コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第200回/イスの話[鈴木裕]

 音楽を聴く時に座るイス。これがなかなか決まらない。
 と書くと、いやいやノルウェイのストレスレス・チェアに代表されるような、上質な素材でできた一人用のソファで、オットマンに足をのせて聴くというのが気持ちいいでしょうと言われるかもしれない。ストレスレス・チェアは素晴らしい製品だとは思うが、うちには合わない。なかなかの値段なのでおいそれと手が出ないという事情もあるが、買えたとしてもうちの事情を満たしてくれないからだ。

 まずポジション的に、その状態でノートPCに文章を書いていく作業がしにくい。自宅では、アンプとかプレーヤーのテストをしながらそのまま原稿を書くことはまずないが、音楽ソフトはその音楽を聴きながら書くことを基本にしている。録音評も同じく。また、しょっちゅうCD等を入れ替えるので、立ったり座ったりしやすいものがいい。この段階ですでに多くのオーディオ好き、音楽好きのみなさんとはイスに対して要求する何かが違っている。


ラックの一番上に置いてあるManhattan DACⅡ。このDACプリのちょうど真ん中、床からの高さでいうと、93.5cmの位置が現在の耳のベストポイント。だからイスの座面の高さが大事なのだが。
 次に、気持ちよすぎるのも芳しくないという話。まず眠くなってしまうし、客観的に録音状態や演奏のいい悪いを聞き取ろうとしているのだから。安楽すぎるのはこの目的には適さない。と書くと何かすごくストイックに音楽を聴いているようだがそんなことはなく、コンサートホールの椅子でもやや硬めで、ややアップライトな姿勢のものが多い気がする。それに興味深いものに対しては前のめりというか、受け身的に聴く感じじゃなくなる場合も多い。
 さらに、場合によっては一日に14時間くらい座りつづけて仕事をする場合もある。ありがたいことにたくさんのサンプル盤を送っていただけるし、個人的に聴きたい音楽もたんまりある。なので、そうした長時間の用途に対して腰が痛くならないようなしっかりした造りも求められる。腰痛が出てしまうようなヤワなイスではダメなのだ。


使用しているアヴァロン・アコースティクスのアイドロン。3ウェイのスピーカーで、ツイーターからウーファーや、ツイーターからバスレフポートまでの距離が短くない。これが耳の位置をシヴィアにしている。
 そして、そうした前提とともにもっとも難しいのがその座面の高さだ。シッティングポイントの問題でもあり、耳の位置の問題になってくる。

 うちのオーディオでいろいろとやってきた結果、左右のスピーカーに対してのリスニングポイントは、前後方向や左右方向についてはある程度の許容度を持つようになった。具体的に書けば、左右や前後に二人並んでも、音像やサウンドステージはある程度はまとまって見えることになり、複数の人間が音楽を楽しむことができるはず。ただし、上下方向だけはけっこうそのストライクゾーンが狭い。いまのところ、ジャストのポイントは床から93.5cmの位置なのだが、ここからプラス3センチ、マイナス10センチくらいの耳の位置でしか、合っている音を聴かせてくれない。耳の上下方向の位置に対してシビア。

 そもそもの事情として、以前使ってきたティールCS-7も現在のアヴァロンのアイドロンもマルチウェイで、ツイーターからウーファーまでのユニットが縦方向に並んでいる、ということがある。実際に測ってみると、ティールは約80センチ、アヴァロンはツイーターからウーファーの中心まで47センチ、ツイーターからバスレフポートのある底面まで102センチある。これだけあると、耳の上下の位置に対して、各ユニットまでの距離が変わってしまい、低音、中音、高音の耳に到達するタイミングがズレてしまう。いわゆるリニアフェイズという言葉で語られる問題だ。



