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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第231回/廉価カートリッジに"掘り出し物"あり![炭山アキラ]

 先日、私と荒川敬さんの「オーディオ実験工房」で、でんき堂スクェアの石峯篤記さんにゲストとしてお見えいただいた。さまざまなオリジナル製品を持ってきてもらい、2回にわたって番組で音をかけたものである。 「ショップ・オリジナル製品はあまり高いものにせず、間口を広げる」「アナログを慈しみ、より気軽に入門できるようにする」といった志には私も大いに共感し、いわば同志として業界内でやっているつもりだが、私と石峯さんとでは、音楽の好みがまるで違うのも面白い。彼はロック中心で、ご存じの通り私は「音のびっくり箱」でかけているようなゲテモノ現代音楽をこよなく愛する。

 そんなおおよそ対照的というべき音楽の好みの中で、機器に対する好みが2人で似通っているというのがまた面白いところである。特に安い方、なかんずくアナログで、「どんなお金持ちだって毎日ビフテキばっかり食っているわけじゃない」という石峯さんの言葉にはいたく共感、それでまた彼の薦められる廉価MM系カートリッジが、ことごとく私の琴線に触れるのだ。

 もうだいぶ前の話になるが、石峯さんのブログ(とにかく熱い! オススメ)を読んでいたら、熱心に薦められていたのがシェルターのモデル201だった。現代のハイエンド・カートリッジの中では比較的廉価な部類に属するものの、やはり入門編的なMCカートリッジで10万円を突破する同社製品の中にあって、この201は同社唯一のMM型で、店によっては1万円台で購入できるという廉価な製品である。

 ところがこのカートリッジ、「どうだッ!」と周囲を睥睨するような迫力こそ持ち合わせていないものの、とにかく音楽を丹念に描写すること、余分な音が出ないのに全体の情報量が多いことといったら驚くべきで、毎日毎日長時間聴き続けても、一向に飽きるということがない。石峯さんもおっしゃっているが、古くはグレース品川無線のF-8Lを彷彿とさせる、まさに「日常の食事」「普段着」のカジュアルさ、肩肘張らない良さを有する、現代では珍しいカートリッジといってよい。

シェルターのモデル201。初めてこのカートリッジを聴いた時、実はあまり期待していなかったのだが、出てきた音には心底驚いた。さすがシェルターの小澤代表だ、と膝を叩いたものである。

 かくいう私は、実は所有していないのだが、何度も音を聴いたことはあり、そのうち購入しようと思いつつ、まだ果たしていないという、甚だお恥ずかしい次第である。もしあなたがよほど派手な音作りを好まれる人でないならば、店舗でこのカートリッジを見つけたら、お小遣い程度で購入してみられることを薦める。飾り気のない音作りの中に、"音楽の真実"が紛れもなく込められていることに、きっと気づかれることだろう。

 最近になって、石峯さん率いるでんき堂スクェア湘南に、新しいカートリッジがお目見えした。中電の製品群である。"中電"でネット検索すると「中部電力」しかなかなかヒットしないから、いまだ知名度はこれからの社だが、実は株式会社として設立されてからでも既に23年を数え、前身というべきある大手メーカーのカートリッジ部門を含めれば、アナログ全盛期から主に内外のオーディオメーカーへOEMの形でカートリッジを納めてきた社である。そして、自社ブランドCHUDENとして市場へはばたいたのは、おそらくここ2~3年であろう。古くて新しい歴史を持つ、そんな社である。

 この社の最も凄いところは、何と1本6,500円でハイファイ・カートリッジが購入できることだ。丸針のMG-2805Gがそれである。楕円針の方がお好みの人は、僅か1,000円アップでMG-2875Gがあるから、そちらにされるとよいだろう。

 中電の代表、齋藤力也さん倍美さんのご夫婦は番組でもゲストにおいでいただき、同社の来し方や現行製品、そして開発中の製品についても、大いに語っていただいた。8月の放送をお聴きになった人もおられよう。

