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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第301回/猛暑と振動対策とオリンピックが渦巻いた7月[田中伊佐資]

●7月×日/いまさらの話だが、日本の夏は暑い。特に東京はひどい。妙にジトッとした熱気が停滞していて、不愉快なことこのうえない。
 自宅システムの音に、ここはこうしたいみたいな不満は常にあり、それを何とかしたいともがいているのだが、この暑さでは何かをやろうという気にならない。
 毎年この時期になると、オーディオの音はまあこれで良しとするかと妥協したい方向に傾く。
 それはそれでいい。暑くてもレコードは聴く。オーディオから解脱ができれば、ソフトに集中すればいい。しかしそこまで割り切ることができないから、厄介なのだ。

 そんな折り、月例になっているステレオ誌のマニア訪問取材を行った。タンノイのウインザーGRFを使っている方だ。
 アメリカ・タンノイということもあるかもしれないが、颯爽とした見通しのよい音は60年以上前のユニットとはとても思えなかった。使いこなしの妙を感じた。
 電源環境や部屋の音響調整など各所に目を光らせていたが、個人的には振動対策が興味深かった。
 その方はマンションなど建築物の免震構造に着目したとかで、柱や梁を太く強くする耐震、ダンパーなどで揺れを和らげる制震、積層ゴムなどで揺れを吸収する免震の3点をオーディオ機器に当てはめていた。
 ゴム、石、木、鹿革、アルミ、チタンなど異種素材でできたボードやインシュレーターを積層させている。少しずつ積み重ねていくとどうしても高くなっていく。それは好ましくないことを承知していたが、やってみると入れたほうが音はいいそうだ。
 ガチガチにリジットに固めるわけでもなく、フワフワにフローティングさせるわけでもなく、素材の重なり具合に計算された微妙なサジ加減を感じられた。
 その結果、ハウリング対策が完璧にできていた。ブオーンといったうなりが聴こえるか、聴こえないかといった初歩レベル(僕の認識はその程度)ではなく、ハウリングマージンの限界に挑戦している。
クリプトン、タオックなどのインシュレーターにアルベントのボードなどを用いて、ハウリングを極限まで抑えたマニア氏のシステム
(写真:高橋慎一)

 ハウリングチェックの基本である、レコードを回転させずに針を載せ、アンプの音量を上げてみた。音を出したらスピーカーが壊れるくらいの領域に達してもブオーンが出てこない。
 ハウリングが実用上まったく問題なくても、マージンを稼ぐと音楽の細部がマスキングされず鮮明になることを知った。とにかくその音はカラッと気持ちのいい音だったのである。

筆者のレコードプレーヤーはアンダンテラルゴのスルーホール・スパイクを脚にして北海道産ヤチダモに直刺し。その下にポリオレフィン素材のスパイダーシートを敷く

 自宅オーディオのセッティングはもっと詰める必要があると取材をしながら急に燃えてきたのだが、家に戻ると「まあー、なんかこれでいいか」とめげてきた。
 機器を持ち上げて、何かを下に入れるのは誰かもう一人いると効率的だが、家にはそういう協力者はいない。そして相変わらず暑い。
 そうこうしているうちにオリンピックが始まった。僕はわりとスポーツ観戦は好きなほうで、つい熱くなってしまうたちではある。根を詰めて集中するため、ぐったりしてしまうことが少なくない。
 スポーツを観てパワーをもらったという話はよくあるが、むしろパワーを消費してしまう。
 しかし開催の是非はあったものの、連日に渡るオリンピックの熱戦にはエネルギーをもらった。同じ市民なので応援していた鈴木亜由子さん(女子マラソン)は最後まで頑張っていた。
「アチー」とか言って、なにかと物臭な日々をやり過ごす自分を恥じ、ここで仕事に邁進する決意を固めるのが本当だが、それよりもオーディオだ。振動対策を洗い直すことにした。
 家では、床にイルンゴのgrndezza(アピトン合板)を敷き、その上にクアドラスパイアの大型ラックを載せた(スパイクを突き刺した)状態がセッティングの土台。
 ラックのなかはレコードプレーヤー、フォノイコ、アンプなどが並んでいる。プレーヤー、パワーアンプ4台はアンダンテラルゴのスルーホール・スパイクを取り付けて、メープルのブロックやブラックウォールナットのボードに突き刺している。
 アンダンテラルゴ代表の鈴木良さんが家に来たとき「これをやっちゃあいけませんよ」と突き刺しをたしなめ、同社のスパイク受けと交換したことがあった。
 音はクリアなハイファイ方向にシフトし、これが普通にいい音なんだろうけど、音楽の油染みが醸し出すブルージーな感じが薄かった。
 僕がお高いMCカートリッジではなく、数千円の中古シュアM44を使っているのはそういうところにある。
パワーアンプもブラックウォールナットのボードに直刺し。その下にアコースティックリバイブの水晶インシュレーターを入れる
 そんなわけで、持ち合わせの樹脂、金属、木などのインシュレーターを出してきて機器類の下に入れながら、ハイファイではないラウドなトーンを探っていく。だがハウリングマージンを稼ぐところまでいかない。音色がいまいちしっくりこないのだ。
チキン・シャックの『イマジネーション・レディ』。試聴曲は「クライング・ウォント・ヘルプ・ユー」

 たとえばチキン・シャックの『イマジネーション・レディ』は、やかましいくらいドカドカぶっ飛ばして欲しいギタートリオだが、硬質な素材で固めるとどうしてもキツくなるし、樹脂系は品が良すぎる。
 結局のところ、あまり深く意識もせずにじわじわ時間をかけてできあがったこれまでのセッティングが自分にとって好ましいことがわかってしまった。結局、元に戻した。せっかくもらった五輪エネルギーを完全に浪費してしまったようだ。
 しかしあれこれやっているうちに、いま大きなラック1個ではあるが、小さなラック3個に分散させたらどうなんだろうという考えがふと浮かんだ。これは多分いいのではないか。どういうものにするか周到に計画するのも楽しいだろう。
 といっても入れ替えがすぐってことはない。オリンピック終わっちゃって、またモチベーションが急激に下がった。オーディオはほんと面倒くさい。

(2021年8月20日更新) 第300回に戻る 第302回に進む 

田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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