コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

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第277回/レコードの掃除をしながら、とりとめもないことをつらつら考えた11月[田中伊佐資]

●11月×日/僕は何年も前に、レコードクリーニングマシンのことを「ウォシュレットみたいなもの。知らなければ無くても困ることはないけど、使い始めてしまうとこれが無ければ困る」みたいなことを書いたことがあり、いまでもそうは思っているものの、この例えはあまり適切ではなくなってきた。
 家庭の温水洗浄便座の普及率は近年80%を超えているらしい。となるとレコードファンの10人に8人がクリーニングマシンを持っているという前提になってしまう。もちろんそんなことはなく0.5人いるかどうか、いやそれも怪しい。
 そんな大袈裟な機械を入れてレコードを洗う必要もなかろう、汚れていたら手で磨けば十分といった人が多いのではないかと思う。
 僕もかつてはその口だったのだが、8年前にVPIの新品マシンがオークションに出ていて、楽しみがてらにちょいと入れてみたら、なぜか4万円ちょっとの破格値で転がり込んできてしまった。成り行きで買ってしまった。
for SMILE lab のバキューム式レコードクリーニングマシン「クリーメイトネオ」

iFi Audioのフォノイコライザー「iPhono 3 BL」

 VPIは洗浄液を塗布したあとにブラッシングして汚れもろとも吸い込むタイプで、なるほどプチプチノイズが減るだけでなく、ミクロレベルの皮膜的汚れが除去されて、音がクリアになった。
 うれしいのは、中古盤店で汚盤ゆえの格安盤に手を出しやすくなったことだ。これくらいの汚れだったら、結構復活するであろうと当たりをつけられるようになってくる。
 その後、取材で試用して気に入った新潟メイドのマシン、「クリーメイト」を使っていたが、メーカーの担当者が業務を引き継いで独立し、新型の「クリーメイトネオ」をこのほど発売した。
 これも取材にかこつけて自宅で使ってみたが、製品としてかなりブラッシュアップしている。

 まずデザインが急激に洗練された。洗浄液のバキューム力がアップして、吸い込み音(まさに掃除機の音)が減った。ご多分に漏れず、モデルチェンジの常で価格は税別13万円台にアップしてしまったが、旧製品に固執する理由はそれほどない。
 ところでクリーニングマシンの普及率が低いのは、価格もさることながら、置く場所の確保がなかなかのネックになっていると感じる。レコードを掃除する以上、レコードプレーヤー並みかそれ以上のスペースが必要になるのは仕方がないものの、これが普及の行く手を阻んでいるのは間違いない。
 そんなの置くくらいなら、もっと大きなスピーカーを鳴らしたいとか、もっとたくさんレコードを並べたいとか。「お尻、じゃなくてレコードだって洗って欲しい」はずなのだが、市民権を得るにはまだ先は長い。

 この件と逆のことがあった。いまiFi Audioのフォノイコライザー「iPhono 3 BL」を輸入元から借りて長期試聴をしている。これがポッキーの箱を貧弱にさせたくらいの大きさしかない。
 デザインがほとんど変わらないまま、初代、2代目、そしてこの3代目に至るまで音質は目覚ましく改善されていて、さらに強化電源を奢ってやると、もはやそのへんのフォノイコでは太刀打ちできなほどの実力を見せる。短い信号経路を感じさせるテキパキとした反応、高い解像度は聴いていて気持ちがいい。
 しかし、もう一度まったくおんなじことを書くと、モデルチェンジの常で価格は税別13万円台にアップしてしまった。
 レコードをちょいとやってみるかと思うような若い世代にしてみれば、これはお安くないだろうし、しっかりオーディオをやっている人にしてみれば、ポッキーでは存在感が薄い。アンプ並みに堂々とした顔つきであって欲しいはずだ。
モガミ電線の超極細フレキシブル2芯シールドで作ったリードワイヤー〜フォノケーブル

 レコードクリーニングマシンとは反対に、省スペース設計は悪くはないけど、あまりにも華奢すぎて頼りなく見えるだろう。

 そんな話をiPhono 3 BLの広報を担当する菅沼洋介さんにすると「このサイズはメリットあるんですよ。プレーヤーの裏側や横などなるべく近くに置いて、最短時間で微小なフォノ信号の出力レベルを上げることができるんです」ときた。
 なあるほどだ。そこまで考えていなかった。最短距離のフォノケーブル。それはいい。
 距離も重要だが、レコードの信号がフォノイコライザーに入るまでの経路上、最少の接点にしたくて、このところカートリッジのリードワイヤーを直接フォノイコライザーに入れている。
 これによってユニバーサルアームであれば、リードワイヤー → ヘッドシェルの入力端子 → アームの入力端子 → アーム内ケーブル → アームのフォノ出力プラグなど「→」の部分に該当する接点を省略することができ、その結果より滑らかな音になった。
 ここで使う線材は、モガミ電線の業務用で超極細フレキシブル2芯シールドAWG36。
 この方式にすると簡単にカートリッジを交換することができなくなったけど、常用するシュアのM44がさらに一皮剥けた感じになってきた。
 その一件をまた菅沼さんにすると「へえそうですか。モガミですか。今年になってスタジオなどで広く使われている業務用ケーブルを集めて試聴を繰り返しているんです。もちろんモガミも何本か持っています」ときた。
 そのケーブルを借りて、大試聴会をやってみるか。とにかくプロの業務用ケーブルはメーター数千円と安いから、どでかい金鉱になるかもしれない。もちろんそうなれば、情報を独占せずに雑誌に書きます。
 安くていいケーブルはいっぱいあるわけですよ。


(2020年12月18日更新)   第276回に戻る  第278回に進む  

田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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