コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー
第224回/アヴァロンに教えてもらったこと [鈴木裕]
このコラムの182回で、「ティールCS-7をアヴァロンのアイドロンに入れ替えた話」を書いたばかりなのに、あれからまだ1年半弱でアヴァロンをソナス・ファベールのELECTA AMATOR Ⅲに替えることにした。というかもう入れ替えた。具体的に書くと6月6日の午後に一人で作業してアヴァロンを廊下に出し、ソナスを所定の位置に立てた。以降、慣らしやソナス用のセッティングを詰めて、20日くらいからはメインのスピーカーとして音楽ソフトの選定や『レコード芸術』の録音評の仕事に使っている。 ちなみにティールは22年間使ってきた。それに対してアヴァロンは1年と4カ月。メインのスピーカーはそんなにしょっちゅう入れ替えるものでもないし、入れ替えるに当たってのお金だって労力だってけっこう大変だ。なのにたったの1年4カ月。念のためアヴァロンが魅力のないスピーカーということでは決してない。そのあたりのことについて書いてみたい。 |
アヴァロン・アコースティクスのアイドロン。輸入が始まった頃の値段は360万円だった。 |
底板に端子があるため、スピーカーケーブルを交換するためには、いったん横に倒してからの作業が必要。 |
いろんなことを複数のメディアで言っていくとは思うが、なにしろまず決定的なのはソナス・ファベールのELECTA AMTORⅢというスピーカーと出会ってしまったのが大きい。『レコード芸術』6月号の「俺のオーディオ」の冒頭でこう書いた。 「久しぶりにときめいた。恋に落ちたと言ってもいい。(中略)このスピーカーと付き合ったら新しい自分と出会えるかもしれない、そんな気にさせられた」。そしてこの文章の最後には「付き合ってしまうのだろうか。」と締めた。原稿を提出してから一週間ほどいろいろ調べたり考えたりして購入を決断。10連休明けくらいのタイミングだった。 |
さて、使ってきたアヴァロンのアイドロンだ。特徴としては大きく3つの面を感じる。まず、造りのいいエンクロージャーできわめて剛性が高い点。付帯音を発生させず、録音としてソフトに入っている音そのものを聴かせようという考え方だ。MDFを積層して(おそらく最低50mm程度の板厚を持たせているようだ)、2トンといった圧力をかけて頑丈に接着。あの特徴的なボディを形成している。ティールの場合、基本的な厚さは25mmくらいで、悪い意味で箱の慣らしが効いてしまって、特にエンクロージャーの背面が良く振動。後ろ側にもきれいな中域が良く聞えていたものだ。アヴァロンではそういうことがない。 |
スピーカーケーブルテストなど、アイドロンを倒すことなくケーブルを交換できるように、オーグラインのIsisスピーカージョイントケーブルを使っていた。 |
ノイズ対策などをやってきての満を持して投入した電源タップ。オーディオリプラスのSBT-4SZ-MK2SR。モノーラルのパワーアンプ用のためだけに使っている。これ自体、ノイズを誘導して除去する機能を持っているのに、さらに並列型の電源フィルターが差してある。 |
ふたつめの特徴はドライバーユニットの魅力。セラミックの振動板を使ったツイーターとミッド(ドイツのThiel&Partnerのアキュトンのようだ)。そしてノーメックスのケブラーの11インチのウーファー。これらによって付帯音のないきわめて透明感の高い音で、俊敏なレスポンスや音色のつながり良さが抜群だった。
3つめはその大きさや形、ネットワークの作り方なども含めて、スピーカーの存在がなくなるような、黒子に徹するスピーカーシステムであった点。あまりに透明感の高い音でスピーカーからの音離れがいいので、オーディオで音楽を聴いているという意識がなくなるような方向性だ。 |
