コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

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第242回/我慢できずにトーンアームを購入するの巻[鈴木裕]

 ViV laboratory(ヴィヴラボ)のトーンアーム、Rigid Float/CB 7inchを買ってしまった。
 本来であれば「買った」と書くべきところで「買ってしまった」という書き方をしているのはひとえに「散財してしまった」という罪悪感から。ヘッドシェルやリード線をテストする環境が欲しかった、という事情もあるが、だったらウルトラハイコストパフォーマンスのアナログプレーヤー、テクニクスSL-1500Cでいいじゃないかと言われると返す言葉も贈る言葉もない。衝動買いではなくて、「時期が来たら手に入れたいオーディオ(コンポーネント、アクセサリー)のリスト」に入っていたうちのひとつ。ちなみにこの個人的なリスト、まことに遺憾ながら大変な順番待ちの状態になっているのは言うまでもない。

 そもそもRigid Floatシリーズの最大の特徴は、使用するのに専用のベースプレートを設ける必要がないことかもしれない。キャピネットに平らなスペースがあればそこに置けばいいし、置ききれなかったら適切な高さの台を用意すれば使える。

クズマのアナログプレーヤー、STABI S COMPLETE SYSTEMⅡにViV lab.のトーンアーム、Rigid Float/CB 7inchを設置した。

2本のトーンアームの関係を上から見た図。もうちょっと奥(写真で言うと上)に 全体を移動してもいいかもしれない。

 その簡易設置性(と、ひとまず呼んでおこう)を可能にしている理由のひとつは、ストレートのトーンアームである点だ。ヘッドシェル一体型のストレートではなくて、トーンアームの根本から装着したカートリッジのスタイラスの先端までがオフセット角を持たず、一直線。この完全ストレート構造により、サイドフォースが基本的に発生せず、インサイドフォースキャンセラーやラテラル等の調整も不要になってくる。付属のプラスチック製のピンクのL型ゲージを使って本体の場所決めをして、トーンアームの高さ調節をするだけ。そういう事情なので取説には「構造的に丈夫で、セッティングが容易なので可搬性に優れます。ご友人のターンテーブルで鳴らしてみる、といったことも簡単にできます」と記されているほどだ。購入した時のいわゆる元箱もまさにそういう仕様のものになっている。

 そして、トーンアームとして構造的に大きなポイントは、アームのピボット部が特製オイルに浮いている点だ。磁性流体のようである。それがあっての「世界初のオイルフロートトーンアーム、リジッドフロート」ということになる。ちなみにヴィヴラボとしての狙っている音についてを引用させてもらうと、
1、歪み・濁り(付帯音)が少ない
2、ダイナミックレンジが広い
3、情報量が多い
4、高解像度、優れた定位
5、高い低域再生能力
6、トランジェントが良い
7、ずば抜けたハウリングマージン
8、内周でも外周でも音質劣化が少ない

これがいわゆる元箱。これが段ボールの外箱に入った状態が売っている形。

針圧はこのウェイトバランスを回転させて調節する。3種類の厚さ(つまり、重さ)のものが同梱されている。

 逆に言うと、“コクのある、マイルドな、重厚な音”という方向じゃない。トーンアームの長さは3種類用意されていてその中から選択できるが、「一般のショートアームに相当する7インチ、一般のロングアームに相当する9インチ、ターンテーブルキャビネット外部に設置が可能な13インチの 3 機種を用意。サウンドはショートモデルほどハイスピード・高解像度傾向、ロングモデルほどナチュラル・ニュートラルな傾向」というのがメーカーの説明。ここから7インチを選んでいる。ちなみにここで言っていることは、同じくストレートアームの0 SideForce(ゼロ・サイドフォース)を開発、販売しているフィデリックスの中川さんと番組で話したこととも合致する。

 トーンアームの材質については、アルミとカーボンのふたつの仕様があるがカーボンを選んでいる。本体というか根本の部分は真鍮とアルミ。先端の細かいパーツや専用のヘッドシェル、Nelson Holdもアルミ製なので、素材を散らすという意味もある。

 ちなみに以前からうちで使っているアナログプレーヤーは、クズマのSTABI S COMPLETE SYSTEMⅡ。これにセットされているトーンアームStogi Sの根本は点に近い接触な上、オイルを使っているので、トーンアームの根本が浮上した状態にはなっていないものの設計思想としては近いところがあるかもしれない。

