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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第216回/新任挨拶早々、スピーカー交換の話 [炭山アキラ]

 このたび、ミュージックバードのコラム陣へ参加させてもらうことになった。リスナーの皆様と、ぜひとも長いお付き合いを願えると幸いだ。

 これを書いているほんの2日前、わが家のリファレンス・スピーカーシステムが交換の運びとなった。ご存じの人もおいでかと思うが、私は「スピーカー自作派」の末席を汚しており、リファレンス・スピーカーもここ30年以上、自分で作ったものを使っている。スピーカーは2系統用意しており、一つは4ウェイのマルチアンプ方式を実験している。ウーファー×2、ミッドバス、ミッドハイ、トゥイーターの4系統5ユニットをチャンネルデバイダーでつなぎ、そのそれぞれを独立したパワーアンプで駆動するという、何ともぜいたくなシステムである。

 とはいっても、私はスピーカー自作派であるとともに、専ら業界の「安い方担当」という意味合いが強い立ち位置なので、マルチアンプといってもそう金をかけているわけではない。特に3台使っているチャンネルデバイダーはすべてミニサイズの廉価品で、ウーファー用は現在発売中の音楽之友社「これで決まる!本物の低音力」ムックの付録を試験的に使用している。残り2台もフォステクスEN15(¥9,900)の2台スタック使用、さらにミッドハイとトゥイーターのパワーアンプも同社AP15d(¥10,700)だから、実にささやかなものである。スピーカー部もキャビネットはもちろん自作、ユニットはすべてフォステクス製で、ユニットまで全部込みにしても20万円ちょっとで組み上がるから、業界人でこんなに廉価なスピーカーを使っている人もそうはおられまいと思っている。

 このたび、本稿を書くに当たってスピーカーユニットの価格を調べようと検索したら、何たることか、ミッドバスのFE168EΣを除いてすべて生産完了になってしまっているではないか。こちらも近いうちに大規模なマイナーチェンジを敢行せねばなるまい。

わが家の"絶対リファレンス"「ハシビロコウ」。フォステクス最強の限定20cmフルレンジFE208-Solに、ローエンド40Hz以下まで欲張った鳥型バックロードホーンを組み合わせた作例である。トゥイーターはフォステクスT925Aに、現在0.22uFのコンデンサーを組み合わせ、様子を見ながらエージングしているところだ。

 先日交換したのは、実はこちらではなくもう1系統のスピーカーである。私はもう学生時分から、自分のリファレンス装置に必ずフルレンジ・スピーカーを入れてきた。しかも、その大半がバックロードホーン(BH)という形式である。亡くなられてもうすぐ19年になる、オーディオ評論家の長岡鉄男氏が世に広められ、その半生を通じて音質向上に取り組まれた方式だ。

 学生時分の私は単なる長岡ファンのオーディオオタクで、バブル期の人手不足に乗じてオーディオ雑誌の編集部へ潜り込み、いつの間にか長岡氏の担当編集者になっていたという者だけに、氏が急逝されてから、自ら編集者の看板を下ろしてライターへ転身し、「BHの灯を消すな!」と、貧者の一灯を捧げてきたつもりである。

 そんな長岡鉄男氏の"発明"に、1986年に発表されたD-101「スワン」をその源流とする「鳥型BH」がある。スピーカーのバッフル(表板)は大きいほど低域を再生しやすくなる半面、バッフル面から反射する音波がユニットの直接音を濁らせ、特にホールの音場感などの微小域の再現を阻害することが多い。ならば小型ブックシェルフ・スピーカーが最善かというと、それらで十分な低域を再現するには内容積が十分でないことが多く、またキャビネットの背圧が大きくなってユニットの動きを妨げることになりかねない。

「ハシビロコウ」の"ご先祖様"というべき、故・長岡鉄男氏が設計されたD-150「モア」。友人の平賀恒男氏が長年使用されているもので、全高1.5mに達する原設計から、首をやや縮めて家庭内で扱いやすくしてある。横幅はわが「ハシビロコウ」よりさらに100mm大きい。

 ならば、高能率のフルレンジを小型の箱に取り付け、そこからホーンを生やしてやればBHとなり、最小のバッフル面積と十分な低域再現を両立することができるのではないか、という目論見で設計・製作された「スワン」は、これまで誰も聴いたことのない超絶的な音場感で一気に人気をさらい、使用ユニットのフォステクスFE106Σは半年以上も秋葉原の店頭から姿を消した、という伝説を打ち立てた。

 その後、さまざまな口径の作例が製作され、また「スワン」そのものも何度かの改良を経て「スーパースワン」へ進化を遂げ、「長岡鉄男の最高傑作」の名をほしいままにするのだが、基本的な成り立ちは第1作から全く変わるところがなく、「スワン」がどれほど偉大な"発明"であったかが知れる。

 長岡氏が亡くなられてから、鳥型BHの作例が雑誌に掲載されることはほとんどなくなった。私自身も「あれは先生のトレードマークだから」と自粛していたのだが、ユニット供給元のフォステクスから「鳥型を作ってみませんか?」と打診があり、FE83Enを使用した2010年の「カイツブリ」を皮切りに、私流の鳥型BHを発表するようになり、幸い好評を頂いている。

