コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

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第264回/高音質ケーブルの思い出と柄沢インコネ/フォノケーブルのこと[炭山アキラ]

 私がオーディオへ深入りし始めた頃、具体的には1980年代初頭は、ケーブルによって音が変わるということがそろそろ周知されてきて、爆発的に"高音質"ケーブルが生み出され始めた頃だった。初期の頃は、無酸素銅(OFC)や芯線の1本ごとにエナメル被覆をかけたリッツ線などが主流だったように記憶している。

 これは、「高音質ケーブルの祖」というべき故・江川三郎氏が、たまたま使ってみてその高音質ぶりにビックリしたという素材が、産業用モーターの巻き線に使われていた、いわゆるマグネットワイヤーだったのが原因であろうと推測している。マグネットワイヤーというのは巻き線だからもちろん単線の1本ごとに被覆がかけられており、しかも、その当時からしなやかさを要するものだけに、一般的なタフピッチ電気銅よりも脆性の低いOFCが用いられていたそうなのだ。







 OFCは何と今なお高音質ケーブルの基礎を支える素材として健在だし、リッツ線にも意欲的に取り組んでいるケーブルメーカー・職人が結構な数おられる。それを思うと、1970年代の江川氏による「大発見」がいかに意義深いことであったかが知れる。


 その当時、文字通り雨後の筍のように登場した"高音質"ケーブルの中には、今思うとどう考えても「あれ、いい音じゃなかったよなぁ」という商品がいくらもあった。高校生の頃、小遣いを貯めて初めて購入したスピーカーケーブルは、「高音質無酸素銅リッツ線」を謳った製品だったが、何だかフニャフニャと芯の定まらない音だったように記憶している。持った感じもまさに音そのままという、太いが柔らかいケーブルだった。また、ビクターが発売して結構ヒットした、いわゆる「真田ヒモ」スピーカーケーブルも、ソフトなタッチは決して悪くないが、音がどうにもこちらへ飛んでこない音だった記憶がある。




調べてみたら、ビクターの真田ヒモケーブルはSC-1005という型番だった。こういう往年のベストセラーは、今なおどこかで情報が得られるのがありがたい。ちなみに、私が初めて買った"高音質ケーブル"は、今となってはメーカーも分からないし、探索できなかった。

 そんな中、1983年頃だったか、強烈に音を飛ばすケーブルが発売された。日立電線が開発したLC-OFC線である。初めて試したのはSPケーブルのSSX-102Pだった。例の「高音質無酸素銅リッツ線」に辟易し、元の赤黒オマケケーブルへ戻していたところへ、あの強烈なキャラクターが飛び込んできたのだから、発芽したてのオーディオマニアにとっては十分すぎる刺激で、以来すっかりLC-OFCのファンとなり、わがオーディオ人生に大きな影響を与えてくれたものである。

 クラスメートのオーディオ仲間とともにLC-OFCでワイワイやっていた頃、オーディオテクニカからLC-OFCのシェルリード線AT625が発売された。確か850円くらいではなかったか。即座に買ってきて、当時使っていた安物プレーヤーのADC型ストレート・アームのシェルに取り付けてみたら、やはりこちらも強烈に音を前へ出すキャラクターだ。

 しかし、シェルリードとSPケーブルをともにLC-OFCとしてしまうと、どうにも中高域の張り出しが気になり始めた。具体的には、シンバルなどが必要以上に金気臭くなり、全体にも明るく張り出すが金属っぽさ、銅板の上で歌っているような違和感が拭えなくなってきたのである。








日立電線のLC-OFCスピーカーケーブルSSX-102P。この芯線がピンピンと実に硬く、指先で撚っても元へ戻ろうとするので難儀したものだ。あのガシャガシャと金気臭いところまで含め、思い出深いケーブルである。