アイドロンを鳴らしていくことによって、演奏内容や、録音の機微についてのさまざまなことを教えてもらった。また、電源や電磁波のノイズに対する対策もどんどん進んだ。今年になってから、パワーアンプ用に導入したオーディオリプスの電源タップや前段用の自作コンセントタップ。そして3月から4月のおわりにかけての2カ月は電源ケーブルをすべて見直し、自作で音を詰めていったのも大きい。なにしろ何をやっても敏感に的確に再生音に反映してくれるスピーカーなので、新しいイクィップメントの導入やセッティングの良否についてもすべてお見通しで聴かせてしまう。明晰で、わかりやすい音。そのわかりやすさのゆえにさまざまな要素をクリアしていくスピードが自分としては異例に速かった。勢いがついて山を上っていったようなものだ。気がつくととりあえずの頂上みたいなところにいた。その時に感じたのはまことに不遜な言い方ながら”やりきった感”だった。そして、これ以上に大きなステップで音を良くするためには2つの要素なんだろうなと考えていた。 |
前段側の仮想の壁コンセントの役割の部分。2kgくらいある堅めの木材の上にパナソニック電工の鋳鉄のスイッチボックスをネジ留め。そこにオーディオリプラスのコンセントベースSCB-2SZ、コンセントRWC-2RU、コンセントプレートCPP-2SZ/HGという組合せ。 |
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「鈴木裕さん家の音」 土方久明 新米評論家の僕は、大先輩への親愛の情を込めて、鈴木裕先生を「裕さん」とお呼びしている。ある日、その裕さんから「よかったらウチの音を聞きに来ない?」と誘いをいただいた。なんでも、現在使用中の“とある”機材を入れ替えているらしく、現時点における最終系の音を聞かせてくださるという。同業者である僕を呼んでくれたのは信頼されている証。とても嬉しい気持ちで訪問させていただいた。 鈴木家に到着するなりオーディオ部屋に入り、まず音を鳴らさずシステムを観察する(オーディオ好きに共通する性だ)。裕さんのシステムは、ハイレゾ音源からCD/SACD、アナログディスクまで全方位的に聞けるようになっている。ファイル再生用のネットワークトランスポートにfidataのHFAS1シリーズを使うところは僕と共通でちょっと嬉しい。興味深かったのは、SUNVALLEY AUDIO社のプリアンプSV-192A/DとパワーアンプSV-2PP(2009)を使用していることと、アヴァロン・デザイン社のパラメトリックイコライザーAD2055を導入していること。また、電源タップやノイズフィルターなどのアクセサリーが所せましと使われているのも印象的で、ノイズ対策へのこだわりがかなり伺えた。 まずは、裕さんと僕が審査員を務めるカーオーディオコンテストの課題曲をハイレゾ音源で再生してもらった。僕は先月から今月にかけてこの2曲の(特に冒頭を)数百回は聞いているので、音質の良し悪しはよくわかる。まずは女性Jazzボーカルで「DELICIOUS ~JUJU's JAZZ 3rd Dish~」を聴く。第一印象はSNが良く歪みのない音。またイントロを構成するベースは重量感があり下のレンジもかなり広い。「あ、裕さんは低域にこだわってるんだな」とニヤニヤしてしまった。もちろんそれだけではなく音像定位や情報量とも文句なく、驚いたのはボーカルの質感だ。正に血が通ったボーカルと言ったところで、ひたすら濃い! アヴァロンからこんなに濃い音が聞こえるのか。次に聞いたグスターボ・ドゥダメル指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック「チャイコフスキー:バレエ《くるみ割り人形》」は、一聴して音色が艶やかでハーモニー良く聞こえる。僕の家で聴くとずっと無機質なのだが、裕さんの家で聴くとこんなに楽しい曲なのか…! 実は僕は、この楽曲をオーディオファイル向けのレンジの広さや解像度を求めた録音ではないと思っていたのだが、裕さんの家で聞くとやたらメロディアスで楽曲の持つ芸術性を認識した。 そしてクライマックスは、以前本ページにも載っていた井筒香奈江さんのリマスターCDの比較試聴だ。「eilex HD Remaster技術を使ったハイレゾデータから44.1kHz/16bitのCDマスターを制作した」という1枚。実はeilexのサイトに裕さんが書いたレビューが載っており興味を持っていた。