コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

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第208回/大分の「あーでん」、熊本の「ジャレット」に寄った11月[田中伊佐資]






●11月×日/福岡の義妹へ会いに行くついでに、大分~熊本をクルッと回る小旅行に出た。


 大分では湯布院に一泊。せっかく来たのでカフェ「あーでん」に行きたかったが、翌朝、10時に店が開く前に発つため、泣く泣く看板スピーカーJBLパラゴンを聴くことはあきらめた。

 ところが別府まで行って真っ赤な「血の池地獄」を眺めているうちに、どういうインスピレーションが働いたのか、温泉旅館へ忘れ物をしたことに気づく。予定を変えてUターンする羽目になった。そこできっとこれも何かの縁だろうと、開いたばかりの「あーでん」に少しだけお邪魔することにした。



「あーでん」のスピーカー群はパラゴン、タンノイRHR、スペンドール

 湯布院に行くなら「あーでん」に寄れ。そんな意識が僕の頭のどこかにあり、根拠はどうしても思い出せない。そしてなぜか70年代から続く老舗だと刷り込まれていた。

 靴を脱いで店内に入ると大きなガラス窓から柔らかい日差しが注ぐハイセンスなムードが漂っている。きっとこれは昔から続いた古い店から引っ越してきたのだと想像を巡らす。








パラゴンのネットワークは特注


 ジャズやオーディオにうるさそうなオヤジ店主はおらず、女性の店員がいる。だがアルバイトで働いている雰囲気ではない。オヤジの娘さんかなあなどと憶測を重ねていると


 「きょうのスピーカーはスペンドールです」


と断りがあった。スピーカーは日替わりのようだ。

僕は期せずして来店できたことに満足しているので、どのスピーカーが鳴ろうと構わない。

 『カンターテ・ドミノ』が静かに流れ出した。室内の天井が高く、エア・ヴォリュームがある録音なのでとてもマッチしている。とても気持ちがいい。

 あーでんブレンドを飲みながらつらつらその方と話をすると「叔父が持っていたオーディオを引き取って、この店を始めた」ことが判明した。

 つまりこの方は店主であり、昭和から続く情報はなにかの間違いで、というかそれは僕の勘違いも甚だしく、どこからか引っ越してきたわけでもなく、始めからここで営業していた。勝手な想像しているにもほどがある。

 自宅に戻ってから、「ジャズ批評」のバックナンバー「ジャズ日本列島 61年版」(1986年)を見たが、店はまだできていないので当たり前だが載っていない。同誌2005年版に店名はあったが、妄想の出発点になるようなことは1行も書いていない。


 まだ訪れたことのないジャズ喫茶で、このように定かな裏付けもなく、あるイメージを抱いている店が2つや3つはある。その正否をすぐにでも見定めたい気もするけれど、それはそれでいつかわかればいいだろう。






●11月×日/熊本に到着。その晩「カフェ・ジャレット」に行く。スピーカーはJBLのエベレスト、アンプはマッキントッシュ。5年前のオープンなので、「あーでん」のような変な思い込みはない。

 店の前に立つと貼り紙があった。年内閉店。衝撃的な告知がそこに記してあった。初めて行く店だろうと、これは無性に寂しい。だが別の解釈をすれば今回の訪熊でぎりぎり間に合ったともいえる。



「カフェ・ジャレット」のスピーカーはエベレスト。棚のCDは300円で販売中




 大型のスピーカーとアンプが並ぶと、ジャズよりオーディオ度が高くなる光景だった。そういうジャズ喫茶は実に少ないから余計に惜しい。

 棚にずらっと並んだCDが300円均一で売られている。僕は店主に「売っちゃうんですか」みたいなことで声をかけてみた。閉店までまだ1か月以上ある。人気のある盤から売れていくだろうから、年末にはパッとしないジャズしかかからなくなるだろう。

 それはまったく余計なお世話だった。すべてのCDは取り込まれていて、リンのクライマックスDSで再生していると教えてもらった。なるほど小気味よくランダムに1曲ずつ再生されている。そのたびにジャケットが正面のスクリーンに映る。

 僕は完全にレコード派だが、LPのA面とB面のドラマ性とか片面を通しで味わうと意味といったことに強くこだわっていない。途中の曲からかけることはしょっちゅうやっている。だから1曲終わるごとに、次はなにがかかるのだろうかと期待させるこのやり方は好きだ。


「オーディオは売らないのですか」と興味本位で尋ねたら「これを手放したら、もう買えないからね。自宅で聴きます」とのこと。

 店名はもちろんキース・ジャレットが由来になっているが、キース本人がこの店の存在を知っていることは人を通じて確認しているそうだ。

 CDは4000枚あったうち2000枚は売れたらしい。ちらっと見たけどまだまだ結構いいものがたくさんあった。

(2018年12月14日更新)

 

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田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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