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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第292回/久しぶりにCDを聴いて、ストリーミングやレコードについて思い巡らした4月[田中伊佐資]

●4月×日/ここ5年位の間にどんなCDを買ったかを思い起こすと、わりと簡単に答えが出てしまう。
 Steve Kuhnの『At This Time…』、Charlie Hadenの『Time / Life』、マーク・リーボウのヤング・フィラデルフィアンズの『ライヴ・イン・トーキョー』、Weather Reportの『Rockpalast, Offenbach 1978』。それくらい。
 新譜でも中古でも、はじめにレコード有りきで物色が発生するため、本当に数えるほどしかない。
 自分はそこそこの音楽愛好家のつもりでいるが、客観的に見ればピュアではないなと思う。音楽だけを純粋に捉えず、レコードという物体や、レコードの音などなどが「好き」の要素に食い込んでいて、そこから逃れられない。どうしてもCDには目が行かない。
 シンプルにひたすら音楽が好きだったら、そんな制約はないはずだ。範囲を狭めることで聴くチャンスを失う作品がある。この柔軟性の無さはどうなんだろうかと省みたりもする。

Weather Reportの『Rockpalast, Offenbach 1978』。CD2枚+DVD1枚の3枚組

Paul Motian Bandの『Garden Of Eden』

 そんなことをつらつら考えたのはステレオ誌で「CDでしかリリースされていないけれど、読者に聴いてもらいたいオススメ作品を2タイトル挙げてください」といったテーマで、何人かの筆者が書く(CDプレーヤー支援?)企画があって、久方ぶりにCDを聴き直していた時だった。
 ざっくり言って、リリース時期としては80年代後半から10~20年の間に出たものに該当する(近年作はレコードとの併売率が高い)。忘れていたが棚に埋もれさせておくのがもったいないCDはかなりたくさんあった。
 例えば渋谷毅が綴る珠玉のエリントン集『エッセンシャル・エリントン』、朝方見る悪い夢のなかで流れていそうなPaul Motian Bandの『Garden Of Eden』、ブライアン・ブレイドの神業4ビート・ドラムが聴けるKenny Garrettの『Triology』などなど、その頃に熱中していたジャズが連なって出てきた。
 ところがだ。その執筆依頼には注釈として「ダウンロード/ストリーミング配信で聴ける作品は対象外」とある。
 始めは「あ、そうなんだ」くらいに受け流していたが、調べてみるとその3枚はもちろん、これは推薦できるときっぱり言えるものは、ことごとくストリーミングで聴けるようになっていた。
 CDでしか聴けない良盤を探すとなると、これがなかなか難しい。いま流通している現行盤は皆無に等しい。廃盤ばかりになってしまう。ちなみに僕が選んだのは、ここでは内容まで触れませんが、吉田美奈子の『BELLS』とスガダイローの『春風』。探さないと入手できないのがとても惜しい。
 そんなことなので、まだ誌面を見ていないからなんとも言えないが、もしかするとそのページは「レアCD特集」になっているかもしれない。「皆さん、CDをどんどん聴きましょう企画」になるはずが、CDがストリーミングに圧倒されていることを象徴するようなページになっていたりして。まあ実際そうなんだから仕方がないけども。

 ストリーミングはミュージックバードと競合関係にあるので、ここでこの手の話をするのはナンですが、「第286回/レコ買いを刺激するデジタルの恩恵を受けた2月」で記したように、ちょいちょいツマミ聴きをしながらの活用は続いている。すっかりレコ買いするには必要不可欠の情報源になった。
Kenny Garrettの『Triology』

吉田美奈子の『BELLS』。左の5枚組ボックス『吉田箱』に収録された『BELLS』は唯一のSACD

 あれから音質的にも進展があった。これまではSpotifyをスマホからBluetoothで飛ばしてiFi audioのNEO iDSD経由で聴いていたが、最近は、SONOREのultraRendu(ネットワーク・アタッチト・レシーバーというらしい)を介在させて、有線で聴けるようになった。飛ばす音はどうしたって線が細い。これで押しが強くなった。
 といっても所詮Spotifyは圧縮音源。今年後半に、CD並のクォリティになるとアナウンスされているものの、まだまだレコードと同じ土俵で勝負できる音ではない。スピーカーに体面してガチで聴く気にはならない。もっぱらそれほど大きな音でなくサラッと流している。
 ところが、しばらく聴いていると耳が慣れてくる。選曲に一生懸命で、音の良し悪しはどうでもよくなる。ストリーミングで音楽がより身近になって、それをきっかけにオーディオの道というか沼に進む人がどんどん増えて欲しいとは思うのだが、音や物に対してとやかくこだわっていない、一般的な音楽好きならこれで十分なんだろうなあ。やっぱりそれ(音楽)とこれ(音)とは別なのかも。
 となれば、音に対して拘泥しまくる方向へ進むオーディオマニアの心境っていったい何なんだろう。自分だって紛れもなくそういう半生を歩んできたにもかかわらず、そこがよくわからない。たとえば定位とか音場感とか、音楽に埋没していれば、そんなの別にどうだっていいじゃんなんだけど、気になると放っておけない。
 いずれにせよ、オーディオってのはかなり風変わりな趣味だと思う。些末な音の変化に大枚をつぎ込むなんて、家計をやりくりしている人にしてみれば理解できるわけがない。
 変ということなら、普通にCDや配信で聴けるのに、時として何万円も投じて手に入れるレコード蒐集もまた相当なものだと思う。
 この前、Mal Waldronの『Mal/4』のオリジナルを見つけ、今後これはもう滅多なことでは出会わないだろうと思い切って買ったのだが、その価格が家内にばれてとっちめられた。その直前に、どこそこのパン屋が遠くて買いに行くのが大変だけど安いので、という話を僕にしたばかりだったことも関係したのか、線路の切り替えレバーを倒したかのように怒りのスイッチはガチャーンとオンになったわけです。
 

(2021年5月20日更新)   第291回に戻る 第293回に進む 

田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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