そして聴いてみると、書かれている通り通常盤とリマスター盤の差が大きいことに驚いた。僕の感覚だと、リマスター盤はまるで井筒香奈江がサラ・ヴォーンになってしまったようだ! 更に「このヴォーカルの出方はどこかで聞いたことがある」と感じて記憶を辿る。そうだ、一関のあの店、ベイシーである。裕さんのシステムから聞こえてくる血の通った井筒さんのボーカルは、僕の目標としている音の1つベイシーと共通するものがある。裕さんによれば、ノイズ対策を徹底したことで聴感上のSN比が増して、さらにサンバレーのアンプが色艶ある音を出し、そしてパラメトリックイコライザーの調整がミソだそうだ。その音には唸るしかなかった。裕さんと自分の間にある大きなキャリアの差を実感し、それに感動させていただいた1日だった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ |
ツイーターが良く鳴る(と言うか、鳴りすぎる)傾向のスピーカーなので、うちではバラメトリックイコライザーで5kHz以上を2dB近く落として使ってきた。 |
(以上、土方さんの文章) ちょっと褒められ過ぎだがもちろん「原文ママ」なので。 さて、こうした音を聴きながら漠然と考えていたのが二つの要素だ。 ひとつは最低域のレンジを拡大すること。具体的にはサブウーファーの導入だ。メーカー発表のアイドロンの再生周波数帯域は「26Hz~34kHz(±1.5dB)」だが、26Hzでは自分の耳やカラダには物足りない感じがあった。もうひとつは現代ハイエンドオーディオ(ハリー・ピアソンの言っていた意味での)としてよく組み合わせられているアンプの導入だ。具体的に挙げれば、アンプをたとえばクリーミーな旨味のある音を持っているゴールドムンドにするとか、瑞々しい音でやたら駆動力のあるFMアコースティクスにするとか、ナチュラルな質感とオーディオクォリティの両立したヴィオラにするといったような。もちろんノイズフロアの徹底的な低さも欲しいところ。 低域のレンジ拡大とアンプによる旨味成分の付加。この二つの選択肢を別のこととして書いたが、鈴木裕の結論としては実は現代ハイエンドオーディオとしては必然とも言える流れじゃないだろうか。 |
ちょっと思い出していただきたいのだが、たとえばアヴァロン、ウィルソン・オーディオ、マジコ、YGアコースティクス、フォーカルといったメーカーのスピーカーたちだ。共通して頑丈なエンクロージャーで箱鳴りをさせず、最新の素材などを振動板に採用したドライバーユニットを持っている。その目指しているものはソフトに入っている音楽情報を、分解能高く、ワイドレンジに、アキュレートに再生する方向性だ。高い空間表現力も共通した特徴だろう。ダイナミックレンジも広い。同時に、それらのメーカーのラインナップを見るとわかるのはフラッグシップのモデルの巨大さだ。”真実ハイファイ”をまじめに追求すればするほど低域方向にレンジを伸ばしたくなってくるのだ。究極的にはコンサートホールの暗騒音の定在波である5~8Hzあたりまで出たら凄いことになるはずなのだが。 |
2018年の夏頃の写真。ここからさらにノイズ対策が進んでいった。 |
新しいスピーカー、ソナス・ファベールELECTA AMATOR Ⅲ。 |
また高級アンプの役割とは、写真で言えば、そこに特有の陰影表現やフォーカスの深さ、さえざえとした色彩感を与える、といったオーディオ的快楽の役割があるんじゃないだろうか。単なる写真以上にリアルな何かを表現するための旨味。 低域のレンジを拡大していく方向にせよ、特有の音の旨味を持った高級(高額)なアンプを導入するにせよ、ハードルは低くなかった。サブウーファーを導入するにせよそれなりのスペースがいるし、高額なアンプはやはり高額である。どうすっかなぁ、と考えていた時に交通事故のように出くわしたのがソナス・ファベールのELECTA AMATOR Ⅲだった。ペアで130万円。一般的には安くないが、現代高級機の1千万円、2千万のスピーカーがゴロゴロしている現状では金銭感覚も狂ってくる。かわいげのある値段に思えた。 |
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