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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第211回/どうしていいかわからないオーディオ初心者の人に[鈴木裕]

 ミュージックバードのコラムをアップしてもらっている担当者に、テーマに関してリクエストありますかと訊いたところ、オーディオのことがぜんぜんわからないんですけどどうしたらいいでしょう、というきわめて漠然とした反応をいただいた。音大出身で、ピアノを弾いていた女性だ。よりよく音楽を楽しめるにはどうしたかいいか、というような意味に捉えて、この疑問に答えてみたい。

 現在のところ多くの人にとって一番身近なのは、スマホで音楽を聴くことだろう。まずはこれを聴く時に使うヘッドフォン/イヤフォンを替えると音楽の聞え方がどうなるのか体験してみてほしい。イヤフォン/ヘッドフォン売り場で、複数の機種を試聴できるところ、たとえば東京で言えば秋葉原のeイヤホンに行くと、たくさんの製品を体験することが出来る。各地でも規模の大きな家電売り場であれば、ある程度の製品数が揃っているだろう。

筆者が愛用しているイヤフォンSHURE SE535LTD

 この時に大事なのは、自分の好きな、よく聴き慣れている音楽を2~3曲、試聴用に決めておくことだ。自分の好きな音楽の中でも、サウンドの傾向の違うものの方がいい。たとえば、アコースティックのピアノ曲と、オーケストラとか。ヒップホップのシンセベースの低音がブリブリ入っているものと、ソウルフルなヴォーカル主体のものとか。アニメの音数の多いアップテンポの曲と、アニメでもテンポの遅い音数少なめのバラードとか。ぴんからトリオとピンクレディといったように違う傾向のものを聴いた方が、イヤフォン/ヘッドフォンごとに音が違う面白さを感知しやすい。あるいは、ライブ録音でオーディエンスの拍手が入っているもの、海岸の波とか、渓流の水の音とかも違いが出やすい音の成分ではある。

 最初の段階としては、たくさんの機種の中から何を聴くかの指針もないだろうから、とりあえずは値段で区切るのが得策かもしれない。3千円以下とか、5千円以下とか。まずは何の先入観も持たず、その範囲の中で10機種くらい聴いてみたい。2曲で6分間、10機種で1時間。もし、大して違いはないなと感じれば、買わないで今までのもので聴いていけばいいし、良くはなるんだけど5千円の投資には見合わないと感じれば手ぶらで帰ってくればいい。

 ちょっと説教臭くて恐縮だが買い物というものはオーディオ関係にかかわらず、積極的に欲しくなるものを買った方が成功する場合が多い。なんかピンと来るというか、この曲のこのヴォーカルの聞え方が生き生きとしていいとか、ピアノの音が澄んでいるとか、ヒップホップの低音が気持ちいい、といったようなポイント。音がいいと言うより、好きな音楽をより楽しく、気持ちよく聴けるもの。それを良しとしたい。

担当者が愛用しているヘッドフォンSONY MDR-CD900ST

 オーディオ評論家とかヘッドフォンライターの記事で誉められていたとか、評価が高いものを購入するのもアリだとは思うが、そんなことは気にすることなく、自分は好き、自分はしっくり来ないという観点で聴いて買ってほしい、というのが鈴木裕の心からの願いだ。そして、好きなポイントがあって買って、長らく使っていくうちに、自分が実はこのポイントを好きだったんだというのが後になってわかってくることもある。好きだと思っていたのが実は飽きてくることもある。というか、実は人はけっこういろいろな音が好きなのだ。このサウンドの傾向にはこのヘッドフォンが合っているとか、この人の声はこのイヤフォンがいいというのもある。料理で言えば、甘いものも辛いものもあるし、濃くておいしい料理もあれば、薄味で好ましいメニューもある。

 ちょっと専門的に言うと、音は空気の疎密波だが、それを受けて電気信号に変換するのがマイク。電気信号を空気の疎密波に戻すのがイヤフォン/ヘッドフォン、スピーカー。これらを総称してトランスデューサーと言う。アナログレコードを再生する時に使う針(カートリッジ)もトランスデューサーで、この分野の機材の音については個人個人の好み、趣味性が大きく出るように感じている。特にヘッドフォン/イヤフォンは鼓膜に距離的に近いので、敏感にその差が出てくる。

 さて、ここまでは「音」という観点だが、売り場でいろいろな製品を試聴して手に取っていくと、デザインの好き嫌いも大きいのを感じると思う。色ということもあるし、形もあるし、素材の感じ、仕上げの質感、チープでいい感じ、高級感が心地よいもの、スタイリッシュ、レトロシック、などなど、いろんなデザインが存在する。これに気付くと、もう実はオーディオ好きの最初の階段を登り始めていることになる。そう、イヤフォン/ヘッドフォンという音楽を聴く道具の、その道具自体のモノとしての魅力に気付いてしまったからだ。「趣味とは、その道具自体が目的化することである」という定義があるが、既にその領域に踏み込んでいる。

 何十万円とか何百万円のオーディオというのも、そうした好きな音、好きなデザイン、好きな質感を求めて、グレードアップしていった先にある。他人からは邪魔なオブジェにしか見えなくても、その人にとっては音の気持ち良さと共にモノとして好きなのだ。他人がどうこう言う問題じゃない。

 オーディオって要するに音楽を聴く道具じゃないかというのがひとつの考え方だとも思うが、超高級、超高額なオーディオも、数千円のイヤフォン/ヘッドフォンを選ぶ延長上にある。また、メーカーとかブランドの持っているストーリーと音の関係とか、好きな者どうしの交流とか、あるいは自作の楽しみとか、ネットではなく実際の店を探し歩くといった面倒臭いことが楽しみになってくることもある。オーディオ趣味というと今やずいぶん狭い世界でもあるが、録音された音楽を聴くという広い意味では分母の大きいホビーなのもまた事実。

担当者が愛用しているイヤフォンjaybird freedom2

 と言うわけで、まずはイヤフォン/ヘッドフォンなど、今使っている以外のモノで音楽を聴いてみることを勧めたい。

(2019年1月30日更新) 第210回に戻る 第212回に進む 
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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