーケストラのハーモニー感が実に素晴らしく、何より背景の静かさ、ビニールの響きがないことにより、細かいところが良く見えるし、聞えてくる。特筆すべきは、ソロヴァイオリンの高域で、その倍音が見事に伸びつつ、したたるような音色が本当に美しい。
 音の向上する度合いはかなり著しく、何かの機会に聴いた人が購入する確率は高いという。しかもその人がオーディオ好きの知り合いにどうやら聴かせるらしく、しばらくは続いて売れていくそうだ。

 スリ仕様のレギュラーモデルの取材は2月だったが、その取材や執筆の後、「SS仕様が出来たのでちょっと聴いてみてほしい」という依頼がリプラスからあった。送ってもらって自宅で聴いたのだが激しく良かった。記憶の中のレギュラーのスリ仕様と比較してもあまりに良くて、こう編集部に連絡した。「大変恐縮ですが、編集部に残っているはずのスリ仕様を送って下さい。自宅でガチンコで比較してみたいです」と。出版社の試聴室のラックスと、自宅のクズマといった環境も違うので同じ条件で聴いてみたかった。そこで両者を自宅で試聴。その後に、雑誌用に自宅を使って同じように両者を比較したのがvol.169の文章だった、というのが裏話。

 スリ仕様を聴いた後、限定モデルのSS仕様を聴くとこんな感じになる。
 「聴きだしてすぐに屈伏した。あれだけ良かったレギュラーモデルと比較してもこんなに違うのか。ビル・エヴァンス・トリオの『ワルツ・フォー・デビイ』の演奏中の客席のガヤの情報量が倍くらいもある。異様だ。このアルバムは再生装置によってその音楽としての魅力が相当に大きく変化するが(中略)、音に勢いがあり、実に奔放な演奏に聞えてくる。いや、これがたぶん本来なのだ。音だけを冷静に着目すると、よりなめらかで、より立った音で、リアルな空間にそれぞれのミュージシャンの音像が洗いざらい見えて来る。」

 そして問題はブラームスのヴァイオリン・コンチェルトだ。ミルシテインがヴァイオリンソロ。ヨッフム指揮ウィーンフィルの演奏だ。聴きだして、フェイズメーションの試聴室で聴いたテクダスのAir Force Oneの音に近いものが出ていると思った。記憶の中の音と比較すると、中低域の密度や安定感はさすがにテクダスが凄いが、少なくとも高域、超高域の感じについては「クズマのプレーヤー+リプラスのSS仕様ターンテーブルシート」からの音も肉薄している。こんな音を聞かされたら理性が効かなくなる。

 こういう時、自分の判断を正当化する何かが噴出してくる。たとえばこんな計算。
  クズマ/STABI S COMPLETE SYSTEMⅡ \828,000
  オーディオリプラス/ TS-OPT 300SS HR \450,000
 合計 ¥127.8000――


ミルシテイン(ソロヴァイオリン)、ヨッフム指揮ウィーン・フィルの『ブラームス:ヴァイオリン協奏曲』のレコード。左が大学生の頃から聴いている日本盤。右は、このコラムの「第188回/過去からの手紙のような、未開封のレコードたち」の、亡くなったお医者さんの遺したコレクションにあったオリジナル盤に近いレコード。

現在のクズマのプラッターの状態。下の黒い部分がアルミ製のプラッターで、その上に、4枚(5枚)のターンテーブルシートが重ねられている。まず砲金の4mm厚があり、オヤイデBR-ONE(ブチルゴム製1mm厚)、カーボン(ノーブランド。1mm厚)、そしてオーディオリプラスTS-OPT 300SS HR付属の薄い不織布(リンギング防止のためという。これを入れると5枚)、で、TS-OPT 300SS HR本体。

上から見るとTS-OPT 300SS HR本体は透き通っているので存在感はあまりなく、下の不織布が見えている。フォトジェニックとは言いかねるターンテーブルシートだ。

 テクダスが720万円(トーンアーム代が入っていないので仮に80万円とすると、800万円)に対して、130万円弱で近い高音が出てしまうのだ。金銭感覚がおおいに狂っているが、気にしないようにして単純に割り算すると、6分の1であの高域が聴けてしまう! 「その考え方は何かが間違ってますよ」と指摘してほしいが、止めてくれる人がいない。
 こんな計算もある。  あと45年生きられれば、1年1万円分でこの音を楽しめるではないか(45年生きたら103歳ですけどね。もうこのあたり何かが成り立っていない)。きっと自分が亡くなった後も、誰かが引き継いで使ってくれるだろう。減るもんじゃないし、錆びないし、劣化もしない。光学レンズに近い材質らしいので、カビに気をつければいい。

 かくして限定30枚のSS仕様のうちの1枚がクズマの上に回っている顛末。

(2018年5月31日更新) 
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鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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