 今思えば、LC-OFCはピンピンに弾力性を残した硬銅線だったから、という要因が大きいのであろう。そのバネ性で中高域を文字通りビンビン飛ばしていたのが魅力でもあり、同時に気になり始めると耳へついて離れない、ということにもなったものと思われる。


 そういうキャラクターへ違和感を生じつつ、LC-OFCシェルリードとの付き合いが続いていたら、ほんの2年後くらいではなかったか、今度はPC-OCC線というのが登場してきた。千葉工業大学の大野篤美教授が開発された連続鋳造法により、結晶の粒界がほとんど存在しないという画期的な銅線で、実際にその物性は極めて優れたものがあり、2013年の生産中止まで、世界中の高音質ケーブルを"土台"として支える、電線界の巨人だった。

 PC-OCC技術が発表されて間もなく、オーディオテクニカはSPケーブルとシェルリードを登場させた。もちろんすぐに購入し、特にシェルリードを聴いた時の衝撃は、今もって忘れない。それまでいささかガシャガシャした質感を伴っていた再生音がすっきりと晴れ渡り、「あぁ、品位の高い音というのは、こういうことをいうんだな」と、安物ばかりしか使ってこなかった若者に教えてくれたものだ。


 もちろん、音を積極的にガンガン飛ばすところ、雑味まで含めての音の勢いの良さはLC-OFCの大いなる美点で、当時の私もそこを高く買っていた。また、PC-OCCシェルリードの上品さ、なかんずく低域方向が少しばかり大人しくなってしまうところは、わが好みとは少々異なる部分だが、それでも前述の品位、たたずまいの端正さはPC-OCCが圧倒的で、以来わがシェルリードのリファレンスはPC-OCC線が一角を常に担っている。

 驚くべきことに、発売からもう35年はたっているであろうこのPC-OCCシェルリードAT6101は、今なお継続販売されている。しかも、1,000円という発売当時の価格から変わることなく、である。PC-OCCが生産完了になってからでももう7年、同社に話を聞いたら、「まだしばらくは継続できそうです」ということだった。同社の連綿たるアナログに対するフォローアップの姿勢には、本当に足を向けて寝られない。

 そんなAT625とAT6101の音の違いを目の当たりにし、「シェルリードは面白い!」と開眼した私は、以来まぁそれはそれは数多くのリード線を購入し、聴いてきた。もちろんオーディオが本業になってからもそれは続き、先日発売された季刊「アナログ」誌でもリード線の一斉試聴を担当したが、既に過半数は聴いたことのある製品だったものである。


 さて、シェルリード業界といえば、もうアナログファンには知らぬ人のない"巨星"がおられる。そう、KS-Remastaの柄沢伸吾氏である。柄沢さんと知り合ったのはもう20年以上も前、もちろん彼がシェルリード職人として頭角を顕すずっと前のことだ。

 長岡鉄男氏のファンクラブというか、正確にいえば長岡氏が"黒幕"を務められていた(ご本人談)オーディオサークルがある。ミューズの方舟である。古くは何とオーディオフェア(懐かしい名だ)へ参加し、池袋サンシャイン・プリンスホテルの1室を借りてデモを行っていたし、現在は年に一度の「自作スピーカー・コンテスト」を、もう20年以上も続けている。非常に活発な団体である。


 私自身は会員になったことがないのだが、長岡氏の担当編集者だった頃、スピーカーを作るぞというと大勢の会員諸氏が手弁当で駆け付けてくれたし、私自身の「自作派オーディオライター」としての活動も、陰になり日向になりバックアップしてくれる、まことに「面倒見の良い隣人」というような立ち位置で、親しく付き合わせてもらっている。そういえば、亡くなられた村井裕弥さんも「ミューズの方舟の幽霊会員だった」とおっしゃっていたと記憶する。





 よほどスケジュールが他とバッティングしない限り、私も毎年「自作スピーカー・コンテスト」には馳せ参じ、といっても単に観客として場を賑やかすだけなのだが、毎年会える会員諸氏とオーディオ情報交換&バカ話をすることを楽しみにしている。そんなコンテストの実行委員を長年務めておられるのが柄沢さんで、いつの間にか親しくなり、他のオーディオショーですれ違っても、いろいろやり取りをさせてもらうようになった。


