コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー

第284回/自分がオーディオで鳴らしたい音楽[鈴木裕]




 エベレストの登頂ルートのそこここには、登頂途中で力尽きた登山家たちの遺体が何体も収容されずに転がったままになっているという。ある遺体はルートの目印にさえなっている。そのイメージが残っていたのだろう。寺島靖国さんの番組にゲスト出演させてもらった時に、以下のようなことをしゃべった。オーディオにおいてハイファイという峻厳な山の頂きにはほぼ誰も到達しておらず、その途中には登り切れなかった数々のオーディオマニアたちの亡骸(なきがら)が倒れていると。

 どうもラジオというか音声メディアで、しかも人の番組だと余計なことをエラそうにしゃべってしまって反省しているのだが、もちろん本心でもある。ハイファイは高い忠実度で録音に入っている情報を再現するオーディオやその鳴らし方のことだが、一般的には音色ハイファイのことを指す場合が多い。しかしその要素を考えてみると音量ハイファイ、サウンドステージハイファイというのもあって、実現するのがかなり難しい。特に自衛隊の大砲の音とか、近くで落雷した音とか地震の時の地面の揺れを伴った低音の感じとか。こういったものを音色感だけでなく、そのとてつもない音量と立ち上がりのエネルギーとか、いち地方都市全体が揺れているのが見えてくるようなサウンドステージを忠実度高く再現することを考えると、「ハイファイという峻厳な山の頂きにはほぼ誰も到達していない」というのも大げさじゃない気はしている。



エベレストと比較すれば富士山での遭難は少ない。しかし、冬の富士山はやはり危険な山だ。何をどう再生するかによって難しさが変わってくる。






2019年2月14日。クルレンティス指揮ムジカ・エテルナの演奏を大阪のフェスティバルホールに聴きにいくために新幹線で移動中。スマホのアプリでのスピードメーター。そうまでして、彼らのオーケストラの演奏を聴きたかった。この時のことは「第213回/クレルンツィス/ムジカ・エテルナの、録音と実演の関係」に書いている。

2019年10月。インポーターであるノア/アークジョイアの試聴室にて。この時のオーケストラの音が凄かった。詳しくは「第239回/聴いたことがない音は想像できない

 と、いきなり例題が悪すぎるというか、音楽でもなくて恐縮だが、そう考えてみるともっともっと小さい音量で、小さいサウンドステージで、複雑な音の成分でもなく、低域方向のレンジを必要としない音楽だったらハイファが成立しているようにも考えられる。たとえばステージ上のアコースティック・ギター1本をワンポイント・ステレオマイクで捉えた演奏とか、現在のいいオーディオ機器のポテンシャルとか、セットアップ能力の蓄積、環境を整える財力があったらけっこう再現できるんじゃないだろうか。
 つまり、何を鳴らしたいかによってオーディオの規模とかクォリティも変わってくるという話。

 ということで自分は何を鳴らしたくてオーディオをやっているのか。短く書けば「クラシックの、編成の大きいオーケストラの音楽」。いやもちろん、ロックもポップスもジャズも鳴らしたいし、ボッサ・ノヴァもファドもサリフ・ケイタもイヌイットの音楽もいい感じで聴きたいのだが、いわゆる「無人島で、これしか聴けないとしたらどのジャンルを選ぶか」というような愚問を質問されたら、答えはオーケストラの音楽というのが本音なんだと思う。こんなシンプルなことなのに、ちゃんと自覚できたのが恥ずかしながら最近だ。

 出来事がふたつある。
 まずは『ステレオ』誌の2021年2月号の大特集「さぁ、クラシックを聴こう」企画。自分が担当したのは、「この盤で浸る! オーディオの魔力・クラシックの魅力」。体験者として斉藤りかさんにお願いし、まず山ノ内正さんのオーディオルームに行って、その選曲を聴き、続いて自分のところに来て、こちらの選曲を聴くという取材だった。
 ここで山ノ内さんの選曲はご自身でこう語っている。引用させてもらおう。「僕が好きな曲から選んでいます。選んでから気づきましたけど、ほとんどが声楽か歌の関連作品でした。」 なるほどなるほど。
 それに対して自分は1曲だけリュート(ギター)と歌のソフトだが、あとは全部オーケストラ曲。作曲家で言えばワグナー、プロコフィエフ、ラフニマニフ、ベートーヴェン。歌が一曲あって、ベートーヴェン。自分としては私情を挟まず、わかりやすいものにしたつもりだった。迂闊なことに、雑誌が出てから自分がオーケストラ好きなことをあらためて自覚した。



 その次の出来事も印象的だ。
 ミュージックバードの自分の番組で、サブゼロ処理研究所の筒井浩さんに出演してもらった回。サブゼロ処理とはいわゆる深冷技術、クライオ処理をさらに進化させたもので、24時間の処理とそれをもう一回繰り返す48時間の処理の違いを電源ケーブルで体験した時に言われた。24時間の方は筒井さんが言うには「音楽が楽しくなるんです。ボップスやロックに合ってますね」と。48時間は「クラシック音楽を好きな方が好まれますね」と言われて、自分は客観的に48時間のがいいと思ったのだが、自分が好きな音楽が良く聞こえる方を選んでいただけなのかもしれない。

 そもそも音楽への決定的な目覚めはストラヴィンスキーの《春の祭典》なのでまさに大編成のオーケストラの音楽だし、そう言えば以前にこのコラムの第176回「4人の好きな作曲家」でも、バッハ、ブラームス、マーラー、ラヴェルを挙げている。もちろんそれぞれは独奏楽器や室内楽的な編成のすぐれた作品も持っていてそれらも好きだが、最終的にやっぱり『マタイ受難曲』とか『第4交響曲』とか『第10交響曲(五楽章の補筆版)』とか《ダフニスとクロエ》全曲版とか《ラ・ヴァルス》にいってしまう。さらに言えば、その後、バッハは多くの方が好きだから外すとして、別にもう一人考えてみたのだが、その結論はアルバン・ベルクだった。「ヴァイオリンコンチェルト」や《ルル》や《ヴォツェック》が頭にあったわけだ。古典的なヴァイオリン協奏曲だったら、オーケストラをピアノにする形での演奏もアリだが、ベルクのは無理だろう。なぜならばそこでのオーケストラは複雑な音響でダイナミックレンジが広く、多彩な色彩感で,打楽器もいろいろ入って和声やリズムも複雑だからだ。さすがにピアノでは表現しにくい。そういう音響や、実際のオーケストラの音量感が好きで、そういう感じが出るようなオーディオを構築している。

 自分の好みがわかるって大事だ。鳴らす対象はけっこう明確なのだ。それに合ったスピーカー、それを駆動できるアンプ、というように考えていけばいい。いろいろな局面があるのだが、そのために現在やっていることは電源ケーブルの自作ということになるのだが。



2019年12月。ダイナミックオーディオ5555、7階のオーディオルームにて。大型のスピーカーが林立し、大型のアンプで駆動する。ここでのオーケストラの再現性が凄かった。この時のことは「第245回/夢を実現してしまった男」に。

2020年5月、自宅にて。自分のオーディオはすこしずつ思っているような鳴らし方になってきているが、スケール感という点ではまだまだ。

(2021年3月1日更新) 第283回に戻る  第285回に進む  

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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