コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー

第253回/ベーシストの小林真人さん来訪。ベースの音質に注目した3月[田中伊佐資]

●3月×日/ジャズ・ベーシストの小林真人さんをステレオ誌の「ヴィニジャン」の企画でうちに招くことになった。プロの演奏家にベースサウンド観を語ってもらったりレコード聴いてもらったりするのがその趣旨だ。





 しかし新型コロナウイルスは蔓延している。そうかといって連載に穴をあけるわけにもいかない。これはどうしたものかと逡巡したが、小林さんも僕も相手に失礼なほどのガード体制をとることでなんとか事に臨むことができた。

 小林さんのオーディオについては本コラム「第186回/ベーシスト小林真人さんの5ウェイ・モノラル・スピーカーを聴いた3月」で書いた。ミュージシャンのなかでは稀有ともいえるオーディオファンで、しかも視点がユニーク。ベース論も音楽ファン感覚がたっぷりあって、話は大いに盛り上がった。

 雑誌ではとてもすべての会話を載せることができず、以下はそのアウトテイク・トーク。実はこっちのほうが面白いかもしれない。



筆者のカートリッジを覗き込む小林真人さん

ーーオーディオでベースの再生って大変ですけど、録音もまた難しいですよね。

小林:何年か前の録音は、一応マイクは立っているけどライン録りがメインで、ほぼ空気の音がしていない重低音ものが多かったね。たとえばブライアン・ブロンバーグみたいな録音。あれは自然界にない低音で、高級オーディオで再生されることを目的とした音だよね。こういうベースは違うんじゃないのと揺れ戻しがあったのか、最近のジャズは生っぽい録音が多いね。

 一方で、ブルーノートやプレスティッジなど昔の録音は、基本マイク録り。個別ブースなんてまだない時代で、ミュージシャンは「せーの」で演奏している。こういう音がデフォルトになっている人も年輩の方には多い。ジャズ喫茶ファンとかね。







ロン・カーターの『スパニッシュ・ブルー』

ーーレコードはロン・カーターの『スパニッシュ・ブルー』を持って来てくれました。ロン・カーターの音が嫌いだという人が多いですよ。生音にこだわる小林さんなら一刀両断だと思うけど。


小林:いや、これはこれでいいんですよ。確証はないけどロン・カーターはピックアップ(表板に取り付けるマイク)を仕込んでプリアンプで音を調整していますね。その独自な音を聴くべきだと思います。彼はここ何年もずっと生っぽい音を出しているけど、僕なんかそれだとつまらない。そういえばニールス・ペデルセンも晩年はプリアンプのかませ方が激しかった。まああれだけ弾ける人だったら、ベースを全体の演奏のなかに沈ませたくないんだろうけど。


ーープロのベーシストに一度うかがいたかったんですが、ポール・チェンバースのギコギコの弓弾き、あれは一体なんなんですか。僕はいいと思ったことは一度もないです。


小林:チェンバースはベースの前はホルンをやっていて、管楽器的な発想ができるベーシストなんですね。ホーンライクなフレーズですよ。エチュードみたいなものもやっちゃう。ただ当時はガット弦だし、ルディ・ヴァン・ゲルダー録音が多いけど機材の関係でああいう音になるんですよ。チェンバースのおすすめはウィントン・ケリー・トリオの『イッツ・オールライト!』です。音作りが違う。録音エンジニアはボブ・シンプソン、録音ディレクターがヴァル・ヴァレンティン。同じ64年にレイ・ブラウンのベースで有名なオスカー・ピーターソンの『プリーズ・リクエスト』をこのコンビが録ってますね。



ーーではヴァン・ゲルダー録音のなかでもチェンバースのベースががっつり入っているレッド・ガーランドの『ア・ガーランド・オブ・レッド』をモノラル・システムで聴いてください。【試聴】


小林:やっぱり、この時代はガッド弦ですね。スティールの弦では絶対こんな音が出ない。スティールはもっときれいな音なんです。でもガッドはサスティーン(持続音)がなくて特殊なピークみたいな音がある。そのクセをうまく逆手に取った音作りをすればいいんですよ。



ーー小林さんもガット弦にこだわってますよね。インドのテニスラケット・メーカーが作っているぶっといやつをやっと見つけたそうですけど。


小林:プレーヤーとしての僕自身の主義は「ベースは演奏に沈ませてなんぼ」と思ってるんでね。スティール弦ではないんですよ。じゃあ次、これはどう? ハンプトン・ホーズの『ザ・トリオ Vol.3』。ベースはレッド・ミッチェル。【試聴】








ーー名匠ロイ・デュナンの録音です。


小林:ヴァン・ゲルダー録音と比べたら薄味のようにも聴こえかもしれないけどレンジは広い。こちらがノーマルなベースサウンドですよ。


ーーレッド・ミッチェルの演奏は僕には地味に感じるんですけどね。


小林:いやあ、ベース弾きの耳からすると相当うまいです。この人のベースでジャズのカラーが変わりますね。




ハンプトン・ホーズの『ザ・トリオ Vol.3』




ーーところで、スピーカーの置き方で鳴り方がむちゃくちゃ変わりますけど、ライヴでもベースの位置によっての響きが違ったりするんですか。


小林:僕はアンプとかぜんぜん使わない生音派なので、立ち位置で音が変わりますね。鳴りがよくないときは部屋の後ろの壁近くに行くんですよ。後ろになにかないと抜けちゃうので。もっと鳴らしたいときは角っこで弾きますね。音がたまるけど、自分でモニターしやすい。スピーカーの使い回しと似てますね。客席からすれば、そんなに変わらないと思うけど弾いているほうは違う。だから自分用の反響板を作って背後に置こうかと思ったこともありましたね。



ーーそれを始めるとその板の樹種や構造によって音が変わりますよね。完全にオーディオのルーム・チューニングパネルじゃないですか。なんか楽しいですね~。








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田中伊佐資 著/音楽之友社

2,530円(税込)/オールカラーB5判・204ページ



(2020年4月20日更新)

 

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田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。近著は「ジャズと喫茶とオーディオ」(音楽之友社)。ほか『音の見える部屋 オーディオと在る人』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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