 もう今から10年以上前になると思うが、あるショーですれ違った柄沢さんが「炭山さんはビクターのMC-L10をお使いでしたよね?」と水を向けられた。「ええ、わが家で一番いい音を聴かせるカートリッジです」と答えたら、「MC-L10専用に作ったシェルリードがあるんです。よかったら聴いてもらえませんか」とおっしゃるではないか。

 一も二もなく応諾し、わが家のMC-L10へ接続した時の驚きを何と伝えたらよいだろう。MC-L10の美点をそのままに、解像度とスケール感を数倍へ高め、目の前に大伽藍のようなスーパー音場を現出させるのだ。すぐ連絡をしてそう伝えたら、柄沢さんはとても喜んで下さった。以来、わが家のL10はそのコンディションで動態保存し、時折引っ張り出しては「あぁ、やっぱり凄い音だなぁ」と、その持ち味を堪能する日々が続いている。




オーディオテクニカのPC-OCCシェルリードAT6101。この業界で35年も作り続けられていると、ほとんど「生きた化石」扱いされるものだが、このリードは今もなお現役で十二分に使える。特に今となってはPC-OCCの音質傾向を伝える生き証人ということもあり、またたった1,000円でもあるから、未体験の人は今のうちに購入しておくことを薦めるものだ。

 一方その頃、ヤフオクを中心に高音質のシェルリードを供給する「モスビン」というハンドルネームのシェルリード職人が抬頭してきていた。「世の中にはあの小さなケーブルに情熱を燃やす人がいろいろおられるものだな」と思っていたら、ある時古い友人と話していた際にその話題となり、「あぁ、モスビンさんって柄沢さんのことだよ」と教えてもらって、なるほどと腑に落ちた。


 以来、折に触れてはいろいろな試作リードを聴かせてもらい、さまざまな世界観を背負いつつ、芯の強い高音質という線は一切ブレることのない、柄沢リードの世界をいろいろ楽しませてもらってきた。これまでハンダ付けの面は適度に"荒らす"、即ちザラザラさせてハンダの食い付きをよくするというのがセオリーだったが、柄沢さんはハンダ面を鏡面仕上げするというのが独自技術で、それがどこまでこだわっても飽和点を生ずることがなく、遂に60万円という製品を生み出すに至っている。とはいえ、柄沢さんの作品はプレミアム商品といっても無暗な利潤を取るのではなく、価格の大半が時間工賃なのであろうと容易に推察される。鏡面仕上げをする際に用いる刃物を研ぐだけでも、大変な労力が嵩んでいるのである。


 とまぁ、ここまで書いておいて、今回は実はシェルリードの話ではない。先日柄沢さんとお会いした際、「インコネなんかを作ってほしいといわれることはありませんか?」と、半ば冗談でネタを振ったら、何と既に製作は開始されているというではないか。というわけで、急遽お貸し出しを願い、ここでリポートしようと思い立った、という次第である。


 すぐに柄沢さんから、どっさりとケーブル類が届いた。RCAインコネ4種類、DIN→RCAフォノケーブル4種類の計8セットである。ケーブルはいずれも米ベルデン製で、インコネは88760、フォノケーブルは88761が採用されている。自作派の間に高音質と確固たる評価を得ている素材で、88760の方が僅かに太く、細い88761はヘッドホン・リケーブルに使っている人もおられるというから驚く。いや何のことはない、かなり硬いケーブルなのだ。導体はベルデンならではのMILスペック錫メッキ銅線で、絶縁体はフッ素樹脂が用いられている。何でもないルックスのケーブルだが、結構ハイテクなのである。








ミューズの方舟「自作スピーカーコンテスト」の模様。毎冬、12月初旬頃に東京は品川区の品川区立中小企業センター・レクリエーションホールで開催される。今年はまだ告知がないが、開催が可能になるだろうか?

