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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第239回/聴いたことがない音は想像できない[鈴木裕]

 タイトルはつとめて短くしたが、長々と書けば「今まで聴いたことがないようなオーディオのいい音は、いろいろ想像したりはするものの、結局は実際に聴いてみるまでは想像すらすることが出来ない種類のものである」ということ。で、そういう音、つまり、想像することすらできなかったいい音をこの秋に実際に聴けたのでそのことについて書いてみたい。非常に大型で重量級、高額なオーディオだが、現代の最先端はここまで行っているということを、特に音楽好きの人に知ってもらいたい内容ではある。機械に興味のない方には「※」まで飛ばして読んでもらうのがいいかもしれない。

 システムはインポーターであるノア/アークジョイアの試聴室にセッティングされていた。
 ラインナップとしては、
 スピーカー:エステロン/フォルツァ
 パワーアンプ:ソウリューション/701
 プリアンプ:ソウリュウション/725
 CDプレーヤー:ブルメスター/061

エステロン/フォルツァ。威圧感のないデザインだが、近くで見るとかなり大きいスピーカーだ。

ソウリューションのパワーアンプたち。手前に置いてあるのがステレオパワーアンプの311。サイズとしては幅432mm×奥行き518mm×高さ145mmと充分に大きいのだが、後ろのモノーラルの701が規格外だ。

 それぞれを軽く紹介しておこう。
 エステロンはエストニア共和国の町タリンで設立されたスピーカーメーカー。全ての製品を手掛けるエンジニアがアルフレッド・ワシリコフ氏。それ以前からスピーカー作りに携わってきたようだが、会社が出来たのが2010年というまだ新しいメーカーだ。
 フォルツァは4ウェイ(5ドライバー)の密閉型で、ドライバーユニットはすべてアキュトン社製。ユニットの直径と振動板の素材を簡単に紹介すると、ウーファー(250mm。アルミニウム・ハニカム。これだけ2発)、ミッドロー(190mm。アルミニウム・ハニカム)、ミッドハイ(168mm。セラミック)、そしてトゥイーター(25mm。ダイヤモンド)。
 キャビネットの素材は、大理石をパウダー状にしたものと樹脂などの複合素材の鋳造成形。ディフラクション(回折)を発生させない、いかにもきれいな音場感の出そうなフォルムだが、並行面をなくした無共振志向という意味でも徹底した設計が伺われる。写真だけだと大きさが良くわからないが、高さが1675mm。幅617mm、奥行きが682mm。重量150kg。

 アンプのソウリューションは1956 年にスイスのドゥリケンで設立されたシュペモット社のオーディオブランド。2000年に始まっている。その中でもフラッグシップのラインが7シリーズだ。ちなみに、下に5シリーズ(日本未導入)、3シリーズとあって、昔のBMWのラインナップを思い出させる。
 7シリーズのプリ725とモノーラルのパワーアンプ701。内容を紹介しだすと膨大になってしまうが、7シリーズの設計思想というのがインポーターのウェブサイトにまとめられているので、そこから引用させてもらおう。
 まず「音楽の真なる忠実再生のため、製品の内部回路設計においてコストやサイズなどに一切の妥協を」していない、という。これは多くのハイファイ再生を目指す理想主義的メーカーも同じような姿勢に感じるが「内部回路と厳選した最高級パーツを収容するために最善で最適な筐体を後から設計する。それが 7 シリーズの贅沢な設計コンセプト」というところが興味深い。つまり、決まったサイズの箱があって、そこに合わせる、あるいはその箱の大きさで本体と電源部を分けるんじゃなく、という意味。やりたい放題やって、その内部の大きさに合わせて筐体を設計するというやり方だ。

 プリアンプはそんなに大きくない。幅480 ×奥行き450 ×高さ170 mmで30kg。パワーアンプは幅560 ×奥行き585 ×高さ306 mmで80kg。清々しいほどの大きさ。これがステレオ再生には2台いる。しかもこれ、トロイダルトランスを搭載していないのにこの大きさでこの重さなのだ。

 スイッチング電源である。ちなみに先代の700では1,000VAのトロイダルトランスを2基搭載していたが、701では600VAのスイッチング電源を4基搭載。巨大なコンデンサーはひとつあたり、25000,000μF(マイクロ・ファラッド)。マイクロを入れている理由がよくわからないほどの大容量で、つまり25F。それを4本積んでいるので100F。スイッチングの動作周波数は音楽再生に影響のない超高域で、しかもメタルハウジング内に入れて、高周波のノイズが出ないようにシールドしてある。その出力電圧の安定度、力率改善回路によるクリーン化、莫大とも言える容量なのにその反応の良さ等については省略。そもそも内部にはふたつの出力回路があり、モノーラルながら、パイアンプとして使えるための電源回路でもある。バイワイヤリングのスピーカーにとってはこれが欲しかった、というスペックを持っていると言ってもいい。

 ま、とにかく音だ。
 エステロンのフォルツァは能率こそ90dBあるものの、ノミナルインピーダンスは3Ω(2.0Ω min)。札付き、というと悪いニュアンスがあるから、鳴らしにくいという意味では折り紙付きという言い方をしておきたい。ノミナルインピーダンスが4Ωのスピーカーに対しては2Ωまできちんと電流を流せるアンプじゃないとうまく駆動できない、という経験則がある。それをあてはめるならば1.5Ω、いや1Ωでも2Ω時の倍くらいの電流が流せないとうまくハンドリングできないはずだ。しかし、そういう「鳴らしにくいスピーカー」vs.「何でも鳴らしてやるぜパワーアンプ」の対決という意味ではソウリューションのパワーアンプの勝利。というか、フォルツァが鳴り切った時の素晴らしい世界に感動させてもらったからこの文章を書いている。

