コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
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第221回/エソテリックN-03T試用~ハイレゾ再生のほんとのところ [鈴木裕]
エソテリックからネットワーク・トランスポートのN-03Tをお貸りして、試用している。ネットワーク・トランスポートというと聞き慣れない方もいると思うが、ネットワークプレーヤーの一種で、DAC部やアナログのラインアンプ部を持っていないものだ。うちではフィダータのミュージック・サーバーHFAS1-S10/K(オーディオ用NAS)とLANケーブルで接続。N-03TからはUSBケーブルで出力させ、K-03Xs(03Xをバージョンアップしたもの)のUSB DAC機能を使ってアナログ信号に変換して聴くという使い方をしている。つまり、音楽ファイルを走らせるだけの役割がネットワーク・トランスポートN-03Tということになる。 |
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とりあえずその音について。 デラやフィダータのミュージック・サーバーは自分自身で音楽ファイルを走らせることができるし、それぞれに特色のある音を持っている。しかしそのシステムにN-03Tを付加して再生させてみると、その音の密度の高さや低域の押出しの良さなどが俄然良くなってくる。そして、そうした音の要素によって演奏自体が持っているグルーヴ感や音楽の推進力など、さすがと思わせるものが出る。ひとことで言って音楽の生命力、ヴァイタリティが高まってくれるのだ。これはしっかりしたシャーシや、充実した電源部を持っていることから来ているのだろう。値段としても存在としても贅沢なコンポーネントだがこれならではの音だ。 |
もうちょっと別の言い方をすると、アナログレコードをある水準を越えたカートリッジやアナログプレーヤー、フォノイコライザーを使って聴いている時の音の太さや勢いといった要素。これがデジタルの再生でも感じられるようになる。デジタルプレーヤーだとワウフラッターはないし、とりあえずジーとかサーとかパチッといったノイズはないけれど、しかしいざアナログレコードの持っているような“あの感じ”、音の太さとか勢いといった要素を求めると、デジタルでも(いや、デジタルだからこそ、と言うべきか)ハードルはけっこう高いものになり、相当なレベルのコンポーネントが必要だ。N-03Tはその底力を感じさせてくれる。 以上で終わればいいのだが小ウルサイ話を少々。 |
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まずは体験談から。 リンのネットワークプレーヤーが登場したのが、2007年の11月。自分自身、取材でネットワークプレーヤーの音をちゃんと聴いたのは2010年で、その時に感じたことをよく覚えている。率直に言って、ルーター、ハブ、LANケーブル、NAS等が汎用だった。と言うか当時はまだオーディオ用がなかったのだ。結果として、そのネットワークプレーヤー本来の実力を発揮できているとは到底思えない音だった。40万円くらいのUSB DACの音と比較したのだが、200万円ほどもしたそのネットワークプレーヤーの再生音は、率直に言って鮮度感や音の純度としてはずいぶんと不満の残るものだった。はっきりとUSB DACの音に負けていた。 |
さて、2019年。あれから9年経った。ハブ、LANケーブル、NASについてはオーディオクォリティのものがいろいろと販売されている。水準以上の音を出したい場合にはやはりそういうものが必要になってくる。けっこう物要りなコンポーネントであることは間違いないだろう。 そして、ネットワークプレーヤーの再生において「も」、電源ノイズ、電磁波ノイズ問題への対処が必要だ。オーディオに詳しく、デジタルのこともよくわかっている関係者の多くの方が認識していると思うが、オーディオシステムのそばに何の対策もせずにルーターを置くだけでそのシステムの再生音は悪くなる。理由は、ルーター自身が電源コンセントに対して高周波のノイズを還流させるし、なにしろデジタルの高周波の電波を発信しているのが無線ルーターの役割なので、それが音楽信号にとっては悪さをするノイズ成分として働いてしまう可能性がある。 |
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ということで、周辺機器やノイズへの対策について。 うちではルーターは、オーディオを置いてある部屋とは別の部屋に置いてある。そこから20mのLANケーブルを引き回して(と書くとすごく広いみたいだが、天井にいったり、床近くまで降ろしたりしているので)、まず金属製のLANケーブル用のハブに入り、そこから1mだけのLANケーブルがフィダータの「for Network」のLAN端子に接続してある。ちなみに、ここまでは非オーディオ用のLANケーブル。ハブも特にオーディオ用というわけではない(音楽信号が通っていないはずだが、もしかしたらここのハブやケーブルのクォリティも音を左右する可能性は高い)。そして、フィダータの「for Audio」というLAN端子からは同じくフィダータのHFLC-1.5mという、CAT6A仕様のオーディオ用LANケーブルを使ってN-03Tに接続。ここは大事なところだ。このフィダータのLANケーブル、導体やシールドにも工夫があるが、端子には日本テレガートナー社の「MFP8」RJ-45コネクターを採用していて、このあたり音に効いてくる部分だ。 |
フィダータはそれ自体SSDを持っているが、単体のHDDなども接続しておける。そのためにそのUSB端子には金属製で電源アダプターから給電するタイプのUSBハブをまず接続して、今まで使ってきた音楽ファイルのたくさん入っているHDDやバックアップ用のHDD,CDリッピング用のCDドライブを接続している。ということは、CDドライブ、USBハブ、LANのハブと、これだけでもう3つの電源アダプターがAC100Vを必要とする。もちろんフィダータ自体やN-03T自体も電源を取る。
これらは、うちの最近の“電源のルール”に則っている。ルールと言うと堅苦しいが、ひとつのコンポーネントの電源ケーブルを差したら、その横には並列型電源フィルターをひとつ差す、という原則だ。これを守るためには、ここだけで既に5個の電源ケーブル(アダプター)なので、5個の並列型電源フィルターが必要で、それらを差す用には合計10個口分の電源タップを用意しなければならない。これ、けっこう大変である。われながら愚直というかやり過ぎている気もするが、結果としてはやりはそういう音が出るので仕方ない。
自分で面倒臭くしているだけじゃないかと言われればそれまでだが、比較するとその個々の差は小さいけれど、積み重ねると自分の欲しいイメージの音になってくる。その結果、音が太くなったり、グルーヴ感が出てくることにつながるとなればやらないわけにはいかないだろう。
世の中的にはハイレゾというと、音源のサンプリング周波数やbit深度の数字の大きいものにすると音が良くなることになっている。でも特にサンプリング周波数などが大きくなってくると、いろいろな精度を高くしたり、ノイズといった足を引っ張る成分を除去しないとその良さをリニアに反映できないようにも感じている。良くはなるのだが、数字の大きさほど良くならないのだ。3月、4月と電源ケーブルをいろいろと自作したりして試行錯誤してきたのだがその結果到達できたのは、たとえばCDとSACDの音のレベルの違いが明確に出たことだ。当たり前のようでいて、正直「こんなに違うんだ」という音が出るようになった。そう言えばエソテリックの試聴室でGrandioso P1X/D1X、同社のフラッグシップのデジタルプレーヤーを聴いた時も、CDとSACDの音の差に驚いたものだが、あの雰囲気がK-03Xsから出てきている。「へー」と言うとちょっと他人ごとみたいだが、幽霊じゃないけれど「出る出るとは聞いてたけど、ほんとに出ましたね」みたいな気持ちになっている。 説教臭くて申し訳ないけれど、ハイレゾ再生、けっこうちゃんとやらないとその良さが中途半端なものになってしまう。実際に音楽の魅力を高めるには小さな積み重ねもやはり大事。N-03Tを試用してみてあらためてそう感じた。ポテンシャルは高い。でも使いこなしも大事なコンポーネントだ。 |
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