 プラグは金メッキ削り出しながら、それこそ"普通"のもので、高級ケーブルならもう少し格好良いものを、とついついいいたくなるが、いやちょっと待ってほしい。このプラグ、挿し心地は実にしっかりしているから、柄沢さんが特に厳選されたものなのであろう。どんなケーブルでもそうだが、一定以上のクオリティを持つ素材がそろっているなら、音の良し悪しを決める一番の要素が「ハンダ付けのクオリティ」であることに疑問の余地はない。以前、「オーディオ実験工房」でも柄沢さんをお呼びして、柄沢さんとわが相棒の荒川敬さん、そして私が、全く同じケーブルとチップを使ってシェルリードを作るという企画を行ったことがある。柄沢さんも荒川さんもそれぞれキャラクターは違うものの、素晴らしい音のリードを構築されていたのに対し、私の作ったリードはもう明らかにガサガサと聴き劣りしていたものだ。


 もっとも、この企画では「職人2人の競作に素人が混じる」というコントラストを狙ったものでもあり、まさに狙い通りの音の違いが出て、まぁ私としても満足な機会ではあった。いろいろなところで言っているが、私自身長年ハンダごてを握ってきた者ではあっても、「日曜大工はどう頑張っても家具職人にかなわない」のである。


 さて、柄沢ケーブルの試聴にかかろう。まずインコネから、3万円のKS-RCA001/MR.IIを聴く。リファレンス・システムのディスクプレーヤーとプリアンプの間へ挿入して聴いた。一聴して音が力強く、ワイドレンジで豪快なサウンドを持つと知れる。スケールが大きく、音像が生きいきと躍動し、音場は中世の教会建築を思わせる大きさと揺るぎなさを聴かせる。かつて体験したことのある88760の美点も聴き取ることができるが、かつて聴いたものとは比較にならない大迫力である。一番安い個体でこれか、と、シェルリードからインコネになっても変わることのない、柄沢さんのていねい極まる仕事ぶりに頭を垂れた。

 次に聴くのは、5万円のKS-RCA-001/STDだ。見た目は左右を結束しているチューブの色以外に全く変わらないが、ハンダとフラックスのブレンドで音とグレードの違いを出しているそうである。音は一聴して伸びやかさが増し、特に高域方向へ自然に伸びた傾向が素晴らしい。MR.IIも全然不足がなかったが、改めて比べるとややヴィンテージっぽいというか、音の太さに振られていたのかなと思い当たる。脳味噌を引っ掻き回されるような高域のアタックを聴かせる現代音楽では、STDの方がより"引っ掻き回される"音だった。古いジャズなどを聴くと、ちょっと音がピカピカしてしまうきらいもあり、このあたりは価格差というよりキャラクターの差で選びたい。







 お次はKS-RCA-001/EVO.I、10万円だ。つなぎ直して試聴トラックをかけたら、STDからの連続性として高域方向の伸びやかさ、抜けの良さをはっきりと聴き取ることができるが、より雑味が抜けたというか、無理矢理引っ張り上げているのではなく、ごく自然に湧き上がるような抜けの良さを聴かせるのが面白い。聴感上のS/N感もさらに向上し、微細な情報をより克明に耳へ届けてくれる。現代音楽は音像がグッとピンポイントになり、例の高域が鋭く、しかし不思議なくらい刺激なしに耳へ飛び込んでくる。「へぇ、この曲はこんな鳴り方にもなるんだ」と、新鮮な驚きが得られた。古いジャズは高域のピカピカが抑えられ、こなれた響きになった。




私にとっての柄沢ケーブル初体験、専用設計のリードを装着したビクターMC-L10。ヘッドシェルはゾノトーンのZ-SHELL10を使っている。初めてこのリードを取り付けた時は、まだ確かテクニカAT-LH15を使っていて、付属のAT6101との圧倒的な差に感激したものだった。


