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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第251回/最近カラヤンをレコードで聞き直して思うこと[鈴木裕]

 カラヤンの演奏を当時買ったレコードも含めて聞き直している。その素朴な感想は、ほんとに今さらでおこがましいが、あらためてカラヤンは面白い。

 まずちょっと70年代後半の思い出などを。その時代のカラヤンは、当時の生意気盛りな高校生だった自分とか、クラシックを聴いていた友人にとってはちょっと揶揄してしまうような存在だった。それが自分たちだけの感覚じゃなかったのは、当時のイージー・リスニングのポップスオーケストラの名前になぞらえて、カラヤンとベルリン・フィルのことを、カラベリ(ときらめくストリングス)などという呼び方があったことからもわかるだろう。何事も強い存在にはアンチが生まれる。

ヘルベルト・フォン・カラヤン。1908年~1989年。《マタイ受難曲》のライナーノーツからの写真。

カラヤン指揮ベルリン・フィルによるバッハの《マタイ受難曲》。リヒター盤が名盤とされていた時代に登場した録音。当時、賛否が分かれていたようだ。

 あるいは、たしか77年に出てきた3回目のベートーヴェンの交響曲全集。曲によって違うが、けっこう速いテンポのものがあって、たとえば5番の冒頭。運命が扉を叩くという「(ス)タタタ、ターン」の(ス)の八分休符がほとんど感じられず、三連符みたいに聞こえる、みたいな言い方を当時よくしたものだ。そこでまた悪質な高校生である自分たちはブーレーズ指揮/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団による68年録音の《運命》のLPを取り出すことになる。この演奏はテンポがかなり遅くていまだにあまり芳しくない演奏に感じているが、これを、もちろん33回転で再生するのが正しいが意図的に45回転でかけて、ほーらカラヤンと同じくらいになるぜとかやっていた。今回、40年ぶりくらいにちょっとやってみたが、45回転でもカラヤンの演奏のが速いテンポなのだが。

 と書くと、まじめにカラヤンを聴いてなかったみたいだが、その魅力はもちろん感じていた。そして、その魅力はオーディオが良くなるとさらに高まる性質なのもたしかで、冒頭のようなおこがましい感想にはなる。
 ということで、いくつか具体的に書いてみたい。

 バッハの《マタイ受難曲》。のカラヤンによる演奏は今でも大好きだ。だいぶスペースを使うがメンバーを紹介しておこう。
ペーター・シュライアー(T):エヴアンゲリスト(福音史家)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br):イエス
グンドゥラ・ヤノヴィッツ(S):アリア、第一の女とピラトの妻
クリスタ・ルートヴィヒ(A):アリア、第一の証人と第二の女
ホルスト・ラウベンタール(T):アリア、第二の証人
ヴァルター・ベリー(Bs):アリア
アントン・ディアコフ(Bs):ペテロ、ピラト、祭司長とユダ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン楽友協会合唱団(合唱指揮:ヘルムート・フロシャウアー)
ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団(祭司長たち:第50曲)(合唱指揮:ヴァルター・ハーゲン=グロル)
ベルリン国立合唱団少年団員及びベルリン大聖堂聖歌隊少年隊員(合唱指揮:カール・ハインツ・カイザー)
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
収録場所は、ベルリンのイエス・キリスト教会。収録日というのが長期に渡っていて、1972年2月1日~4日、7日~11日。3月15日~17日、28日~30日。4月4日、5日。5月22日。6月28日~30日。7月3日~6日、11月5日。

ペーター・シュライアーやディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを中心とした歌手陣。さすがにポイントを抑えたキャスティングに感じる。

 ライナーノーツから黒田恭一さんの文章を引用させてもらおう。
「このカラヤンの「マタイ」はあの(リヒターの録音の)エッチングの線のするどさはない。しかし、墨をたっぷりしみこませた毛筆によった書のゆたかさと確実さとがある。この演奏では誰ひとり、いきりたっていない。しかしだからといって、もし、この演奏を甘いといったら、それは違う。涙で頬をぬらしている人だけが悲しんでいるわけではない。」
「真実は低い声で語れ、というではないか。カラヤンは、余分な身ぶりをできるかぎりさけ(中略)、ひとつの悲劇を、音を通して、聴者の心のうちで具現させようとしている。」
「ヴェリスモ・オペラを指揮する時の、あのカラヤンの、すべてをほとんどむきだしにする演奏のしかたと、ここでの演奏とでは、またなんとちがっていることか(中略)。このカラヤンの「マタイ」がこういう演奏になったのは、カラヤンだからというよりも、むしろ作品が「マタイ」だから、というべきだろう。」