 わが家でつい先週まで働いてくれていたリファレンスSPもう一方の雄は、2011年に発売された限定の20cmフルレンジFE203En-Sを用いた巨大な鳥型BH「シギダチョウ」だった。

 これまでの長いオーディオ人生で、一番好きなスピーカーは何かと問われれば、一も二もなく長岡鉄男氏の「モア」と答える。怪物的限定20cmフルレンジFE208SSを使った巨大な鳥型BHで、氏自身「あまりにも実用性がないので発表はしない」とおっしゃっていたのを、「オーディオフェアのイベントで鳴らしましょう」と口説き落とし、作っていただいたものである。

 大勢の助っ人に参集してもらっても製作は難航を極め、音が出る頃には夜10時を過ぎていた。しかし、アンプにつないで音が出た瞬間、その場の全員が言葉を失い、音へ釘付けになった。そこでミュージシャンが演奏しているとしか思えない、異様なまでの生々しさと実体感、レンジも両端にどこまでも伸び、超ハイスピードの超低音が48畳・天井高5mの広大な方舟(長岡氏のシアタールーム)全体を揺さぶる。

 この「モア」は、私がその場で手を挙げれば自分のものにすることができた。しかし、当時住んでいた6畳アパート(しかも2階)には、どこをどう工夫しても搬入することがかなわず、涙を飲んで見送らざるを得なかった。その後「モア」はチャリティ・オークションにかけられ、確か山梨県の工業高校の先生が「授業で使いたいから」と落札されていったと記憶するが、落札された先生と「モア」は、今もご健在だろうか。

 あの時「最愛の人」と離れざるを得なかった体験は、今なお棘となって心の奥に刺さっている。それでFE203En-Sの登場に際し、「家庭内に入れられる『モア』を作ろう!」と一念発起、設計・製作したのが「シギダチョウ」である。「モア」比でずいぶんダウンサイジングしたおかげで、低域は50Hzから下がスッパリと出ていないが、それでも広大な音場感と仰天の実体感、切れ味は「モア」をどこか彷彿する域へ達することができ、以来わがフルレンジのリファレンスとして長く使ってきた、というわけだ。

 転機は2017年、あの「モア」に使われていた「史上最強」と名高い限定ユニット、FE208SSを21世紀に蘇らせたような怪物FE208-Solの登場に伴い、再び「家庭用『モア』へ取り組もう」と決意したのが始まりだった。「シギダチョウ」は鳴りっぷりこそ素晴らしいものの、低域は明らかに不足している。それで今作は、できるだけ大きさを変えずに音道を伸ばし、40Hz以下までの再生を可能にしようという、いささか無茶なチャレンジとなった。

 完成した「ハシビロコウ」は、残念ながら横幅が42mm大きくなってしまったが、どうにかこうにか自宅リスニングルームへ収まる大きさとすることができた。音は「シギダチョウ」とはもはや比べ物にならない。強烈な切れ味と迫力は、2018年の「音展」で300人のお客様を前にして、強烈なダイナミックレンジを持つ「変態ソフト」を響き渡らせたのだから、もうとてつもない器の大きさといってよかろう。

 この「ハシビロコウ」、いろいろなイベント・セミナーで使っていたことに加え、あまりに巨大でなかなか茨城の自宅まで持って帰ることがかなわず、製作してから1年半もの間、自宅へ据えることがかなわなかった。それが、若い友人が助っ人を買ってくれ、あまつさえ「シギダチョウ」を自宅へ引き取ってくれるというので、ありがたくその話に乗らせてもらい、ようやくのリファレンス変更となった、ということである。

 もうお気づきの人もおいでだろうが、高崎素行さんと一緒にやっている番組「激辛優秀録音 音のびっくり箱」は、こういうスピーカーで楽曲を選定している。現代ハイエンド・スピーカーの豪華絢爛サウンドや高S/N比、そして綺羅星のようなヴィンテージ・スピーカーの持つ気品をわがBHに望むのは難しいが、しかしこの方式にしか再生できない、強烈ハイスピードかつパワフルで「ギョッとするほど生々しい」(長岡氏)音楽再生は、こういうスピーカーが一頭地を抜いていると信ずる。ぜひ皆さんも、どこかでこの音を体験してほしいと願うところだ。

こちらはわが家のサブ・リファレンスというべき、4ウェイ・マルチアンプ・ドライブの「ホーム・タワー」。フォステクスFW208Nを前後に2発マウントしたウーファー、FE168EΣを「逆ホーン型」という特殊なキャビへ収めてローカットを電子回路なしで行うミッドバス、ドーム型トゥイーターのFT48D、薄膜平面型トゥイーターのFT7RPというユニット構成で、クロスオーバー周波数は100Hz近辺、1kHz、6kHzとし、全ユニットがほぼ分割振動域を使わず、ピストンモーションでハイレゾまでの帯域をカバーしている。

(2019年4月10日更新) 第215回に戻る 第217回に進む 
炭山アキラ

炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。

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