 さて、インコネの"真打ち"はKS-RCA-001/SR-NVK、20万円となる。柄沢さんご自身が「持てる技術を惜しみなく注ぎ込んだ」とおっしゃるからには、それはそれは凄いものなのだろうといささかの先入観を持ちつつの試聴となったが、一聴して「何だ、この生々しさは!」と仰天する。そんな先入観など、ちっぽけなものだった。クラシックはオケがまさに編成の見えるような生々しさで聴く者へ迫る。もちろんハイレゾを中心に、かなりの優秀録音をリファレンス音源として聴いているのだが、ノイズフロアがさらに数段下がり、弦の質感が微細な毛羽立ちを伴いつつ、耳へ抵抗なく入ってくる。それでいながら、お公家さんのように小ぎれいにまとまってしまわないのがこのケーブルの凄いところで、例の現代音楽も超微粒子で超高品位の超高域が脳髄を存分に引っ掻き回してくれる。低域も輪郭鮮明でパワフル、どんな打楽器を叩いているのか、形が眼前に現れるようだ。古いジャズを聴いても、ピシリと整った端正さを聴かせつつ、往年の音源が持つ深みと再生装置による現代性を高い次元で両立させる、そんな感触を得た。

 現代のケーブル事情で20万円というのは、インコネとしてはさほど"ハイエンド"というわけではない。一定以上の装置を構築されている人には、ぜひとも広く体験してほしい、そんな音の世界を存分に味わわせてくれた。名作である。


 さぁ、フォノケーブルの試聴に移ろう。最初はKS-PHONO-001/MRII、3万円を聴く。聴き慣れた装置で、聴き慣れたレコードへ針を落としたというのに、一聴して仰天である。一体何だ、このスケールと鮮明さは! わが家のフォノケーブルは、もうずいぶん長く惚れ込んで使い続けているものなのだが、その"恋女房"と比して、なおこれほどまで目覚ましい違いを聴かせるのかと、もう脱帽せざるを得ない。ジャズもキリリと締まった音で、しかし音が全然痩せることがなく、存在感の強さ、太さが耳に快い。ボリュームをいくら上げても荒れないS/Nの優秀性も素晴らしい。ポップスはその堂々たる安定性、声のゾクゾクするような質感が極上の聴き心地をもたらしてくれる。しかし、今聴いているのはボトムエンドの製品なのだ。これから一体どんなことになるのか、少々身が引き締まる思いがする。







柄沢インコネ(写真右)と同フォノケーブル(左)。写真はどちらも最上級のSR-NVKだが、見た目は最廉価品からほとんど変わらない。しかし音の違いはまことに圧倒的だった。ぜひ多くの人にこの境地を味わっていただきたい。


 続いてはKS-PHONO-001/STD、5万円を聴こう。インコネと同じく、やはりMRIIに比べて高域が伸びやかな方向性を聴き取ることができるが、インコネに比べると無理なく自然に伸ばしたような風合いが聴き取れるのが面白い。ジャズは猛烈なウッドベースが聴ける盤なのだが、その轟然たる低音を何ということもなく、ハイスピードで闊達に鳴らし切ってしまうのが何とも凄い。人によっては「物足りない」という向きもおいでかもしれないが、量感たっぷりにモッタリ鳴らすよりずっとこちらがハイファイだと思う。ポップスはヴァイブの質感がより涼やかかつ濃厚で、声は一聴サラリとしていながら、歌姫の込めた情感をしっかりと伝える。うん、これも実にいい。