 名文なので多めに引用させてもらったが、そういう内面的なドラマを塗り込めた重厚な演奏だと思う。ただ、今のうちのオーディオで聴くと、たとえば第一部の冒頭のプロローグ。オーケストラも合唱も一番大きい編成だと思うがこのさまざまなパートが音像として見えてきて、塗り込められた油絵を暗いところで見ているといった、昔聞こえていた感じがない。男性、女性、そして少年合唱隊、オーケストラも左右に分かれ、さらに右側に通奏低音(低弦とオルガン)がいるという、対位法的な音楽に感じられる。映画で言えば、リマスターしたことによってかつては群像として見えていた人々が、その個々の表情までわかるような感じと言ったらいいだろうか。

 ペーター・シュライアーのエヴァンゲリストもディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのイエスも、昔はもっと抽象的というか、それぞれが切り取られたような歌として聴いていたが、今、聴くと教会のステージで歌っている、リアルな感じに見えてくる。そこであらためてそのバランスの良さとか、細大漏らさず音楽のフォルムを描いているカラヤンの力量が見事に聞こえてくる。あらためていい演奏だし、いい録音だ。

 カラヤン/ベルリン・フィルによる初のブルックナーの録音は1957年にイギリスのコロムビアが録音している交響曲第8番(ハース版)だ。ベルリンのグリュンネヴァルト教会でのステレオ録音。演奏は全体的にテンポが遅く、特に第3楽章は約27分半あまり。大学3年の時に中古盤を手に入れたが、実はあまり印象は良くなかった。今回、聴き直してその理由が明確にわかった。高域がかなり露骨にロールオフしている盤だったのだ(東EMI EAC-40017~18)。プリアンプのトーンコントロールでハイを持ち上げたが8dBくらい上げていい感じに。いわゆるカッティングする時のマルチ・カーブ問題なのか、ミスなのかわからないが、ハイを持ち上げることによって普通のトーンになった。それで聴いていくと、音を溶け合わせて音色感を作る感じと、それぞれのパートの独立性のパランスがかなり緻密に考えられている演奏であり、録音だ。後年の録音にも通じる世界もある。というか、カラヤンは49歳の年なのだから、もう充分な力量と成熟なのは当たり前だが。

カラヤン指揮ベルリン・フィルによる初のブルックナーの第8交響曲(ハース版)だ。

このブルックナーのレコードは、なぜか高域がロールオフされているカッティングのため、再生する時には、トーンコントロールのハイ(Toneのふたつあるツマミのうち、右側のもの)をかなり上げて聴くといいバランスになる。

バルトーク作曲のオケコン。ベルリン・フィルのヴィルトゥオーソっぷりのいい面が良く出ている演奏。録音もかなりいい。

 『バルトーク:管弦楽のための協奏曲』(1965年収録。MG-2104)も相当に面白い。今で言う、クルレンティス/ムジカエテルナくらい超積極的な演奏で、各パートがソリストという、この曲のタイトル通りの音楽になっている。そもそも鳴っているすべてのパートがよく聞き取れる演奏と録音で、それぞれのフレーズのイメージの彫り方が実に深い。フレーズのイメージやとろけるようなニュアンス、固有のテクスチャーを感じさせるような鳴り合い方など、ひとことで言って音楽的だ。さすがベルリン・フィルで、さすがカラヤンとしか言いようがない。

 この組合せによる『オペラ間奏曲集』(139-031)も名盤だろう。1967年の録音だ。たとえばマスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》の間奏曲。後半の盛り上がるところでもっとテンポを遅くする演奏もあるが、そういうモタレ方をさせない。エネルギーの漲った弦のテクスチャーが実に美しい演奏で、透明な空間の中に構築されていく響きの綾が見事だ。平たく言うと、大向こうにウケやすいコブシを回したりせず、無駄な響きをさせないのだ。某アマゾンの紹介で「濃厚なロマンティシズムが横溢する甘美でムーディーな盤」などと紹介されていたが、甘美ではあるがそれは峻厳な甘美さとでも言うべきもので、さらにムーディという言葉は絶対に相応しくない。たしかに曲自体のロマンティシズムや情緒を濃密に感じさせてくれるし、豊潤で色彩感豊かな、ゴージャスでリッチな音色感を持ってはいるがその骨格がしっかりしていて、無駄な贅肉のない音楽として描いている。演奏者自身が酔っていないんだと思う。正直、その美しさに泣いた。

オペラ間奏曲集。名盤だ。

 世の中、疫病から経済からイベントの騒動までいろいろあるが、こういう時こそいいオーディオでいい音楽を聴いていたい。そう、あらためて感じた。

(2020年3月30日更新) 第250回に戻る 第252回に進む
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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