コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第204回/銚子のGREY、四谷のいーぐるでそれぞれの「愛」を感じた9月 [田中伊佐資]

●9月×日/銚子にある「GREY」にステレオ編集部が取材に行くというので同行させてもらった。「レポートを書きませんか」と打診されたが、たまには仕事抜きで遊びに行きたい。頭のなかは、漁港界隈で海鮮丼を食うことでほぼ占領されていたことでもあるし。

 それに「GREY」といえば、トーレンスTD124のレストアで知られ、レコードはクラシックがメインだ。僕が使っているヴィンテージ機器は、もろアメリカンでしかもジャズばっかり聴いているから、まるで対極。なけなしの知識を絞ってあくせく取材するより、向こう側の音をゆったりと満喫したかった。


銚子「GREY」にあったガラードのオートチェンジャープレーヤーMODEL R.C.80

 想像に反して「GREY」は工房というよりもヴィンテージ・ショップの雰囲気が強かった。TD124だけでなくヨーロッパ系のアンプやスピーカーが広い店内に置かれている。ただし、これくださいと言ってすべてパッと持って行ける感じでもなく、調整中、または調整を待っているストックが多い。

 ちょうどTD124の初期モデルをレストアしている最中だった。ばらした部品がきれいに並べて置かれている。エンジニアがネジ1本から手間をかけてクリーニングしている。パーツによって磨く布地の種類を変えていた。洗いざらしのジーンズもある。とにかくここは念入りにメンテナンス調整することで有名だ。様子をちょっと見ただけで、職人魂を感じる。

 面白いスピーカーが多い。ユニットが上を向き360°放射型もあれば、壁に当ててその反射音を聴くタイプもある。


音を壁に当ててその反射音を楽しむスピーカー。背面に英国Barker社製12インチユニットDuodeが収められている

 オーナーは僕がジャズ&ロック系好きであることを知らないのに、なぜか店にある唯一のロックレコード、ディープ・パープルの『ライヴ・イン・ジャパン』をかけた。おまけのそれは世界初盤に当たる国内3000円盤だった。

 さすがにこの店はロックといえどもオリジナル盤にこだわるなあと感心したが、オーナーはそのことをまったく知らず、予期せぬプレミア情報に少しうれしそうだった。

 店から程近い木材加工の作業場にも連れて行ってもらった。ここで124のキャビネットやエンクロージュアの修復や製造を行っている。

 木材の削りかすが散らかるだけでなく、そこは土間なので風ぼこりも入ってくる。そんな悪環境なのにエンジニア氏はレコードを聴けるシステムを組んでいた。

 いくらレコード好きの僕だって、こういう場所ならラジオ程度に自制するが(まあ、できればミュージックバードですね)、これはもう本当に強いレコード愛がそうさせているとしか思えない。念には念を入れたレストアのスピリットを別の形でまざまざと目撃した気がした。


●9月×日/ジャズ批評の「喫茶とオーディオとレコード」を巡る連載も来年で10年目を迎え、訪問した数も40店以上になった。

 そのなかで四谷の「いーぐる」にはまだうかがっていない。誰もがよく知っている老舗の人気店だし、オーディオのことは店主の後藤雅洋さんからみっちり話を聞き、それがすでに大っぴらになっている(第174回)から、いまさらな感じがしていた。


「いーぐる」の選曲リスト。現在785パターンもあり常に増加は続いている

 とはいえ「いーぐる」に行っていないのも不自然だ。この連載を本にしたい出版社も現れて、来年には形にしたいが、このままでは僕が後藤さんから出入禁止をくらっていると人から勘ぐられても仕方がない。連載のいつもの調子にはならないことを想像して、いーぐるに向かった。

 いつもながら後藤さんの話は面白い。


同店のオーディオシステム。上からマークレビンソンNo23.5L、アキュフェーズC280V、デンオンDCD-SA1、ヤマハGT-2000。なお客席側にあるスピーカーはJBL4344MarkII

 「カマシ・ワシントンやスナーキー・パピーら新世代ジャズは、過去のジャズ・ジャイアンツと底辺ではつながっている。彼らがわからないのはジャズがわからないのと同じ」と僕も含まれる頭が固いジャズオヤジへチクリとしたところで「そういうジャズをモダンジャズと混ぜながら店でかけるのは難しくないですか」とたずねてみた。

 すると「それは簡単ではないよね」と言いながら、カウンターの奥へ消え、バインダーのようなものを数冊持ってきてくれた。開けてみるとそれはいーぐる秘伝の「選曲リスト」だった。

 リストは約2時間をひとつのまとまりにしたコンピで「ミュージシャン、作品、曲」が書かれている。

 いまかかっているのはスタンリー・タレンタインの『ネバー・レット・ミー・イット・ゴー』A面で、リストでは571番目のブロックに入っている。

 なんとこれが全部で785パターンもある。毎日欠かさず店で8時間聴いていても、同じパターンに巡り会うのは半年以上先。すべて後藤さんが編んでいる。

 「選曲の妙で演奏の印象がだいぶ変わるんです。面白くもなんともなかった演奏が、その前後を入れ替えるだけでガラッと変わってよくなる」

 いーぐるが選曲に全力投球している理由を明らかにしてくれた。少しでもいい演奏をお客さんに聴かせたい。とりもなおさず、それは後藤さんのジャズ愛だ。

(2018年10月10日更新)

◆オーディオ誌、ミュージックバードの番組でも活躍し、
当コラムを執筆していたオーディオ評論家の村井裕弥さんが逝去されました。
心よりお悔やみ申しあげます。


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田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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