コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー
第271回/ビル・エバンスの『ライヴ・イン・トーキョー』に一目置いた9月[田中伊佐資]
●9月×日/ソニー・ミュージックから「ジャズ・アナログ・レジェンダリー・コレクション」シリーズでレコードが復刻された。
マイルス・デイビスの『カインド・オブ・ブルー』(モノラルとステレオ)、同じくマイルス『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』、デイヴ・ブルーベック『タイム・アウト』など、さすがは第一弾、名盤にして名録音が並んでいる。
それ以上にウハッと来たのがむちゃ音がいいことだ。特にエディ・ゴメスのベース。ふくよかでズーンと響く。ウッドベースのおいしい音が録音されている。僕のゴメス観がすっかり変わった。
来日した73年といえば、4チャンネルステレオが盛り上がっていた時代だ。それを見越して録音していたのだろう。実際に4チャンネル・レコードは発売されたのだろうか。
ともあれその発掘テープをミキシングして2チャンネルに仕立て直したものをマスターにしている。もちろんこれは世界初。かつてのオリジナル盤(国内盤)を見つけて音を聴き比べてみたい気も少しはするが、たぶん今回のほうが音はいいんじゃないかと僕は見込んでいる。その必要はないだろう。
(2020年10月20日更新)
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お持ちの機器との接続方法マイルス・デイビスの『カインド・オブ・ブルー』(モノラルとステレオ)、同じくマイルス『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』、デイヴ・ブルーベック『タイム・アウト』など、さすがは第一弾、名盤にして名録音が並んでいる。
ただ5枚のうちの最後、ビル・エバンス『ライヴ・イン・トーキョー』 、これってどうなんだと思った。ソニーはコロムビア、CBS、RCA、エピックなどの原盤権を持っている。出すべきものはほかにあるんじゃないのか。やっぱりソニーはエバンスの名前が欲しかったのか。来日したときにたまたま録ったライヴ盤じゃないの。 とまあ、だいたいなにかの復刻で自分の思い通りでないラインナップだと小舅のようにああだ、こうだ言いたいわけです。 正直なところ『ライヴ・イン・トーキョー』は聴いた記憶もないので完全に侮っていたわけだが、今回のレコードを聴いて不明を恥じた。 エバンスは初来日ツアーだったが、どの会場でも聴衆が温かく迎え入れてくれてとても気を良くして演奏したという話は伝わっている。確かに内容もかなり充実している。 |
ビル・エバンスの『ライヴ・イン・トーキョー』 |
『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エバンス』 |
というのも『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エバンス』のゴメスなんて、低音は硬質だし、超絶プレイだが早口で喋りすぎるしで、僕はよっぽどでないと聴く気がしない。今回もまたおんなじように、チョコマカ突っ走っているのだろうと思い込んでいた。 僕の私見だが、この城ジャケットはいかにもオープンエアな場所で録ったかのようないい印象を醸し出しているように思う。実際の会場はそれほど広くなく、複数のお客さんがいくつかの大きな丸テーブルを囲み、飲食ができるようなところだ。それが悪いということではないが(むしろジャズの録音はそのほうがいい場合が多い)、ジャケのイメージは聴き手に影響を与えるものだ。 逆に『イン・トーキョー』でいえば、エバンスは長髪にチョビ髭。『ポートレイト・イン・ジャズ』など初期作品の凜々しい風貌がすり込まれているとそこにいささかギャップがあり、引き立たないかもしれない。若い頃の顔立ちが格好良すぎるのかもしれないが、晩年のヒゲもじゃの顔も巨匠の貫禄があって僕は好きだが。 |
そういえば、僕がジャズ雑誌の編集をやっていた頃、ビル・エバンスを表紙にすると間違いなく売れた。しかし、記事が充実していようとも、髭をはやした時代の写真はだめだった。若い写真に限られていた。ポップ・アイドルではないのだから、そんなの関係ないはずなのだが、表紙もやっぱり読者の心理と無縁ではない。 まあそのあたりの件はいいとして、タイミングよくソニーの乃木坂スタジオで、本シリーズのマスタリングを担当した鈴木浩二さん、カッティングの堀内寿哉さんに取材させてもらうことができた。 歴史的名盤『カインド・オブ・ブルー』が話の幹になるのは当然として、おしまいの頃になってエバンスのイン・トーキョーは、音がいいのでびっくりしたと伝えた。すると「マスターテープは低音が少なかったので、もっといいのないかなと探したら、4チャンネルのマスターが見つかった」という返事だった。 |
ビル・エバンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』 |
ともあれその発掘テープをミキシングして2チャンネルに仕立て直したものをマスターにしている。もちろんこれは世界初。かつてのオリジナル盤(国内盤)を見つけて音を聴き比べてみたい気も少しはするが、たぶん今回のほうが音はいいんじゃないかと僕は見込んでいる。その必要はないだろう。
スティーブ・キューンの『モストリー・コルトレーン』 |
●9月×日/ステレオ誌の次号が「ホーン・スピーカー特集」。ホーン・スピーカーに合うジャズ名盤を紹介して欲しいと編集部より連絡があった。 そんなら、単純にトランペットやサックスなどのホーン楽器がいいでしょうと提案して、手持ち盤を矢継ぎ早に聴き始める。 昔の作品を掘り返すとどうしてもルディ・ヴァン・ゲルダー録音に傾きがちなので、久しぶりにCDをまとめて聴き始める。 そうするとECMレーベルのアメリカ録音は僕の好みのものが多く、その界隈に向かっていく。ECMはオスロのレインボー・スタジオ録音を代表とするヨーロッパものもいいが、質感がちょっとクリスタルすぎて猥雑な自宅システムの音と微妙に合わない。 チャールス・ロイドやクリス・ポッター、アンディ・シェパードなどいろいろ聴いているうちに、みんないいじゃんとなってわけがわからなくなり、気晴らしにピアノでも聴くかとスティーブ・キューンのあたりを見ると、おーこれがあったかとなった。 |
コルトレーンに捧げたタイトルもずばり『モストリー・コルトレーン』。サックス奏者はジョー・ロバーノ。彼がリーダーの作品は、おおむねソロが暑苦しいのだが、ここではキューンのピアノに刺激を受けてか、しっとりした情緒がある。 曲を飛ばすこともなくスピーカーに向かったまま音楽に没頭し、数年ぶりにCD1枚を聴き通した。自然とそうなるCDが僕にとっての名盤だ。僕は曲の途中で見切りを付けるのが早い飛ばし屋なので、棚をじっと見たところ、そういうCDはかなり少なそうだ。 |
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