エステロンのカタログから。中央がアルフレッド・ワシリコフ氏。両脇は娘さんたちで、共同創設者と説明されている。

これもエステロンのカタログから。ホワイト仕上げだと優美という言葉も浮かんでくるフォルム。

 ソウリューション701自体の音の印象はフォルツァを鳴らす前にソナス・ファベールのアマーティ・トラディションを鳴らして確認しているが、この時のノートにメモした言葉を拾っていくと「駆動力がえらく高い」「高級な余韻」「力持ちなのに、力持ちの音がせず、反応がえらく速い」「トランジェントの良さ」「リアルな音色」「空間の広さ、スケール感」「音像の立体感」等々。

 エステロンのフォルツァについては「見事なワイドレンジ」「4ウェイの繋がりの良さ」「鬼のような分解能」「鬼のようなスケール感」「ダイヤモンドツイーターの威力」「オーケストラ、等身大」「SN感、反応の良さは聴いたことのない領域」といった絶賛の言葉が続く。

 ※ということで、音楽好きの方(機械に興味のない方)はここからです。
 具体的なソフトの聞え方を記しておこう。
 ファビオ・ルイージ指揮フィルハーモニア・チューリッヒ『ワーグナー:前奏曲と間奏曲集』(キング・インターナショナル LLC5645)。2014年に本拠地であるチューリッヒ歌劇場で セッション録音したもので、ワーグナーのこのジャンルの楽曲を年代の逆順に並べているところが特徴だ。録音はマルチマイクでタイムアライメントを取っていないもの。それぞれのパートのリアルな演奏の音が聞えてくる録音で、うちではいろいろとセッティングしたり、電源ケーブルを変えていって、ある程度音がまとまった時に仕上げに確認するというか、音楽的な満足度を測るソフトになっている。オーケストラに近く、特に大きな音量で再生すると指揮者の位置から聴いているような生々しいオーケストラと対峙することになる。その満足度がどれほど高くなるか、という愛聴盤のひとつだ。

ファビオ・ルイージ指揮フィルハーモニア・チューリッヒによる『ワーグナー:前奏曲と間奏曲集』。音量を上げていくと、遠景としてのオーケストラではなく、それぞれのパートやソロという、生身の人間のやっている感じが出てくる録音だ。

 ブルメスター+ソウリューション+エステロンで『マイスタージンガーへの前奏曲』を聴きだして、いわゆるゾーンに入った。ナチュラルハイというか、精神的にどこかに拉致されたに近い。なにしろ向こうからやってきて聞えてしまう音数が膨大に多く、指揮者の位置で聴いているかのような感じと書いたが、もっと言うとオーケストラの中にいて、いっしょに演奏しているような音の感触さえあった。なんだろこれ。CDは今となってはロートルとかオワコンとか酷い言われようをしているが、44.1kHz/16bitの2チャンネルのメディアからこんなに膨大な情報量を聞かされてしまうのか。

 『マイスタージンガーへの前奏曲』は自分が大学のオーケストラでヴァイオリンを弾いていた頃にも何度もやった曲だが、その中でも在籍していた法政大学と立命館大学のオーケストが合同演奏会を開いた時があって、そのアンコールがこれだった。ふたつのオーケストラのメンバーのほぼ全員による音の洪水、奔流に飲み込まれたような体験だった。その感覚をブルメスター+ソウリューション+エステロンを聴きながら思い出していた。この年齢になって、自分はオーケストラの音楽が大好きなことをあらためて思い知っているのだが、そのたくさんの人数が必要な編成の音響の醍醐味とか、人間臭いやりとりとか、プロのミュージシャンたちの力量とか、単純に縦の線が合えばいいってもんじゃなくて音楽的に主導しているパートがいるとか、ここでグワーっと盛り上がってティンパニーがフォルテで入ってくるといった演奏上の必然性とか、総じて言えばワーグナーが実現したかった世界が鳴ってしまっている。

 以前、エレクトリの試聴室で、マジコのM3パスラボのアンプで鳴らした時も凄かったがまだあれはまだ客席の5番目くらいで聴いている体験だった。今回のこのエステロンの音のオーケストラの渦中で音楽を経験しているような感じ。いや、このどちらのシステムにしてもこんな音を聴き続けることが出来るのであれば、もう一生、生演奏を聴かなくてもいいという悪魔との誓約書にサインしてしまいそうな音だ。現代のオーディオはここまで来ている。

 あれから2カ月以上たって、ソウリューション+エステロンの音を何度も反芻している。これらのコンポーネントだけの総額で3,495万円(外税)。この値段が高いのかそうじゃないのか。かつてワーグナーは当時のバイエルン王国のルートヴィヒ2世をたぶらかし、膨大な予算を投入させてバイロイト祝祭劇場を作らせたが、国家予算を揺るがせたというそれに比べればずいぶん少しの額でワーグナーのオーケトスラが出来(しゅったい)してしまうのだ。そう考えると気持ちだけは大きくなってくる。
 あんな音、実際に聴かないと想像すらすることができない。
 凄い音を聴いてしまった。

(2019年11月29日更新) 第238回に戻る 第240回に進む 
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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