 実をいうと、私はもうそれ以前から斎藤社長とは知己を得ており、丸針のMG-2805Gをお借りして、わが家のリファレンスの一角として働いてもらっている。

わが家のプレーヤーへ取り付けた中電のMG-2805G。ヘッドシェルも同社のHC-001を使っている。このシェルは3,500円だから、セットでピタリ1万円ということになる。廉価なシェルだが、9g程度の軽量級としては実にしっかりとした作りで、安心して使うことができるものである。ただ、リード線だけはそのうち少し良いものに替えてやりたいと思う。

 わが家には、世に「ハイエンド」と呼ばれるカートリッジは残念ながら1本も存在していないが、それでも往年の品ならビクターMC-L10やシュアV-15TypeIII、現行品ならテクニカAT-ART9、オルトフォンSPU、デンオンDL-103(30年前の個体だ)など、古今の実力派カートリッジを実用している。

 そんな中にあって、MG-2805Gは最も安い部類(最安ではない)のリファレンス・カートリッジとなる。エージングが行き届くまでは、「さすがにこの価格だからガシャガシャと安っぽい音だな」と思いつつ音楽を聴いていたが、レコードを数枚も食わせてやった頃から趣が変わり始め、10枚も聴く頃には「おぉ、結構しっかりと音楽を奏でるじゃないか!」と驚くことになった。絶対的な情報量はもちろん上級のカートリッジ群にかなわないが、「必要十分」を心得た音作りで、何よりワイドレンジに、あるいは高解像度に聴かせるための余分なメリハリ、隈取のようなものが看取できないのが素晴らしい。特にアナログ全盛期のポップス盤などをかけていると、声にふと引き込まれ、1面があっという間に終わってしまうことがある。そんな印象のカートリッジである。

 日頃は、学生自分に初めて入手したAT33ML以来、もう30年以上世代をまたいで使い続けているテクニカのAT33PTG/IIをわが家のリファレンスとして固定しており、スタビライザーやターンテーブルシートなどの試聴は主にそれで行っている。先日、よく分からなかったら聴き直すことを覚悟の上で、MG-2805Gを使ってアナログ・アクセサリーを試聴してみたのだが、見事に音の違いを描き分けて見せた。「これ以上のものは必要ない」というレベルではないものの、「これでも十分アナログを楽しめるじゃないか」というのが率直な感想だ。

 中電の製品がでんき堂スクェアへ置かれるようになったのは、やはりこの「普段着の音」の良さを、石峯さんが見抜かれたからだろうと推測する。このあたり、やはり石峯さんと私には相通ずるところがあるなと、"同志"として心強く感じるところである。

わが家の絶対リファレンス、オーディオテクニカAT33PTG/II。こんな安いカートリッジを"基準"に据えている業界人も私くらいだろうが、もう30年以上も「33シリーズで築き上げた耳」だけに、今から変えるのも難しいところがあり、モデルが継続される限り、使い続ける所存である。

 なお、同店には同カートリッジの針先を何とサファイア針に交換した限定バージョンも発売中で、これは中電ゲストの回でリスナーの皆さんにも聴いていただいたが、音が少し穏やかでほんのりと温かみが出る。今はもうサファイア針を研磨できる会社が国内に存在せず、中電の手元へ残っていた個体を使い切ればそれで生産完了だそうだから、あの味わいを体験したい人は、同店へ急いだ方がいいだろう。

 サファイア針はダイヤモンド針に比べて減りやすく、昔は「ダイヤ500時間、サファイア200時間」とよく表示されていたものだが、盤面をしっかりと掃除して、研磨剤になってしまうマイクロダストを音溝へ残していなければ、針先はもっと遥かに長持ちする。サファイア針でも、そう気にせず使ってよいのではないかと思う。

 石峯さんの許には、「面白そうだからアナログを始めてみたい」とか、「父親からプレーヤーを譲り受けたけれど、レコード針が使えなくなっている」といった若い人が、時折相談に訪れるとか。そういう人たちにこそ、シェルターのモデル201や中電の製品群を、是非にと薦めたくなる。昨今めっきり敷居が高くなってしまった感のあるオーディオ界、なかんずくアナログの世界にあって、間口を広げてくれるメーカーと製品は、「業界安い方担当」の私こそが大いに称揚させてもらいたいと思う。

(2019年9月11日更新) 第230回に戻る 第232回に進む 
炭山アキラ

炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。

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