 そんなに気になるのかと言えば、これは自分としては譲れないポイントのひとつだ。説明しだすと長くなるので端折ると、各ユニットの発音のタイミングが合うとサウンドステージの上下方向の面が見えてくる。音色感も納得できるものになる。左右や前後よりも、経験的にこの上下のフォーカスを合わせる方が難しい。そして、システムとして整合性のある、ぴったりのポイントを生み出せる再生音を獲得できたとしても、聴く位置が合っていないと本来の音を楽しめない。

 以前使っていたソファは、たしかイタリア製で、造りは安いのだが上下方向の位置はまあまあ良かった。ビニールのソファ本体がダメになってきて、なんと同じ新しいのに買い換えた。しかし残念なことにフレームのサイズが変更されていてシッティングポイントが上がっていたため、新品のフレームは捨てて、新しいソファ部だけを使っていたくらいだ。2代にも渡って座ってきたわけだが、ネガのポイントとしては造りが安くてギシギシいったり、座り心地が安楽でよく寝てしまったこと。それに合わせて適度な大きさの机も購入。ソファの高さに合わせて脚を切って、絨毯の上で滅法良く滑る脚カバーを装着してきた。


以前使っていたイタリア製のソファ。耳の高さは良かったが……。

以前使っていたクルマ用のシート、レカロSR-3。シート自体はいいのだが、高さや剛性感を満足させるスタンドが難しかった。
 そして、たしか2017年の夏くらいに導入したのがクルマ用のイスのレカロSR-3だ。中古の本体を業者が革仕上げに貼り直したものを購入。オーディオ用としては耳の後ろまで背もたれがあるのはマイナスではないかとか、布ではなく皮革仕上げなのは音の反射があって芳しくないかとか思ったが、SR-3自体好きな形で好きな仕上げだったのでとりあえず導入してみた。こういうところは意外と理屈が通っていない。使ってみてダメだったらまた考えようと。

 レカロを使う場合の問題点は最初からわかっていて、脚というかスタンドを何にするかだった。まず低めの脚を購入。3カ月くらいたって高めの脚を手に入れて使ってきたが、どうしてもしっくり来ない。黒い低い方はキャスターがついていたのだが壊れてしまい、キャスターを取り外して位置的には低くなってしまった。下に木の板を何枚か重ねた時もあった。さらにスチールパイプを曲げて形成した本体の剛性が若干低く、どうも気に食わない。
 クロームメッキの高い位置の方はしっかりしていて見栄えもいいのだが、なにしろやはり位置が高い。スピーカーの下に敷くオーディオボードを重ねて、スピーカー側を上げてみようかとも思ったが、また別の問題が勃発してくるだろう。昔レースをやっていた時のメカニックに頼んで高さをカットして溶接してもらうことも考えたが、さすがにちょっと強引だし、仕上がりはきれいにならない。ちなみにレカロ自体の、耳の後ろまで背もたれがあるとか、皮革という材質の反射については実際に使ってきて気にならなかった。


レカロ用の脚(スタンド)。下の黒いのが低い上に剛性が足りない。上のクローム仕上げのものは剛性はいいのだが、位置が高すぎる。

そして、購入して使いだした赤いソファ。座面の高さや座り心地などはいい。個体としては状態はあまり芳しくない。どれくらい使っていけるのか。
 ということでいろいろ考えた末にこんど購入したのが赤いソファだ。これはと思って購入したのだが、さてどうなることか。来たばかりで座ってとりあえずの高さはいい。デザインも気に入っている。中古と言うと、ヴィンテージの味わいみたいないいイメージもあるが、来た個体はシミがあったり、布の表面が薄くなっていて、予想外に芳しくない状態だった。ま、とりあえず、音だ、座り心地だ。シミとかボロいのは目をつむろう。座っていれば見えないし。

 こうなると自作すればと言われそうだが、そこまでやるんだったら上下に±10センチくらい高さ調整が出来るものにしたくなる。ケーブルを交換したりするとベストの高さが変わって来るからだ。いやはやイスひとつとっても実に面倒。
 と書くと、自分が一番面倒な奴だからでしょ、と言われるのは折り込み済みである。

(2018年8月31日更新) 第199回に戻る 第201回に進む 
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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