 とりあえずまだ使い始めたばかりだが、一応使いこなしについて3つほど挙げておこう。
まずは、電気的な接点にはアンダンテラルゴのトランス・ミュージック・デヴァイスで処理をした。これはうちではもうマストというか、デフォルトというか、できるところは全部やっている。TMDの何たるかにはついてはもういろいろなところで何回も書いているので省略。ひとつだけトーンアーム回りで書いておきたいのは、ヘッドシェルとトーンアームのところの電気的接点について。ここ、アンデンテラルゴの鈴木良さんも言っていたが、押し当てるだけの接点で、抜き差ししてのセルフクリーニングが効かない。なので、もし10年間くらいきちんとクリーニングしていない人だと一番効果が大きいところ。通っている音楽(電気)信号自体、かなり微弱なものでもあるし。

 2番目としてはキャビネットを持たないクズマにはRigid Floatを置く台が必要だが、これについては銅の60mm×60mmの角棒を100mmに切ってもらったものを2本並べて、その上に置いている。この形だと、棒と言うよりも無垢の塊、というイメージの物体だが。タフピッチ銅(C1100B。純度としては3N程度)で、ひとつ5kgくらいある。つまり、2本で10kgくらい。こんなに重いと、下に敷いているボード、ブラック・ダイヤモンド・レーシングTHE SOURCEに対する重量配分のかけ方としては芳しくないかもしれない。銅にした深い理由はなくて、木よりも金属にしたく、Rigid Floatが、アルミ、真鍮、カーボンといった素材から形成されているので、それらを避けた素材ということで。

ピボットのある本体部。金色の台に対して、マットブラックの部分が上下してトーンアームの高さ(VTA)を調節。下の台は銅の角棒2本を並べている。

オーディオテクニカのMCカートリッジAT-OC9XSHをとりあえず装着。ViV lab.のヘッドシェル、Nelson Holdとの間に入っている白い部分がオーディオリプラスのカートリッジスペーサー、RCS-25HR。

 3番目はリファレンスのヘッドシェルとしては上記のようにヴィヴラボで揃えていてNelson Holdを3つ(ひとつはトーンアームに付属。二つを買い足した)だが、これとカートリッジの間にオーディオリプラスのスペーサー、RCS-25HRを“リファレンス”として使用している。今まではクズマの付属のトーンアームの先にひとつ、デノンDL-103R(ボディをアルミにしたもの)に使ってきたが、今回、これもふたつ買い足した。

 Rigid Float/CB 7inchにとりあえずオーディオテクニカのカートリッジAT-OC9XSHを取り付けて聴いてきたが、その状態でもすでに相当な音の良さ。もちろんそれは上に挙げた方向性だが、AT-OC9XSHはメーカーの説明を引用すると「ボロンカンチレバーにシバタ針を搭載。豊かな中低域を表現する上位モデル」。解像度優先のハイバランス、という感じではなく、けっこうな低音感を持っている。同時に音の純度というか、付帯音がないという点では相当なレベルに達している。

 しかしリプラスのスペーサー、RCS-25HRを取りつけると、何回も経験してきた“あの瞬間”がやって来る。いつものようにビル・エヴァンス・トリオの『ワルツ・フォー・デビイ』、そのA面の1曲め終わりに針を落として聴きだすが、もうその瞬間、0.3秒くらいで、目覚ましく音が良くなっている。そもそも音圧が2dBくらい高い。Rigid Float/CB 7inch単体だって俊敏な音だし、よく音は立ち上がっていたのに、いきなりピアノのひとつの音の立ち上がりの中にこんなに複雑なニュアンスとか情報が入っていたのかと驚かされるし、トランジェント自体も凄く良くなっている。低音だけでなく、中音域、高音域も音は太いし、その音の密度の向上度と言ったらどうしてたった2gの石英の板でここまで良くなってしまうのだろうか、毎回不思議としか言いようがない。音像はいい意味で大きく、細かい情報の見え方の壮絶さ。サウンドステージに近く、鮮度感とか音色の迫真性といったことも含めて、あらためて目からも耳からもボロボロとウロコが落ちる。実はRCS-25HRは馴染ませる時間が必要で、メーカーでは75時間のバーンインを推奨しているのだが。あんまり書くと贔屓の引き倒しになってしまうのでやめておこう。

(2019年12月30日更新) 第241回に戻る  第243回に進む  
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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