 お次はKS-PHONO-001/EVO.I、10万円だ。クラシックはMRIIとSTDの良い所取りというか、オケの存在感が太く轟然と鳴り渡りながら、レンジが両端に伸び、特に高域の爽やかさ、みずみずしさはこれまであまり聴いたことがない。ノイズフロアが大きく下がったことにも注目すべきであろう。ジャズも音像の端正さ、開放感を聴かせつつ、パワフルでハイスピードの超低音方向が素晴らしい。これはある種、柄沢さんが素材のブレンドとハンダ付けの技で、私たちに魔法をかけたようなものといってよいのではないか。ポップスはさらに安定感が増し、ヴァイブの響きの涼やかさとアタックの"硬さ"がともに出る。歌はグッと前へ出るような実在感を聴かせながら、音像が肥大しないのが素晴らしい。

 さて、今次試聴のトリを飾るのはKS-PHONO-001/SR-NVK、20万円である。つなぎ替えていつもの盤へ針を落としたら、またしても驚愕することとなった。音場の広さ深さ、オケのスケール感、ノイズフロアまで、何もかもが別物だ。EVO.Iに、いやMRIIにだって結構驚いていたというのに、一体どこにこれだけ「隔絶した」といっていいほどの伸びしろがあったのか。しかも、考えてみてほしい。ケーブルも両端プラグも3万円から20万円まで、全く同じなのだ。柄沢さんの底知れぬノウハウの深みと、しっかり音の差を表現する腕の確かさを、シェルリードに続いてインコネ/フォノケーブルでも強く実感することができた。

 ジャズは「何と艶やかで心浮き立つウッドベースよ!」と、いっぺんに心をわしづかみにされてしまった。思えば、ヴィンテージ・オーディオの多くには異様な生々しさ、反応の良さ、音の太さと迫力があるのに対し、現代ハイエンドには緻密な表現力と針穴を通す解像度、両端にどこまでも伸びたワイドレンジ、そして録音現場の空間込みで表現するサウンドステージ、といったものが得られる。その両者を非常に高い次元で獲得できているのが柄沢ケーブルなのではないか。思わずこんなことを考えてしまう表現である。

 ポップスは、もう「ここの質感が」とか「スピード感が」などということはいいたくない。大好きな歌姫が伴奏を従えて、まさに目の前で歌ってくれる。それ以外のものがすべて消失した、リスナーと歌手だけの濃密な空間が現れてしまったからだ。しかしまぁ、何ともケタ外れの世界である。わが家の装置からこんな音が出るだなんて、実際に聴くまで想像もできなかった。


 ご存じの人も多いかと思うが、わが家のアナログは諸先輩方とは比べ物にならないささやかさで、そんな構成から可能な限りの表現を引き出そうと日夜奮闘しているのだが、柄沢さんのケーブルにはもう降参である。「うん、まだこれだけの伸びしろは(少なくとも)あるんだね」ということを教えてもらった、ということを今後の糧として、頑張っていかねばならないなと思わず考えてしまった、今回の試聴だった。


 最後に、大したことではないが少しだけ苦言と今後のリクエストを書いておきたい。苦言とは、プレーヤー側の5ピンDIN端子である。柄沢さんが採用された端子は、スリーブ周りの円筒に突起がないタイプで、わが家のプレーヤー設置環境ではいささか挿すのに苦労した、というだけの話なのだが、もしこの端子が飛び抜けて音が良いのであれば、そんなことは些細な問題だから無視していただいて全然問題ない。



 今後のリクエストはほかでもない、インコネはXLRケーブルを、フォノもバランス増幅対応の片側XLRタイプを、それぞれ用意していただけると実にありがたい。そうすることで、1人でも多くの人へこのケーブルの凄味を味わってもらえるだろうし、何よりバランス・フォノはアナログの世界をさらなる高みへ一気に駆け上がらせる決め手となり得るものだけに、そこへこのケーブルが加わったら「鬼に金棒」以外の何物でもないと考えるからだ。


 最後に、貴重な試聴ケーブルを全部わが家へ送って下さった柄沢さんに、厚く御礼を申し上げなければなるまい。本当にありがとうございました。

(2020年8月7日更新) 第263回に戻る 第265回に進む 

炭山アキラ

炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。

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